第四百五十二話 ガチのチート

 三人で急いで準備をして秘密基地に移動すると、そこには既に久しぶりに全員が集まっている。


 けれど、その顔はどこか暗い。


「お待たせしました!」


 アリスが声を掛けると、ノアがパァっと顔を輝かせて手招きしてアリスを隣に座らせて頭をいつもの様にグリグリと撫でて来るが、ノアとは毎日会っている。


 ていうか、授業が終わってアリスが部屋に戻ると、大抵ノアがそこでアリス工房の仕事をキリとしている。


『……兄さま、卒業したんだよね?』

『したね』

『何で今でも毎日その部屋使ってるの?』

『え? どこで寝ようと一緒じゃない?』

『……』


 おかしいと思ったのだ。ノアは卒業するというのに、何一つ自分の荷物をまとめなかった。そしてさっさとドンに乗って領地に戻り、夕方には仕事道具が一式部屋に置いてあったのだ。


『お嬢様、ノア様ですよ? 卒業前に校長にお嬢様は一人部屋のままにしといてくれって頼み込んだの、他の誰でもないノア様ですからね?』

『あ……そうなんだ……』


 ノアが卒業した事で自分も誰かと同室になるんじゃないかと期待したが、そんな事は全然無かった。それどころか、ノアの部屋だった場所は今でもノアが使っている……。そして今もアリスを朝叩き起こし、毎日髪を梳かしたりリボンを整えてくれている。何かがおかしいと思いながらも、そこはアリスだ。全てをまぁいっか! で簡単に済ませてしまった。


『単純っていいよね』


 ノアがこっそりとキリにそんな事を言った事など、アリスは知らない。


「それで、どうしたんです? カイン」


 シャルルが言うと、カインは一枚の紙を机の上に置いた。それはルーデリアの地図だ。そのあちこちに赤いインクでバツ印が書かれている。


「この印、なんですか?」


 アリスの言葉にリアンもライラも頷く。


「これね、ぜーんぶここ一月で問題が起きたとこなんだ」

「ここ一月……ですか」


 それじゃあ皆が卒業する前からという事だ。思わずアリスは顔を上げてノアを見た。ノアは頷いてそのまま視線をアランに移す。


「最初はただの住民同士の些細ないざこざだったんです。ところが、それが突然大喧嘩にまで発展しました。理由は、王政派と教会派です。これがどういう意味か分かりますよね?」

「! 女王⁉」

「ええ。今日になってやっとその理由が分かったんです。教会派を名乗っていた人物が捕らえられ、彼らは皆ドラゴンの武器を持っていました」

「……どっからそんな物……明らかに外から持ち込んでんじゃん」

「同じことが、この印のついた場所全てで起こってる。面白い事に、問題を起こした住人たちは皆、外から移住してきた人物達だったんだ」

「……じゃあ、何で今更動き出したんです?」


 アリスの問いに答えたのはノアだ。


「行動を移す前にゲームが始まって強制力がこの島を支配してしまったんじゃないかな。だから手出しが出来なかったんだと思う。本当はもっと早くにアメリアはこちらに仕掛けてくるつもりだったんだろうけど、何故かいつもそうはいかなくなってしまう。だから多分ロンド様とレンギル大公、そしてルカ王から落とそうとしたんじゃないのかな。でもその結果、全てがこちらの都合のいい様に動いてしまった。レスターは助け出され、大公がシャルルになり、カインが次期宰相になった事でアメリアの計画は丸つぶれだ。そこに出て来た聖女キャロライン。本当はアメリアが教会を後ろ盾に聖女になるつもりだったんじゃないのかなって言うのが僕の見解だよ」

