第四百十五話 聖女の一声

 ジョーが、リアンから送られてきた写真を涙目で見つめているリズに言うと、リズは驚いて顔を上げてジョーとアリスを交互に見つめてくる。


「母さん? 聞いてた? アリスは俺の事お兄ちゃんって呼ぶんだってさ。来年、また写真撮ろうね。きっと死んだ父さんも喜ぶよ」

「そうね……また、撮りましょう……きっと……必ず」


 涙ぐんだリズを見て、アリスはいつもの様にニカっと笑った。


「もちのろんだよ! じゃあ今度はうちの父様も兄さま達も連れて来よう! 家族写真だ! 今度はいーっぱいお土産持ってくるね!」

「ええ、楽しみにしてるわ」


 意図しないアリスの家族写真という言葉に、とうとうリズの目から涙が零れ落ちた。


 泣きながらだけど笑顔を浮かべたリズを見て、アリスもジョーも同時にハンカチを取り出してリズに渡し、顔を見合わせて笑い出す。


 そんな二人を見てリアンは小さく首を傾げたが、何とも言えない違和感を無視してリアンは腰に手を当てて言った。


「じゃ、そういう事だから来年、ここが黄金になったらまた集合ね! その時は完璧なのを撮るよ!」

「うん!」

「ああ、楽しみだ」


 同時に頷いたアリスとジョーにリズも感極まったように頷く。


 それからリズ達と不織布をかけながら沢山話をした。


 聞けば、リズはアーサーの従弟に当たるそうで、小さい頃はバセット家で一緒に暮らしていたのだという。


 ノア(ジョー)の父親と一緒になりたくて家を飛び出したと聞いてアリスは目を輝かせた。そんな話を聞いてしまえば、カップリング厨が騒ぐというものだ。そしてそれを聞いてどうして以前リズがバセット家にやってきたのかにも納得がいった。


 盛り上がる三人の話をリアンだけは始終半信半疑で聞いていた。


 従弟? それでこんなにも似るものだろうか? 笑い方なんてアリスとジョーとリズはそっくりだ。まるで本当の親兄妹のように――そこまで考えてリアンは思い至った事にそっと蓋をした。きっとこの考えは間違ってはいない。


 でもそれはリアンが知っていい事ではない。いつか、アリスかノアが本当の事を教えてくれるまで考えないようにしようと心に誓う。


 自分に出来るのは、何も知らない振りをして写真を撮ってやる事ぐらいだと悟ったリアンは、泥だらけで笑う三人の姿を写真に収め、それをノアに送ってやった。きっとノアは、この三人を会わせるために、アリスをこちらにやったに違いないのだから。



「これでやっと半分か……もう夕方だよ」


 ずっと中腰で作業をしていたリアンは大きく伸びをして腰を叩いた。そんなリアンにライラが笑いながら腰をさすってくれる。


「帰ったらアレックスさんの湿布貼ろうね、リー君」

「うん。あれよく効くんだよねぇ……って! 年寄り扱いしないで!」


 思わず叫んだリアンの視線の端に、さっきからチラチラとまだ駆け回るアリスが見える。


「ねぇ、あいつの体力ヤバくない? 朝からずっとあの調子なんだけど……」


 いくら体力も弄られているとは言え、あの無尽蔵に湧く体力はいかがなものだろうか。


 そんな事を呟くリアンの隣に、フラフラとキャロラインとミアがやってきてドサリと崩れ落ちた。


「全くよ……一体何をどうしたらあんな事になるというの……」

「アリス様の口から疲れた、という単語を聞いたのはフラグ回収の時だけでしたね……」

「お疲れ様、モブも頑張ってるけど、そろそろ限界じゃないかな。ほら、さっきから何も無い所で躓いてる」


 どうにかアリスについて行こうとするオリバーだが、流石のオリバーもそろそろ限界のようで、さっきから何度も躓いている。というよりも、他の皆だってそうだ。もうフラフラである。


「リー子様~……アリオ様はやっぱり化け物なのかぁ~?」


 一緒に作業をしていた領民達がゾロゾロとゾンビのように戻ってきた。そこにはノア(ジョー)も居る。リズは早々に音を上げて、今は夕食準備隊の方に回ってしまったのだ。


「いやぁ~……俺ももう腰がさ……アリスは凄いなぁ!」


 ノアは苦笑いを浮かべながら畝の間を走り回るアリスを見ているが、その視線は暖かい。


「あれはちょっと異常だから。僕初めて見たよ、妖精が疲れ果てて落ちていくの」


 妖精は人間に比べると随分頑丈だし体力もある。それはどんなに小さな妖精でもそうなのだが、その妖精達ですらアリスについて行けずに、ポトリと突然落ちるのだ。


 さっきから落ちた妖精達を運び出す妖精達も疲れ果てているのか、人間達に混ざってゾロゾロとこちらに戻ってきてリアンの膝の上にポトリと落ちた。ヨロヨロしながらリアンに助けを求めてくる様はもう見ていられない。


「アリオー! もう皆限界だよ! そろそろ戻ってきな!」

「はぁ~い! じゃ、皆お疲れ様~! 明日もがんばろ~~!」


 リアンの声にクルリと振り返って泥だらけになったアリスは、元気一杯拳を振り上げたが誰も乗ってくれない。見ると、皆その場に座り込んだり倒れてしまっていて動けないでいるではないか! アリスが夢中になっている間に一体何があったというのか!


「ど、どうしたの⁉ 皆! 溶けちゃってるよ!」

「あんたのせいだよ! この化け物!」


 思わず叫んだリアンにアリスはキョトンと首を傾げて次の瞬間、笑い出す。


「久しぶりにそれ言われたね! あははは!」

「……駄目だこりゃ」


 嫌味も悪口も通じないアリスにガックリと項垂れたリアンの隣でライラだけがそんなアリスに手を叩いて喜んでいる。


「アリス! そろそろご飯よ! 皆さんも、ご飯食べて今日はもうゆっくり休みましょう!」


 ライラの声にその場で倒れていた人たちがムクリと起き上がって、やはりゾンビのように歩き出す。目指すはミランダの店だ。もう今日はビールを飲んで寝よう、そうしよう。


 無言で歩き出した領民達と妖精達の後について一人だけ元気なアリスも意気揚々とついていく。


 ミランダの店では既に沢山の食事が用意されていた。


「おやまぁ、皆お疲れさんだね」


 ドロドロと流れ込んでくる疲れ果てた領民達を見てミランダが言うと、領民達は無言で頷いてそれぞれ席について机に突っ伏す。


「一体どれだけしごかれたんだい……?」


 皆が皆そんな状態なのに一人だけ元気なアリスを見てミランダが言うと、アリスはニカっと笑って親指を立てた。


「大丈夫大丈夫! 一杯食べて一杯寝たら明日はまた元気だよ!」

「それはあんただけだからね! 言っとくけど、明日は皆、使い物にならないよ!」


 自分も含め、確実に大半の者達は明日は起き上がる事すら難しいのではなかろうか。


「えー? もう、しょうがないなぁ」

「アリオ、あなたと違って皆には体力に限界があるの。無理を言ってはいけないわ。それに今日はもう半分も終わったんですもの。不織布の使い方も皆分かっただろうし、後はゆっくりやりましょう」


 やっぱり皆と同じように疲れ果てたキャロラインが行儀悪く椅子にもたれて言うと、アリスは素直に頷いた。


「はい!」


 キャロラインの言う事はノアの次ぐらいに絶対のアリスである。手を上げて返事したアリスを見て皆ホッと胸を撫で下す。流石聖女である。

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