第四百三十話 いよいよ始まった飢饉の前触れ

「今年もやっぱり雨は多かったみたいだな。でもダムのおかげでどうにか持ちこたえたらしい。ただ、貯水池はもう満タンだから、ここに雪解け水がプラスされたらどうなるか分からないってクリスが言ってたよ」


 カインの言葉にアリスが声を上げた。


「じゃ、本格的に雪降る前にまとめて放水すればいいと思います!」

「ああ、放水か……そうだな。そう伝えとくよ」


 そう言ってコロンボンの手帳に書きつけて行くカインを見て、リアンが笑った。


「なんだかんだ言いながら、皆コロンボンに変えたんだ」

「これな、書きやすいんだよな。今まで手帳なんて授業の試験ぐらいしか書き込んでなかったけどさ、今じゃそうはいかないからな」

「そうなのよ。最初はカインとノアのイメージ戦略の一環だったけど、私、自分でも買ってしまったわ……」


 苦笑いを浮かべたキャロラインにミアはお菓子の追加を用意しながらコクコクと頷いている。ミアからすればキャロラインとお揃いの手帳が嬉しいのだ。今やチームキャロラインも全員コロンボン製の手帳を持っている程である。


「じゃあカインにダムは任せて、アリスは勉強頑張ってね。今年は領地に戻って天地返しとアリス工房の仕事しないと。キャロラインも家に戻るんだよね?」

「ええ! 来年の頭には妹か弟が生まれるの! 今から楽しみで仕方ないのよ」


 予定では一月中には生まれると聞いているが、出産ははっきりと予定日が決められない。その為学園長に長期休暇の延長をするかもしれない事を伝えると、学園長はまるで自分の事のように喜んですぐさま許可をくれた。学園長は本当に子供が好きなのだろう。


「後は皆、オピリア対策のブレスレットは外さないようにしてくださいね。かなり強力に作っているので、オピリアに近寄るだけで吐気とかを催すようになっていますから」

「そ、そんなにか?」

「ええ、そんなにです。試しに僕はこれをつけてオピリアを触ってみたんですが、蕁麻疹が出ました」

「……そ、そうか。災難だったな……」


 ちゃんと自ら進んで実験するのはアランの凄い所だが、何も蕁麻疹が出るまで頑張らなくても良かったのに。


 ルイスはそんな事を考えながらアランに礼を言うと、アランは満足げに頷いた。こうして、ルイス達の学園での最後の冬の長期休暇が始まろうとしていた。



 長期休暇に入る寸前、いよいよあちこちから城への嘆願書が届き出した。内容はどこも同じだ。食料が足りない、もしくは底をつきそうだというものだった。


 足音も無く忍び寄ってきていた飢饉が、いよいよ始まったのである。


「始まったわね……エントマハンター達からも作物の出来が悪いと聞いているわ」


 キャロラインは大きなため息を落として、行儀が悪いと分かっていつつも机に肘をついて考え込んでいた。ヘンリーから城に届いた嘆願書の一部を見せてもらったのだ。そこにレスターを通してエントマハンターからも作物の不作報告が届いた。


 作物を作るのを得意とするエントマハンターが言うのだ。他の土地でも軒並み厳しいのではないだろうか。


「まだ目に見えて困窮はしてないですけど、この状態が二か月も続いたら厳しいと思います。キャロライン様、時期を見て飢饉対策最終章を進めた方がいいかも」

「そうね。アリス、私達の聖女計画もいよいよ大詰めね」

「はい!」


 部屋には今、アリスとキャロライン二人だけである。アリスはキャロラインに勉強を教わるついでにヘンリーから届いたという嘆願書を見せて貰っていたのだ。


 飢饉の怖さを誰よりも知っているキャロラインは、飢饉に対しての対策は絶対に手を抜かなかった。小麦が半分はダメになってしまった時点で、キャロラインはあちこちから余っている小麦を買い取り貯蓄に回したのだ。


