第四百四十話 ルウの魔法のカエル

「そ、そうだ! そうだぞ! これは皆で作ったんだ! 皆で守るんだ! 誰のせいでもないんだぞ!」

「そうだよ。誰も最初からあんたを責めちゃいないぞ! だから泣くな!」

「……皆……あり、がとう……ありがとう……聖女様も……ありがとうございます……」

「チーム聖女よ。私も、一人では成し得なかったわ。あなた達もまた、立派なチーム聖女の一員だという事を忘れないでね」


 そう言ってキースを始めその場にいた全員を見渡したキャロライン。それを見て、皆の顔が晴れやかに輝いた。

 


 一方、ダムが決壊した場所に行くと、そこには岩の妖精達が一生懸命ゴーレムを作りだしてダムを塞いでいる。木の板で補強しているが、これではどうにもならないだろう。


「カイン、一度水を止めてもらおう。これじゃあいつまで経っても直せない」

「だな。アラン、ちょっと上に言ってきてくれないか?」

「分かりました」


 そう言って浮遊魔法で飛び上がったアランはフワフワとダムの管理場所に向かう。


「そっち押さえててー! いくよーー! どっせーーい!」

「おぉぉぉ!」


 何やらダムが決壊した場所から歓声が聞こえてくるのでカインがふと視線をそちらに向けると、アリスがとりあえずの一時しのぎに、と大きな岩を決壊した場所に詰めていた。


 どうやらアリスはもう完全に人間を卒業したようだ。


 水没した畑では、リアンとライラと従者達が畑から水を抜く作業をしている。


 そこへキャロラインとルイスがやってきた。


「……凄いわね、岩を詰めたの……?」

「アリスちゃんがね」

「……」


 それを聞いたキャロラインとルイスは一瞬固まったが、すぐに正気を取り戻してお互い頭を見合わせて頷き、皆で貯水池に移動する。


「修理するにはまずは上の水をどうにかしなきゃ……あの水がある限り、放水は止められないわ。何かいい方法はないかしら」

「結構な水の量だからな……近くに流せる川も他にないし、どうしたものか……」

「ルウさん、どうにか出来ないかなぁ?」


 悩むキャロラインとルイスに、岩を詰め終えたアリスがやってきて言った。それを聞いて、ルイスがポンと手を打つ。


「そうだ! ルウならどうにか出来るかもしれないな! 何せ彼女は川の妖精だ」

「そうと決まったら、早速レスターに電話するわ!」


 キャロラインはすぐさまレスターに電話して事情を説明した。するとレスターはすぐさまルウに聞いてくれたようで、ルウは貯水池と自分の川を繋いで一時川の水を保管してくれるという。


「そんな事が出来るの⁉」

『出来るぞ。ルウの川、今ルウが居ないから干からびる寸前。そこにしばらく水を保管しておく。いつでも戻せる』

「それはありがたいわ! すぐに取り掛かってもらえるかしら? もちろん、何かお礼も用意するわ。ルウは何が好き?」


 キャロラインの言葉にルウは頬を染めてチラリと隣を見る。そこにはレスターが居るのだが、それに気付いたキャロラインは苦笑いをして言った。


「それは私ではどうしようも出来ないけれど……もしもあなたの想いが通じたら、その時は私が責任を持って二人の為に盛大な結婚式を挙げるわ。ドレスもお料理も、全て最高級のものを用意すると約束する」