「笑ってしまいますね。話を聞く限り、お嬢様よりも聖女には向いていません」

「しかし、どうやってアメリアは聖女に成り上がろうとしたんだ?」

「簡単だよ。そこら中で諍いを起こして、それを聞きつけてさも自分が止めたかのように見せればいいんだよ。ついでに王政派を教会派に寝返らせて、じわじわとルーデリアを蝕もうとしたんじゃないのかな。あの孤児院の騒ぎだって、王妃とオリビア様が毎週孤児院にお菓子を届けている事を知ってたんだと思うよ。それを利用してマリカのギフトのお菓子を紛れ込ませて、中毒者が出て来た所で楽になれると言ってさらにオピリアを処方する。これであっという間にアメリアの軍隊の出来上がりって訳だよ」

「軍隊って……でも、中毒者は平民が大多数よ?」

「そうだね。でもいつかキリが言ったみたいに、数の少ない狼と圧倒的に数が多い羊では、羊の方が強いんだよ。羊は羊で中毒患者な訳だから、薬が欲しくてアメリアのいう事を何でも聞く。こうやって本当はもうとっくにこの島はアメリアとオピリアに落ちてるはずだった。ところが――」


 言葉を切ったノアの後を継いでカインが言う。


「ゲームの強制力と、偽シャルルがそれをさせなかったんだな、多分。偽シャルルは前にノアも言ってたように、どうにかそれを俺達に知らせようとしてた。というよりも、わざと傀儡を使って俺達の邪魔をする振りをして向こうを嵌めてたんだろうな。だから女王も偽シャルルを探してると思うんだ。あっちからしたら偽シャルルはめちゃくちゃ目障りだろうからね」

『その通りですよ。私の存在をあちらは大変疎ましく思っているようですが、生憎彼女達に私はどれだけ探しても見つかりません。今はまだ』

「偽シャルル!」


 いつものように突然聞こえてきた偽シャルルの声にアリスは立ちあがった。


『お久しぶりですね。まずは卒業おめでとうございます。ようやく始める事が出来ますね』

「今はまだってどういう意味なんです? あなたは私、なのですよね?」


 シャルルが言うと、偽シャルルは小さく笑う。


『いいえ。厳密にはあなたではありません。それも含めて最後にお話ししますよ。そして私の事は誰にも見つける事ができません。この世界の人間には』

「!」


 偽シャルルの言葉にノアは息を飲んだ。やっぱりそうなのだ。偽シャルルは実体がない。それがどういう事なのかをノアはずっと考えていた。恐らく彼は――。


「フルバージョンの攻略対象は、もしかして……君?」

「えぇ⁉」

『ははは! 思い出さなくてもあなたはやはりノアですね。そうですよ。私は花冠フルバージョンに追加される予定のキャラクターです。だから実体がない。つまり、まだ私の存在は支倉乃亜のパソコンの中にしか無いと言う事です。だから私はそんな機械が無くとも好きに出来るのですよ。例えばシエラをキャラクターに追加したり、デバッグを行ったり、あなた達がやりとりしている会話を全て聞いたり、フルバージョンのストーリーを書き換えたりね。他のストーリーに関してはもう世に出てしまった物は私にもどうしようも出来ませんが、まだ世に出ていないフルバージョンはいくらでも修正が出来ますから』

「チートだ……ガチの奴だ……」


 愕然としたアリスに、偽シャルルはおどけて言う。


『そうですね。ふふ、チートな力を手に入れた! さて、この力で何をしましょうか?』

「そんなの決まってる! ハッピーエンドにするに決まってるでしょ!」


 アリスが拳を握りしめて言うと、偽シャルルはおかしそうに声を出して笑った。


『例えゴリラのような力を手に入れてもブレないあなたの事は私も好きですよ。ヒロインとしては色々アウトですが』

「ちょっと聞いていいかな。いい加減ループの原因を教えて欲しいんだけど、それはあんたにも分かんないの?」


 それまで黙っていたリアンが腕を組んで言うと、偽シャルルは一瞬沈黙して小さなため息を漏らす。


『まぁ、ここまで言えば何となく気付いてる人も居るんじゃないですか? ループの直接の原因は、支倉乃亜がそう仕組んだから、これに尽きます。ただ、予定ではもっと早くにループは終える予定だったんですよ。それなのに乃亜ときたら……まさか転生するなんてね』

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