 それはルーデリア内だけではなく、フォルスからも買い取ったというのだから驚きである。


 近々大規模飢饉がやってくるというのを知っている人達は限られている。買い取った小麦の半分ほどをキャロラインは缶パンと乾麺にあてた。この方がいざという時に配りやすいと考えたのだ。


「キャロライン様、残りは加工しなくていいんですか?」

「ええ。どれぐらいの飢饉になるかまだ分からないし、少し様子を見ましょう。あと、飢饉の間の保証もどうにかしないとね。特に飲食店は被害が大きいわ」


 何せパン屋なのにパンを作る小麦が無くなるのだ。それは死活問題である。


「ですね……ただ食い凌げればいいって訳じゃないですもんね……」

「そうなの。だから金銭的な補助も必要なのよ。食べ物があれば生きてはいけるけれど、生活は出来なくなるわ。それこそ野生に戻るしかなくなるものね」


 そう言ってキャロラインはアリスをチラリと見て苦笑いを浮かべた。


 皆が皆アリスぐらいタフであれば、こんな事を気にしなくても良かったのかもしれないが、いかんせんこんな奴は少数派である。


「じゃあ私、兄さまに言ってアリス工房で儲かった分、分けてもらいます!」

「ふふ、ありがとうアリス。でも大丈夫よ。こういう時の為の高位貴族たちの財産なんだから、何とかして捻出させるわ。アリス工房のお金はアリス、あなたの未来のために今からしっかり貯めておきなさいな」


 それにアリス工房の売り上げでどうこう出来る規模ではない。


 けれど、キャロラインはアリスのこの素直さと損得の無い性格が好きだ。少しでも利益を上げればすぐに他所に還元してしまうから危ういのだが、そこはノアとキリが居るから大丈夫だろう。


「はぁい」


 キャロラインに頭を撫でられたアリスは、笑顔で頷いて勉強の続きを始めたのだが、アリスのキャラブレに手を焼いたキャロラインは、すぐさまライラを呼んだ。


 しばらくライラとアリスの勉強している所を見ていたキャロラインは、ライラの事をまるで調教師のようだった、と後に語ったという。


 キャロラインはその後、すぐに全員を集めてヘンリーからの情報を皆に見せ、昼にアリスと話していた事を皆に伝えた。


「そうだな。本格的な飢饉が始まったら、金銭的な援助も必要になるな。カイン、ロビンと財務担当の者達と会議をした方がいいかもしれないな」

「それに関しては既に親父達が動いてるんだけど、なかなか集まらないみたいだ。でも、自ら手を貸してくれてる所も沢山あるよ」


 ルイスの言葉にカインは腕を組んで頭を捻った。どうやってもすぐには首を縦に振らない貴族が多すぎる。この期に及んでもまだ自分達の生活だけは保証されていると思っているのか、民に還元しようとしないのだ。


 けれど、逆に今回の嘆願書を聞いていち早く働きかけた貴族達も居た。何か力になれる事はないか? 調度品を売ってまとまった資金を出すと自ら言い出した貴族も居る。


 それはストリングだったり、ジャスパーだったり、マリオだったり、オルゾのごろつき三人衆と言った、自分達が自ら繋いだ縁が深い人たちだった。


 彼らは独自に連絡を取り合って今もあちこち奔走してくれているという。本当に心強い人達である。


「ここには居なくても、皆仲間だもんね!」


 カインの言葉を聞いてアリスが満面の笑みを浮かべて言うと、隣でノアが誇らしげに言う。


「僕の自慢のアリスが奔走したからね! まぁ、分かってた事だよ」

「……どっちかって言うと、お姫様のおかげだと思うけど……」


 ポツリと言ったリアンに、ノアはいつもの笑顔を浮かべる。


「何か言った? リー君」

「……別に。ところで、うちもジャムの生産量を倍に増やして貯蓄してるから、これも使ってね」

「うちも何か手伝いたいんですが、特産物が何も無くて……」


 そう言って視線を伏せたライラにキャロラインが首を振る。

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