第四百十七話 バセット領への移住試験
「ほらアリス、あれが正常な人の反応だよ。やっぱり君には僕しか居ないでしょ?」
「う~ん……大分セーブしたんだけどなぁ……」
「お嬢様のセーブは人の二百倍ぐらいですからね。どうしてステータスを全部体力とパワーに割り振ってしまったんでしょうねぇ?」
腕を組んでチラリとシャルルを見ると、シャルルはそっと視線を外す。
「そなたたち、簡易ではあるが部屋を用意しておいたぞ。しばらくはここで過ごすのだろう?」
どこからともなく現れた妖精王はそんな事を言いながら指を鳴らすと、何も無かった空間に扉が現れる。それを見てシャルルが助かった! と言わんばかりに妖精王に駆け寄る。
「助かります、妖精王。今回の休暇が終わるまでは皆さん、休むときはここで過ごしてください」
「分かった。まぁとは言え、今は俺達には戻る場所が無いからな。助かります、妖精王」
「うむ。上手くあちらが引っかかればいいが」
ルイスの言葉に仲間たちが全員妖精王に頭を下げる。それを見た妖精王は腕を組んで頷いている。
「どこも厳戒態勢だからね。変に僕達がチョロチョロしたらかえって邪魔になっちゃう。ルイスのとこもキャロラインのとこも結構『傍受』がかかってた物出て来たんでしょ?」
今、ここに居る面子の領地ではどこも厳戒態勢が敷かれている。特にルイスやキャロラインの所ではルードの監視の元、アランとメグによって徹底的に調べ上げられ、『傍受』がかけられた疑いのある物は全て理由をつけて処分された。
この話が出た時、メグは自ら手伝いたいと名乗りを上げたという。
同じ魔法が使えるライリーも協力したそうで、あれはいい当主になるぞ! とロビンが喜んでいたとカインから聞いた。ルードの監視の元というのもメグが言い出したそうだ。一度でも裏切っていた自分を手放しで信頼など出来ないだろう、とロビンに告げたと言う。それを聞いたサリーがメグを抱きしめて感動していたそうだ。
「ああ、そうみたいだ。父さんは城の中の使用人全員の素性も調べなおしたらしいぞ」
「うちもよ。父様が憤慨してらしたわ」
今回の作戦を聞いてノリノリで調べだしたヘンリーは、あちこちに『傍受』がかけられていたと知って憤慨した。徹底的に使用人達の素行と素性を調べ上げ、数人を既に捕まえたと言っていたので、どれほどヘンリーが怒っているかが伺えてキャロラインは嬉しかった。
「うちは特に何も無かったみたい。でもこの間言ったみたいに、最近では戸籍を偽造してまでうちの領地に移住しようとしてくる人もいるってさ」
「そこまでして……バセット領はどうなんだ?」
ため息をついたカインが言うと、ノアがキョトンとして言った。
「うち? うちは移住してくるための試験があるからね。まずそれをクリアしない事には戸籍を偽造しようが何しようが移住してこられないよ」
「……試験?」
「そう。アリスに堪えられるかどうかの試験があるの。クリアしたのは今の所師匠だけだよ」
まるで何でもない事のように言うノアに一同は顔を引きつらせる。
「い、一応聞くがどんな試験なんだ?」
「簡単だよ。丸腰で森の奥に放り込まれて一週間そこで暮らして戻って来られるかどうかってだけ」
「意外とすぐに音を上げるんですよ、これが。不思議です」
「あ! ちゃんと戻って来なかったら迎えに行くよ! まだ死者は出た事ないです!」
胸を張るアリスにリアンが思わず突っ込んだ。
「嫌だよ! そんな領地! ライラ、やっぱり余生はネージュで過ごそ? ね?」
そんなリアンの視線の先には、何故か目を輝かせたライラが居てリアンは何かを諦めたようにポツリと言った。
「……僕達がその試験受ける時は、動物たちに加減してって言っといてね……」
「分かった! パパベアに食材分けてあげてって言っとくね!」
「……ありがと」
とうとう諦めたリアンに流石のノアも可哀相な人を見る目を向けている。
