第四百五十一話 何らかのご利益があるかもしれない肖像画
「何にしても、とりあえずはおめでとうでいいじゃん。そんで、今度はゲーム終了に向けて頑張りましょーで良くない?」
「リー君、そんな身も蓋も無い事言っちゃダメっすよ」
「いや、言いたくもなるよ。毎回これじゃん。考えても仕方ない事をいつまでもいつまでもさー。僕はね! 眠いんだよ! 明日も朝から授業なの! 明日僕当てられんの! あんた達と違って馬車で寝られないんだよ!」
「……ごもっとも……」
「……その通りだね」
「なんか……すみません」
「ご、ごめんなさいね、リー君。私達はしゃいじゃって……」
「もういいよ。とりあえず記憶組はおめでとう。これからも皆で頑張ろうね。打倒シャルル」
リアンが半眼で小さな欠伸を噛み殺しながら言うと、皆がコクリと素直に頷いた。
「はは! リー君はやっぱりハッキリしてていいね。そんな訳で皆、あと二~三時間だけどちゃんと寝てね。明日朝一で写真、撮るんでしょ?」
「そうだった! ドンちゃん戻ってきたかな?」
「戻ってるよ。ここに来る前に窓から覗いて来たから」
「ちょっと怖かったです……」
「ね」
ノア達はもちろん起きていたわけだが、何か視線を感じて窓に視線を移すと、闇夜に光る大きな金色の目が何も言わず部屋の中をじっと見ていて、思わずキリと二人で短い叫び声を上げた。
ドン的にはこんな時間にアリス達が起きてる訳ないし、万が一起こしたら申し訳ないと思ったようだが、ノア達からすれば黙ってじっと見られている方が怖い。
「そっか! じゃ、明日の朝校門前に集合ね!」
「楽しそうですね、皆さん」
少しだけ羨ましそうに言うシャルルに、アリスは笑って頷く。
「シャルル達も今度一緒に写真撮ろうね! 私が絵にしてあげる!」
「えっ⁉ いや、それは別に……」
何せあのバセット家の壁にかかっていた絵を知っているシャルルは、顔を引きつらせる。そんなシャルルを見てキャロラインが珍しく意地悪に微笑んで言った。
「シャルル、アリスに肖像画を描いてもらうといいわよ。凄いから」
「も、貰ったんですか? アリスに?」
「ええ。少し前にね、友達の証だって絵をくれたんだけど……うん、そうね……凄かったわ」
「お嬢様、二日ほど寝込みましたもんね……」
ミアがあの時の事を思い出してポツリと言うと、キャロラインは苦笑いを浮かべて頷く。
「肖像画って、あのライラの部屋に飾ってあるヤバイ絵の事?」
「うん。私もアリスに貰ったの! グリーンちゃんが見て卒倒してた絵よ」
「ライラ、あの絵を飾っているの?」
「はい! だって、大地の化身が描いた絵ですよ? それによく見ると凄く味があるというか、悩みなんて吹っ飛びますよね」
毎度クヨクヨしそうになるとアリスに貰った絵を見て大爆笑するライラである。笑っているうちに大抵の事はどうでも良くなる不思議な絵だ。
「私よりもライラの方が聖女に向いてるんじゃないかしら……」
ポツリと言うキャロラインの肩を慰めるようにルイスが撫でてくれたが、その顔は笑いを堪えるのに必死である。絵を受け取った時もこんな顔をしていたルイスである。
結局、シャルル達とは全てが終わった後に皆で集合写真を撮ろうと約束をして別れた。
翌朝、校門前に集まった仲間たちは、しゃがみ込んだドンをバックに全員で並んで写真を撮りそのまま別れる事になったのだが、最後までアリスはキャロラインから離れず、挙句の果てには泣きすぎてキャロラインのドレスに鼻水をつけるという大失態までおかした。
キャロラインはどうにかアリスを引きはがして馬車に乗り込み、皆の見送りが見えなくなるまで窓から手を振り、ふぅ、と小さな息を吐く。
「キャロライン様、ドレスを着替えますか?」
「構わないわ。水で濡らして拭けば家に着くころには乾いているわよ、きっと」
キャロラインの胸元にはアリスの鼻水がしっかりと付いている。
