第四百五十話 第一関門……突破?
「ミア……居る……?」
「……はい、お嬢様……」
三度の鐘を聞き終えた二人は、しばらくしてゴクリと喉を鳴らして恐る恐る目を開けた。
確認するように何度も互いの手を握り合い、チラリと隣を見ると、そこには涙を浮かべた互いの姿がある。月夜に照らされた部屋は、すっかり見慣れた学園の自室だ。
実家じゃない!
「……ミア……ミア!」
「お嬢様!」
「ミア! ミア!」
抜けた! とうとう長かったループが抜けたのだ! キャロラインは涙を零しながらミアを抱きしめると、その肩におでこを当てて声を出して泣いた。
「やっと……やっと抜けたのね! やっと……やっと……」
「お嬢様、お嬢様……良かった……私、まだちゃんとお嬢様の側に居る……」
ミアは縋りついてきて泣きじゃくるキャロラインの体を抱きしめて、思わずポロリと涙を零した。
「ん~? キャロライン様ぁ? ミアさん?」
「ん……誰か……泣いてる……?」
そんな二人に気付いたのか、ベッドからライラとアリスが起きだしてきて、抱き合って泣く二人を見てハッとして時計を見た。
時計の針は三時5分を示している。それを見てアリスはライラと顔を見合わせ、無言で強く抱き合う。
そこに一通のメッセージが送られてきた。送ってきたのはシャルルだ。
起きている人だけでいいから秘密基地に集合せよ、と書かれていたので四人が急いで着替えて秘密基地に移動すると、そこにはこんな時間にもかかわらず全員が既に集まっていた。
「……皆……」
「キャロ、やっぱり寝てなかったんだな。あれほど無理はするなと言ったのに」
呆れたように笑うルイスを見て、キャロラインはまた目に涙を浮かべる。それに続いて皆がそれぞれに挨拶をしてくれた。
「あれ、アリスも起きてたんだ。絶対寝てると思ってたのに」
キャロラインとやってきたアリスを見てノアが言うと、隣からキリが俺の勝ちですね、と珍しく微笑んでいる。
そこへ少しだけ遅れてシャルルがシエラと共に現れた。
「おはようございます! そして、おめでとうございます! ありがとうございます!」
「シャル、挨拶がおかしいわ。皆、おはようございます。ごめんなさい、こんな時間に呼び出してしまって。でも、どうしても皆に会いたくて!」
言いながら涙を零したシエラをシャルルが抱き寄せてそのおでこに口付ける。そんな光景をいつもなら怒り出しそうなリアンが顔を背けただけで何も言わなかった。
「俺達には記憶が無いからあんま実感ないんだけど、シャルルとかキャロラインとかシエラさんとかアランにとっては、やっぱ感慨深いもの?」
カインの言葉に記憶持ちの仲間たちは無言で頷く。
「カイン、想像してみてください。体感で言えば僕達はもう何十年も同じ事をずっとしていた気分なんですよ」
「そうです。同じ事を永遠にやらされる気持ち、想像できます? ゲーム機で確認しながら、違うルートに入った時のあの絶望感」
「何度も何度も同じところをグルグルグルグル……それがずっとよ」
「カイン、あなたに想像出来て? 何度も好きな人にまるで虫けらでも見るような顔をされて、今回もまたあんな顔をルイスにされるのかと怯えながら生きていくの。何回も。あなたにはそれがどれほど絶望的だったか分かるの?」
真顔でじりじりとそんな事を言いながら詰め寄って来る四人に、カインは後ずさって頭を下げた。
「ご、ごめんってば! 別に興味本位で聞いたわけじゃなくて! これで無事に最終決戦を迎えたら、本当にゲームは終わるのかなって思ったんだよ」
その言葉にシャルルが黙り込んだ。多分、カインと同じ事を考えているのだろう。
そう、シャルルの話では一度目もこうしてループを抜けているのだ。それを踏まえると、まだループを抜けてなど居ない。
