第四百十八話 アリスの反省
「他に何かゲーム入ってないのかな? ちょっと貸して。あ! その前に今の状況を確認確認! ……ん?」
「? どうしました? アリス」
ゲーム画面を見て手を止めたアリスは、何かに気付いたように首を傾げて画面を凝視している。
「変だよ、これ……」
そう言ってゲーム機を机の上に置いて全員が見えるようにした。それを覗き込んでいたノアとカインがふと何かに気付いたように、あ、と呟く。
「これ、前と変わってるな」
「だね。カミングスーンの場所が変わってるし最終決戦とその後の戦いが近づいてる?」
画面に表示されているのは全体のメインルートだ。以前は最後の決戦の後にさらに追加で大きな戦争になっていた。確か前はその部分にカミングスーンの文字があったはずだ。
それなのに、今は偽シャルルとの戦いの所にカミングスーンが表示されている。そしてほぼ間髪いれずにすぐさま大きな戦争になっているのだ。
一体これが何を意味するのか……腕を組んだノアとカインを無視してアリスはさらにゲーム機を弄る。
すると、シャルルですら見た事のないページがそこに表示されたではないか!
「な、何したんですか?」
「ん? ホームに戻ったんだよ。もしかしたらホームに何かヒントないかなって。あと、他のゲームも入ってないかなって思って……あれ?」
アリスはホーム画面に戻ってふとある物を見つけて手を止めた。それを凝視してゴクリと息を飲む。
そんなアリスに気付いたノアはもう一度アリスの手元を覗き込んで、あ、と呟いた。
「アリス、これ……『花冠3 フルバージョン』ってあるけど……」
「なんだろ……これ……私も知らない」
「『花冠3 フルバージョン』? そのシリーズは3までなんですよね? お嬢様」
「そうだよ! 3までと後はファンディスクしか知らないよ……」
そう言ってアリスは急いで『花冠3 フルバージョン』にカーソルを合わせて押してみたが何も起こらない。
よく見ると『花冠3 フルバージョン』のアイコンは灰色になっていて、イラストも無い。タイトルだけが今までのように表示されているが、肝心のヒロインも攻略対象の絵も何もない状態だった。
しばらくそれを見ていたアリスとノアだったが、突然ノアが頭を押さえて顔を歪める。
「兄さま!」
「ん、ごめん……そうだ、僕は……これを思い出さなきゃ……いけない……」
「兄さま⁉」
それだけ言ってそのまま意識を失ったノアを、アリスはゲーム機を放り出して支えた。
「キリ」
「ええ、部屋に運びます」
キリはノアを抱き上げると一番近くの部屋に入って行く。その後からアリスが心配そうについてきて、ベッドの側の明かりをつけてやっている。ノアは昔から真っ暗な場所では酷く怯える。それをアリスもキリもよく知っているのだ。
昔、まだ幼い頃に夜中にノアの部屋の明かりが全て消えてしまった事がある。その時ノアは、叫び声を上げていつものノアからは考えられないくらいに取り乱し、隣で寝ていたアリスにしがみついてガタガタ震えていた。びっくりしたアリスが慌てて部屋の明かりをつけると、ようやくノアは落ち着いたように何度もアリスに謝った事がある。
「兄さま、大丈夫かな……」
心配そうにノアの頭を撫でるアリスを見て、キリは頷きながらノアに毛布をかける。
「大丈夫です。何せノア様ですから。それよりも、さっきのは一体何なんでしょう?」
「分かんない。でも兄さま、あれを思い出さないとって言ってたよね」
「ええ。もしかしたら少しずつ前世の事を思い出し始めているのかもしれませんね」
「うん……」
始まりは自分の言葉からだ。ループから抜けたい。だから簡単にノアとキリを巻き込んだ。
でも、もしかしたらそれは間違いだったのだろうか。どうしてノアだけこんな辛い思いをしなければならないんだ。アリスはノアの冷たい手を握りしめると頬を寄せる。
「ごめんね、兄さま……キリも、巻き込んで……」