キャロラインの言葉を聞いてミアは苦笑いを浮かべてハンカチを水で濡らしてキャロラインの胸元を拭きだした。以前のキャロラインなら絶対に、不敬罪だ! と怒鳴っていたような案件だが、キャロラインは始終笑っていた。
キャロラインは窓の外の流れて行く景色を見ながら、そっと涙を拭って鼻をすする。さっきまで張り付いていたアリスの感触と匂いがまだ残っていて切なくなってくる。
「ほんとに……卒業したのね……」
何度も入学したのに、ループのせいで一度も卒業する事が出来なかった学園を、今日ようやく卒業する事が出来た。
「不思議なものね……あれだけ早くあそこを出たいと思っていたのに、今回は……卒業したく無かっただなんて……」
「それだけ楽しかったという事です、お嬢様。何物にも代えがたい宝物を沢山お嬢様は見つける事が出来た。それは今後お嬢様の進む未来をきっと、明るく照らしてくれますよ」
「ええ……そうね」
キャロラインはそう言ってアリスに貰った肖像画を鞄から取り出して包装を解くと、ブフっと笑いを漏らす。あまりにも酷い。酷過ぎるにも程がある。
でも、ライラの言葉を聞いてじっくり見て見ると、確かに味があるような無いような気もする。
「あんまりよね、これ」
「はい……ですが、何て言うか……ちょ、お嬢様、それ仕舞ってもらえませんか⁉」
笑いをこらえるのに必死で肩を震わせるミアとチームキャロラインを見てキャロラインまで笑えてくる。なるほど、ライラが言っていた言葉の意味がよく分かった。
「アリスは絵まで人を明るくするのね」
おかしそうに言うキャロラインに、皆笑いを堪えながら頷く。
キャロラインは膝に肖像画を置いて、たまにその絵を眺めて笑って気づけば眠ってしまっていた。
夢の中で、鏡を覗くと自分の顔があの肖像画の顔になっているという悪夢に魘されたのは誰にも内緒だ。
学園に上級生が居なくなり、入れ替わりで新入生が入って来た。
今までは子爵家や男爵家は数える程しか居なかったが、あの奨学金制度のおかげで子爵家と男爵家の割合がグッと増えたと校長は喜んだ。
もちろん最初はどこのクラスもギスギスしていたようだが、学食で上級生たちが爵位に関係なく食事をしたり交流しているのを見る内に、新入生たちも気づけば爵位の差など気にしなくなっていた。何よりも、毎日どこかで聞かされるアリスの奇行に新入生たちは興味津々だった。
「あんた、めちゃくちゃ人気者じゃん」
「でしょでしょ? まぁね! 当然だよね!」
合同授業でリアンにそんな事を言われたアリスは、胸を張って威張ってみせたが、次の瞬間にはキリにゲンコツを落とされる。
「褒めてません。誰一人褒めてませんよ。あなたの奇行に恐れ戦いてるだけです」
実際、アリスに関する噂はどれもとんでもないものばかりだった。ドラゴンを拾ってきただとか、見た事ない剣を振り回すだとか、返り血を浴びながら笑っていたとか……。
「どれも全部本当の事じゃん」
「……そうなんです。だから私にも否定が出来ません。そろそろ本気で胃に穴が開きそうです」
皆が卒業してしまって早一週間。なかなか卒業組は時間が取れず、やっぱり全員で集まるのは厳しかった。最初は寂しかったアリスだが、集まれなかった皆から来るメッセージを見てどうにか元気にやっていたが、そんな中、事態は動き出したのだ。
ある日、カインから緊急メッセージが入った。普段の集まりには来られる人だけ来ればいいという事になっていたが、緊急の場合は別だ。何を置いても必ず集まれと言うメッセージだ。
学園組はそれを見てすぐさま校長に事情を話して午後休を取った。校長はルカとルイスに事情を聞いているので、それを聞いて真顔で頷きすぐに許可をくれた。
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