「最終決戦が最後だよ。そこで勝って初めてループは終わる。だからまだ喜んでいられないよ、皆。シャルル、ゲーム機見せて」
お茶を濁したカインと違い、ノアははっきりと言い切った。
「どうぞ」
「ありがとう。ああ、アリスルートは無事クリアしてる。エマちゃんもドロシーもだ。やっぱり残ってるのは最終決戦だね。今回はカミングスーンの位置も変わってない。アリス、あのホームの所にして」
「うん」
差し出されたゲーム機を操作してホーム画面に戻ると、そこにはこの間のフルバージョンがやっぱり灰色で表示されている。
「変わってないよ、兄さま」
「そっか。じゃ、やっぱり僕達はあと一歩なんだね」
「ノア、もしも最終決戦に負けたら私達はどうなるの?」
「分からない。また戻るのかもしれないし、戻らずにそのまま僕達が負けて終わり。シャルルが世界を牛耳るんじゃない?」
「……そう、かもしれませんね」
シャルルはノアの言葉に何か引っかかるものを感じながらも頷く。
「そうなのね……まだ終わりじゃないのね……」
ノーマルエンドに入ることが第一関門だとすれば、今日の出来事はあくまで第二関門に過ぎないという事か。
けれどエマのメインとドロシーのメインは既に終わらせているので、やはり問題は最終決戦だ。
「何で皆暗い顔してるんですか? せっかく1が終わったのに!」
「……アリス」
「お前はいつでも元気だな」
ルイスの言葉にアリスは頷く。
「だって、後は最終決戦だけですよ? 偽シャルルを倒して終わり! でしょ? あともうちょっとじゃないですか! あともうちょっとでちゃんと、未来が手に入るんですよ!」
あの黒い本を初めて開いた日から、ようやくここまで辿り着いたのだ。
アリスには皆が何故こんな暗い顔をしているのかがさっぱり分からなかった。もうじき終わる。終わるのだ。
「そうだね。後はもうシャルルを倒して終わり。アリスをゴーすれば一瞬だね」
「でしょ⁉ それに、何回でも喜んでいいじゃん! 嬉しいものは嬉しいんだから! それはそんなにいけない事?」
首を傾げたアリスを抱き寄せてノアは首を振った。
「いけなくないよ。そうだね。嬉しい事は何回喜んでもいいよね」
「うん! その方がお得だよ!」
「……お得ってあなたね……まぁ、でもそうよね。カインはどう思ってるのか知らないけれど、私達記憶持ち組からしたら、ここを抜けるって凄い事なのよ。だって、この先は本当に未知なんですもの。明日から始まる王妃教育ですらワクワクするわ」
「そうですね。僕だって家に戻ってアリスの面倒を見るのが今から楽しみです。僕の本当の未来が、ようやく始まるんです」
キャロラインとアランの言葉にカインは深く頭を下げた。
「そっか……ごめん、皆。俺が考え無しに余計な事言った」
「それも違うわよ、カイン。あなたがまだ最終決戦があるのに、って思うのも仕方ないし、私達がループを抜けたって喜ぶのも仕方ないと思うわ。それに、何なら私達はようやくスタート地点に立ったようなものよ。だって、今まで知ってたんですもの。でも、ようやく私達にも明日の行方が分からないという体験をする事になるの。だからカイン、しっかり私達の手を引いてちょうだいね。先輩として」
「……キャロライン……はは、ルイスには勿体ない、いい女になっちゃって」
「だ、駄目だぞ! キャロは誰が何と言おうと俺の婚約者だからな!」
「分かってるよ。そういう意味じゃないって。てかルイス、お前頑張んないとあっという間にキャロラインに置いてかれるぞ、このままじゃ」
急成長を遂げたキャロラインを見て、カインにはルイスが尻に敷かれる未来しか見えない。ただ、キャロラインの高潔さはきっとそれを良しとはしないだろう。
この先ルイスが将来捨てられないのを祈るばかりである。
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