「まぁそんな訳だから、全然移住者は増えないよね」
「当たり前だろう⁉ あんな狼がうじゃうじゃ居る所に丸腰で放り込まれたら、その時点で戦意喪失するわ!」
「ルイス様、狼だけじゃないですよ! ダイアウルフも居るしクマも居るし、今なら虎も居ます! あと、何かよく分からない妖精とか生き物も居ますよ!」
「より悪いわ! なるほどな、バセット領はまぁ安全だろう、これからもきっと」
「まぁそれをクリアしても、今度は僕と父さんの面談と言う名の尋問があるんだけどね」
にっこり笑うノアを見て、ルイスとカインはとうとう黙り込んだ。
「何なら俺はそちらの方が嫌ですね。何度か見た事がありますが、あれは……酷いです」
移住させてなどやるものか、という悪意をヒシヒシと感じるノアとアーサーの面接は蛇のようにしつこく、必ずと言っていいほど相手の心をへし折る。相手が女だろうが男だろうが関係なく。それをクリアしたエリスはやはり超人的な肉体と精神力の持ち主だ。
「ちなみにうちの領地にも移住者は後を絶たないようです。ここに来て突然増えたというので、今移住を申し込んできた人達にこっそり『追跡』をかけて一旦保留にして調べている所だそうです」
魔法が得意なクラーク領は、領地全体に魔法がかかっていてネズミ一匹すら逃す事は無いと言われている。それほど警備体制の整った領地なのだ。だからかどうか分からないが、大きな領地にもかかわらず犯罪率と貧富の差が他の領地と比べると断然低い。それは常にクラーク家自慢の白い鷹達が領地全体を巡回しているからだ。
「カインの所はどうなんだ?」
「うち? うちは今まで通りだよ。移住申請を受け入れて移住してきた人全員に監視をつけてる。それで兄貴はいくつかの小屋を見つけたんだよ」
「なるほどな。という事は、既に俺達の卒業を見越して向こうは動いているという事だな」
「そうだろうね。俺達が卒業するまであちらが待ってくれるのかどうかは微妙な所だけど」
何かを思い出したカインが言うと、ノアが小声で言った。
「少なくともその前に偽シャルルは仕掛けて来ると思うよ。アリスが十八になったらすぐにでも」
「……そうだな」
視線を伏せてチラリとアリスを見ると、楽しそうにキャロラインとミアとライラと話している。
十八でアリスが死んでしまうかもしれないと偽シャルルは言った。とてもそんな風には見えないし何なら殺しても死ななそうなアリスだが、その事に関してはノアも気にしているようだ。用心するに越したことはない。
「そう言えば……ずっと気になっていたんですが、どうしてキャロラインとアランにだけループの記憶があるんでしょうね」
黙り込んでそれぞれの思考に走っていた一同に、ふと思い出したかのようにシャルルが言った。
「言われてみればほんとだ……何で二人だけなんだろ……? それについてはあのゲーム機に書いてないの?」
リアンの言葉にシャルルは首を振った。
「何も。だからずっと気になっていたんですよ。私は最初のループから知っていますが、アランとキャロラインは途中からですよね? 一体どうしてなんだろうってずっと思ってたんですが、他の人は誰も覚えていないようですし……何故なんでしょうね?」
「それは僕が思い出さないと分からないかもね。そもそもそれが設定なのかそうでないのかも分からないし、その意図も分からない。知ってるとすれば……偽シャルルかな?」
「偽シャルルですか。まぁ彼もどうやら私と同じように権限を持ってるようなので、もしかしたら彼がそう設定したのかもしれませんね、後から」
シャルルはそう言って胸元からゲーム機を取り出して電源を入れた。それをアリスが机の上に身を乗り出して覗き込んでくる。
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