第四百三十一話 聖女キャロライン

「いいのよ。スコット家には、既に色々協力していただいてるんだもの」


 それを聞いてライラはホッとしたように微笑む。何か自分にも手伝える事はないかと思っているが、自分に出来る事など知れている。それをリアンに言うと、リアンは、はぁ? と顔を歪めた。


「ライラ、自分で何言ってるのか分かってる? 言っとくけど、国の識字率が上がったのは、ライラの教科書があったからなんだよ? ライラはもうとっくに皆に誇れるような事してるんだからね。忘れちゃ駄目だよ」

「そうだぞ、ライラ。何ならライラの功績はキャロラインに次いで凄いぐらいなんだぞ。胸を張っているといい」

「そうだそうだ! ライラは私の親友出来るぐらい凄いんだからね!」

「……それは確かにある意味凄いんすけど、ちょっと今は違う話っすね」

「ですがお嬢様の友人はうちの領地の誰にも出来なかった事ですからね。そういう意味ではライラ様の精神力はずば抜けていると思います。何せ相手は喋る猿の上にちょくちょくゴリラに変身するのですから」

「酷くない⁉ 久々に酷くない⁉」


 真顔で言うキリにライラはおかしそうに笑って、アリスは案の定怒る。


「まぁまぁ、落ち着いて二人とも。とにかくそういう訳だから、そろそろあの作戦を決行しようと思うの」

「あの作戦って……仲良く聖女半分こ作戦?」


 ノアの言葉にキャロラインは頷いた。


「ええ。貴族を集めて集会を開こうと思うの。そこにアリス、魔法をかけてちょうだい。私の言葉が皆にしっかりと響くように」

「もちのろんです! でも、それだけでいいんですか?」

「ええ、それだけでいいの。負の感情を煽るのではなくて、善の感情をあなたには煽って欲しいの」


 この間の牢でアリスがかけた魔法を、ノアがアリスに見せなかった理由を後から知ったキャロラインは思ったのだ。


 どこまでも陽の性格をしたアリスに、あんな負の魔法はもう使ってほしくはないな、と。どうせならアリスの望むように皆が笑える未来に向かいたい。


 キャロラインの言葉にアリスは嬉しそうに頷いた。基本的にキャロラインの言う事も何でも聞くアリスである。舵取りを間違えると、とんでもない事になってしまう。


「悪いね、キャロライン。気を使わせて」

「いいえ。それに聖女はきっと、誰かの負の感情を煽ったりしないわ。そうでしょう?」

「……そうだね。ありがとう」


 アリスの本質をしっかりとキャロラインが理解してくれているようで、ノアは安心したように微笑んだ。そんなノアの笑顔を見てキャロラインもしっかりと頷く。


「キャロライン様! 頑張りましょうね! 張り切っちゃうぞ~~!」


 気合いを入れたアリスはそう言ってキリが淹れてくれたお茶を飲み干した。牢で使った魔法は正直気が進まなかったが、キャロラインの言葉はきっと綺麗だろうから、今からワクワクするアリスである。


「じゃ、決まりだな。休み前に終わらせてしまいたい。ルイス、すぐに王に進言して皆をどこかに集めてもらおう」

「分かった。キャロラインの聖女作戦もいよいよ大詰めだな!」


 そう言って嬉しそうに誇らしげに言ったルイスに、全員が頷いた。


 

 それから二週間。城の中庭は集まった貴族達で溢れかえっていた。こんな事は初めてだ。中には来たくも無かった貴族も居るだろうが、今回ばかりはそうもいかなかった。何せ王からの直接の登城命令だ。無視は出来ない。


「どう? どこにも異常ない?」


 ノアはスマホをトランシーバーのように使いながら仲間たちとそれぞれ連絡を取っていた。


「西側は大丈夫だよ。東は?」

「今の所こっちも問題ないっすよ」

「南も異常なしだよぉ~」


 ユーゴは出来上がったばかりの蒼の騎士団を引きつれて、城の南側の警備をしていた。何せ蒼の騎士団始まって以来、初の仕事である。


 それぞれの能力を駆使して城の警備は万全だ。さらに空にはクラーク家の鷹がさっきからずっと旋回している状態だ。少しでもここでおかしな動きをすれば、その時点で騎士団達が飛び掛かる。


 そして全ての仲間たちが無事に配置についたところで、テラスにキャロラインが姿を現した。


 今日のキャロラインは真っ白の簡素なドレスに身を包み、何の飾りもつけていない。それなのに、いつもよりも輝いて見えるから不思議だ。


 結い上げた髪にささっているのは、フィルマメントがくれた真っ白な大きな花だった。妖精界にしか咲かない不思議な花だという。


 元々美人な上にピンと伸ばした背筋と透けるような白い肌は誰から見ても正に聖女だった。


 ちなみにこのキャロラインの服装もカインとノア監修のイメージ戦略の一つだ。本物の聖女を見た事が無い二人の、イメージだけで出来上がった産物である。


 そんな聖女の登場に、嫌々来ていた貴族達も感嘆の息を吐いた。


「今日は忙しい中お集まりいただき、皆さまには感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」


 幼いころから王妃教育を叩き込まれたキャロラインの発声と活舌は素晴らしく良い。


 キャロラインは深々と頭を下げ、ゆっくりと頭を上げて微笑んだ。


「今日お集まりいただいたのは、皆さんに私からお願いをしたいと思ったのです。もしかしたらここに居る方達の中には既に今、ルーデリアで起こっている事と、これから起ころうとしている事を知っている方も居るかもしれません。知っていて手を貸してくれようとする方と、そうではない方も居るでしょう。もしくは信じられない想いで居る方もいらっしゃる事と思います。私は、それはそれで構わないと考えています。全ての人が何も同じ方向を向かなくても、世界は終わりません。ただ、今よりもほんの少しだけ素敵な世界になるよう、手を貸して欲しいのです」


 そう言ってキャロラインは貴族達を見渡すついでに、後ろに隠れて控えているアリスにだけに聞こえるように、カツンとつま先を鳴らした。


 それを聞いたアリスはトーマスと手を繋いでイメージする。


 皆が笑っている幸せなイメージだ。人も、妖精も、動物も、植物も全ての生き物にとってより良い世界を皆で目指す。


 そんなイメージをしたアリスは、目をギュッと瞑って集まった貴族達に魔法をかけた。どうか、キャロラインの言葉を最後まで素直な心で聞いて欲しい。そんな願いを込めて。


「今、世界には大きな危機がやってきています。それは少し前に王からの手紙でここに居る皆が知る事になった事でしょう。そして、さらに今年は飢饉の前触れのような出来事があちこちから届いています。私は、これを受けて早々に王に国庫を開き、ルーデリアだけではなく、グランやフォルスとも協力して民を救うよう進言しました。数年前から起こっていたこの前触れに気付いた私の仲間たちが色んな対策をしてきましたが、それでもやはり飢饉は必ず起こるでしょう。これは避けられない事実です。そこで、是非あなた達にも協力を仰ぎたいのです。全ての領地に、均等に配分された食料をこれから一月単位で配布します。それを、領民達に正しく配ってください。それからもう一つ。こちらは皆さんの良識に問います。判断は、全て皆さんにお任せします――」


 キャロラインはここで一度区切り、大きく息を吸った。後ろではアリスも同じように深呼吸をしているのが聞こえてきて、一人ではない事を肌で感じる。


 姿勢を正し、真っすぐ前を向いたキャロラインは、表情を引き締めて話し出した。

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