第四百十六話 婚約破棄
そして同じことがセレアルでも起きていた。
「なぁ、あいつらもシャルルに体力を弄られてるのか……?」
カリスマ農夫ルイスが石に腰かけて言うと、隣でカインが項垂れながら首を振った。
「知らね……ちょ、もうしんどすぎて吐きそう……」
目の前の畑で三人の人間がまだ作業をしている。ノアとキリとオスカーだ。その周りには既に使い物にならなくなった人間と妖精がそこら中に倒れていた。
「レスター、あれは人間……なんだよな?」
カライスが大の字で転がって言うと、隣で体育座りしているレスターが苦笑いを浮かべて頷いた。
「そのはずだよ?」
「違うんじゃないかー? 何か体力とかそこら辺に加護でもついてるんじゃないか?」
「俺もそう思う……でもロトは何もしてないだろ?」
「してたぞ! めちゃくちゃ働いてた!」
「そうか?」
カライスの視線にロトはそっと目を逸らした。何せ飛べない上に小さいロトの出来る事など限られている。結局現場監督という名目でレスターの肩の上から指示を出していただけだ。
バツが悪い思いをしていると、ロンドの声が聞こえてきた。
「そろそろ終わろうか! 食事にしよう、皆! 広場に場所を作ったから、そちらに集まってくれ」
ロンドの言葉にそれまで倒れていた人たちがワッと起き上がった。それを見てキリがポツリと言う。
「まだ皆さん元気じゃないですか。では、ここだけやってしまいましょう」
未亡人キリの言葉に、起き上がった領民達が絶望したように膝から崩れ落ちていく。そんな様子をノアがおかしそうに笑って見ている。やはり女装していようが、ノアの悪魔属性は隠しきれない。
「イライザ、駄目よ、無理を言っちゃ。ほどほどにしておかないと、明日本当に使い物にならなくなってしまうわ。こういうのは壊れる寸前で止めておかないと」
「……あなたの方が酷いと思いますよ、サリー……」
そんな会話が畑から聞こえてきたルイスとカインは青ざめる。
「あいつ、めちゃくちゃだな」
「アリスちゃんが居ないからじゃないの? あ、いや、アリスちゃんは天然で使い潰すのか……そういう意味ではやっぱりあの二人はセットなんだな……」
こちらでさえこうなのだ。今頃ノアというストッパーの居ないグランではどうなっているのか。それが心配である。
皆で広場に移動すると、そこには豪華な食事が所狭しと並べられていた。思わずそれを見てゴクリと息を飲んだルイスに、トーマスが苦笑いを浮かべている。
「沢山あるそうなので、思う存分食べてください。あなたは今、ただの農夫ですから。多少行儀が悪くても今日は目を瞑ります」
トーマスが言うと、ルイスは目を輝かせて頷いた。
「いいな……俺も農夫が良かった……」
「僕もです……こんなに動いたの久しぶり過ぎて、頭がクラクラします」
伯爵家という位置づけにされてしまったカインとアランは最低限のマナーは守らなければならない。これがバセット領であれば誰も何も言わないが、ここはセレアルだ。やはりあそこのようにはいかない。
ヨタヨタとカインとアランが席につくと、給仕係が食事を運んできてくれた。とてもバランスの良い綺麗なコース料理だ。ふと見ると、ルイスの前にはドーン! と肉の塊とビールとパンが置いてある。
「くそ……俺もそっちがいい……齧りつきたい……」
「今日ばっかりは僕も全く同意見です……美味しそう……ワインじゃなくてビール飲みたい……」
疲れ果ててエネルギーが空っぽになった体が求めているのは、手っ取り早くエネルギーを摂取できる肉汁の滴る肉塊である。こんなチマチマ食べてられるか! そう思うが、伯爵家だという事がそれを邪魔する。
カインが悔しさに顔を歪めながらも上品に食事を摂る隣で、何故か婚約者設定のノアはルイスと同じように肉塊にナイフを入れて食べている――何故⁉
「おい、何でお前はそれなの? 俺の婚約者だよね?」
「ん? ああ、私はあらかじめ厨房の人に伝えておいたから。『私はルイスと同じ物でいいわ。だって、無理を言ってついて来てもらってるんですもの。同じ物を食べて少しでも同じ立場で居たいの』って言ったらこれ用意してくれたのよ。ほほほ」
言いながら切った肉の塊を口に放り込んでビールをガブガブとこれ見よがしに飲むノアを見て、カインは口元をヒクつかせた。
「お、お前との婚約は破棄だーーーー!」
「あら嫌だ。こんな事で? 器の小さい男ね。そんな人、こちらから願い下げだわ」
ほほほ、と笑うノアとカインを周りはハラハラして眺めている。
まさかここで貴族の婚約破棄が言い渡されるとは思っていなかった一同は、この先がどうなるのか青ざめて見守っているが、忘れないでほしい。中身はカインとノアであるという事を。
「あ、大丈夫ですよ、皆さん。この二人は毎日どこかで婚約破棄を宣言しているので。犬も食わないアレです」
キリの言葉に未だ睨みあう二人を見て何かに納得したように頷いた領民達は、頷いてまた食事を再開しだした。
その夜、ノア達はそのまま寝ると見せかけて秘密基地に戻ると、そこには既にグラン組が机に突っ伏して倒れていた。リアンなど、流石にカツラは取っているがあれほど嫌がっていた女装のままだ。
「ただいま。お疲れ、皆」
ノアが言うと、それまで白目を剥いて倒れていたオリバーがガバっと顔を上げてノアに泣きついて来た。珍しい事もあるものだ。
「頼むから、アリスを引き取ってほしいっす!」
「そうだそうだー!」
「一体何があったの?」
机に突っ伏したまま言うリアンと、首だけでどうにかして頷くキャロラインとミアを見て、ノアは苦笑いを浮かべて聞いてみたが、まぁ何となく予想はつく。
一部始終を聞いたカインとルイスは青ざめ、ノアとキリは当然だと言わんばかりに頷いている。
「まぁ分かってた事だけどアリス、ちゃんと程々にしてね。でないとグランから出禁くらっちゃうよ。皆の事、父さんだと思いなさい」
「え⁉ わ、分かった。父さまだと思うようにする」
神妙な顔をして頷いたアリスを見てノアも頷く。
「お前達、父親の事を何だと思ってるんだ?」
すっかり変装を解いたルイスが問うと、キリが真顔で言った。
「体力的にはアーサー様が一番普通の人に近いので」
それ以外のバセット領の人間は他の領地に比べれば皆超人の域である。
「なるほど。で、そちらの進捗はどうだ?」
「半分は終わりました!」
自信満々に言うアリスの言葉を聞いてルイスもカインもギョっとしている。
「あ、あのグランの広大な小麦畑の半分を……一日で終わらせた……のか?」
「はい! 頑張れば明日終わります!」
「だめだめ! 本気で出禁くらうよ、アリスちゃん!」
一体どれほどの労力を皆に敷いたのか。セレアルがノアで良かったと心底思ったカインである。
「アリスはね……最後はほぼ一人でやっていたわ……それでもなお、動こうとするの……」
それはそれは恐ろしかった。それまで微動だにしなかったキャロラインが鼻をすすりながら言うと、ルイスは慌ててキャロラインを抱きしめて慰めている。
「キャロ、怖かったんだな……可哀相に……もう大丈夫だぞ」
「ええ、ありがとうルイス……グス」
恐怖からか疲れからかよく分からない理由で涙を零したキャロラインに同情の視線が集まるが、バセット家の面々だけはそんな事など気にも留めない。
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