『! ティアラも⁉』

「ええ、もちろん! 綺麗な銀細工のティアラもよ」

『分かった、すぐやる!』

「ありがとう、お願いね」


 何だかホッコリして微笑んだキャロラインに、ルウは嬉しそうに頷いてすぐさま作業に取り掛かってくれた。


 しばらくすると、貯水池から水がどんどん抜けていき、やがて見えてきた貯水池の底には小さなカエルが一匹最後の水滴を飲み込んでいる。


「あのカエルなんだろ?」


 アリスは貯水池を覗き込むと、突然カエルがボン! と大きくなった。


 それを見たアランが目を輝かせたのと同時に、キャロラインが小さな悲鳴を上げてルイスに飛びついている。


「凄いですね! これは水の妖精のカエルですよ。なるほど、こういう使い方を……為になりますねぇ」

「アラン、このカエルはなんなんだ?」

「このカエルは水の妖精が持ってるカエルなんですよ。見ててください。直に萎んでいきますよ!」


 アランの言葉通り、カエルは少しずつ萎んでいき、最後には元の小さなカエルになってしまった。


「い、居ない? もう居ない?」

「もう大丈夫だぞ、キャロ。カエルは縮んだ。貯水池の中を覗かなければ見えないぞ」


 まだブルブルとルイスに抱き着くキャロラインの頭を優しく撫でながらルイスが言うと、ようやくキャロラインは顔を上げてホッと息を吐いてシャンと背筋を伸ばす。


「さて、じゃあ今の内に修理の手筈を整えましょう!」


 カエルが見えなくなった途端にそんな事を言うキャロラインに、仲間はおろか領民達でさえ笑った。

 


 翌日、キリとカインから連絡を貰ったスルガとクルスが駆けつけ、ダムの修理とカーブ地点の強化をした事で、どうにかそれ以上の決壊は免れる事が出来たのだが、やはりオルゾ地方の雨期の水量はクルスが計算したよりもずっと多いと言う事が分かった。


 ダムの修理の間アリス達は宿屋に泊まっていたが、今日は朝から全員がキースの家で今後の対策を練っていた。


「やっぱり僕が計算していたよりも多かったか……そこにさらに雪解け水ですからね……でも、貯水量は限られていて、これ以上水は貯められない。放水の量をもう一度計算しなおすしかないかな……」

「でも毎年って訳じゃないから厄介ですよ。その年によって貯水量が変わる。その度に計算しなくては」


 誰か計算が得意な人がここに一人でも居ればいいのだが、生憎ここにはそんな人は居ない。普通の計算とダムの水量の計算とでは話が違いすぎて、今から教えるにしても時間がかかりすぎる。


 そんな時、庭で子供達と遊んでいたアリスが嬉しそうに部屋に飛び込んできた。


「兄さま見て見て! このカエルさん、ちょびっとだけ水出す事も出来るみたいだよ!」


 そう言ってアリスが机の上にデン! と置いたのはあの貯水池のカエルだ。それを見て流石のノアもびっくりして腰を浮かし、キャロラインはその場から飛びのいて急いでミアの後ろに駆け込む。。


「アリス⁉ そ、そのカエル貯水池の子でしょ⁉ 何でここに居るの!」

「え? だって、あんな何もない所で一人ぼっちなんて可哀相だったから連れてきたの。かわいいね~。綺麗な青色!」

「可哀相って……どうして君はいつでも何でも拾ってきちゃうの! 分かってる? この子のお腹の中には今も一杯水が詰まって……あ」


 ノアはそこまで言ってチラリとカインを見た。カインも何かに気付いたように頷くと、その場でスマホを取り出して、まだ妖精界の住民たちを避難させるのに走り回っているフィルマメントと連絡を取った。


『はぁい、フィルだよ~』

「フィル? ごめんね、ちょっと聞いてもいい?」

『うん! なに?』

「あのさ、このカエルなんだけど……」


 そう言ってカインは机の上を闊歩する青いカエルにスマホを向けた。すると、それを見たフィルマメントがスマホの向こうで手を叩いて喜んでいる。


『その色、川の子? どうして人間界に居るの?』


 フィルマメントの質問にカインは手早く起こった事を説明した。すると、フィルマメントの口から意外な言葉が飛び出す。


『そんなの簡単だよぉ~! その子にずっと貯水池に居てもらえばいいんだよ~! 規定量超えたら水飲んでもらって、足りない時は妖精界から水持って来れば問題ないよ!』

「そんな事、出来るの?」

『出来るよ。水の妖精の主は皆そのカエルを持ってるの。そのカエルに自分の住み慣れた場所の水を入れて持ち運んで、気に入った場所に新しい水辺を作るんだよ。その子の持ち主、ルウでしょ? あの子、もうそっちに住む気満々なんだよね?』


 フィルマメントが尋ねると、キャロラインが頷いた。ルウはレスターと結婚する気満々だから、恐らくそうなるだろう。

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