何となくそんな事を考えてしまったアリスが言うと、意識がないはずなのにノアの手に力が籠る。
「お嬢様は何か勘違いされているようですが、あなたに巻き込まれるのはそれこそ今更ですし、何よりもあなたが巻き込んでくれなければ、もしかしたら今頃俺達はここに居なかったかもしれないんですよ。それはノア様も皆も分かっているはずです。あなたがバカで本当に良かった、と」
「最後の一言いる⁉ ちょっと感傷的になってる所に、何であえて付け加えたの⁉」
「そういう設定なので」
「そんな設定ないよ! あんたにそんな設定なかった!」
怒りに任せて言い返すアリスを見て、キリが珍しく微笑んだ。
「その調子です、お嬢様。あなたに一番似合わないのは反省という言葉です。大半の場合はそれは短所ですが、今回に限ってはあなたは反省などせずにそのまま突っ走ってください。そうやってここまで来たんですから」
「……それは……褒められてるの?」
「ええ。珍しく褒めていますよ。今までのどのアリスも出来なかった事を、あなたは必ずやり遂げるだろうと俺は思っています。己の欲望に忠実が故に」
「……いっつも一言多いんだよね……言っとくけど、そんな設定キリに無かったからね。あんたのそれは性格だよ」
「そうでしょうね。だから俺は設定など生年月日や血液型のような物だと思ってます。持って生まれたもの。ただそれだけです」
はっきりと言いきったキリの言葉にアリスは頷いてキリに抱き着いた。いつもなら絶対にすぐに剥がされるが、今日だけはキリは小さい頃のようにアリスの頭を撫でてくれる。
「へへ、キリに撫でられた」
思わず昔を思い出して鼻をすすりながら喜んだアリスに、上から相変わらずキリの辛辣な言葉が振って来た。
「あ、鼻水とかつけないでくださいね。そんな事したらあなたのおやつは一生オートミールクッキーにしますよ」
「⁉」
それを聞いてすぐに体を離したアリスは、イヤイヤと首を振ってノアのおでこにキスして部屋を飛び出して行く。
そんな後ろ姿をため息を落としながら見ていたキリは、ふとノアに視線を落として顔を顰める。
「いつの間に起きたんですか」
「さっき。ありがとう、キリ」
「いえ、別に本当の事なので」
「はは! 久しぶりにキリに抱き着くアリスを見た気がするよ」
「……そうですか?」
「そうだよ! あ、でもアリスは僕のだからね!」
苦い顔をするキリにノアが言うと、キリは真顔で頷く。
「大丈夫です。俺にはお嬢様は今も昔も猿にしか見えません」
「あ、そ。それよりも、ちょっと偽シャルルと連絡とりたいんだけど」
そう言って体を起こそうとしたノアをキリが手で制した。
「ダメです。明日にしてください」
「忘れないうちに聞いておきたい事があるんだよ」
「いけません。それに、すぐに忘れてしまうような事はさして重要ではありません。あなたはもう今日はこのまま寝てください」
「でも――」
何か言いかけたノアをキリが真顔で見つめて静かに口を開く。
「しつこいとお嬢様をゴーしますよ?」
「……はい、寝ます。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい。明かりは絞っておきますね」
そう言ってキリは枕元の明かりを絞ってノアに無理やり毛布をかけて、添えつけてあった椅子に腰かけ足を組んでノアを監視している。
「ねぇ、そこに居るつもり?」
「もちろん。ノア様はお嬢様と違って小狡い事を平気でするので、あなたがちゃんと寝るまでここに居ます」
「……言い方……分かったよ、もう。おやすみ!」
しっかりキリという監視がついてしまったノアは頭から毛布を被って目を閉じた。おでこにはまだアリスが落としていったキスの感触がある。
些細な事なのに何となく嬉しくてニヤけてしまう。こんな事、日常茶飯事だったはずなのに不思議なものだ。
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