第四百一話 サプライズ下手なルイス
「あーあ、アリス、戻ったらまたお風呂だね」
「……ですね。おまけにまた何か食べて……やっぱりお嬢様はアリス・イブクロお化け・バセットに改名すべきでは?」
「お化けが増えてるよ、キリ。何にしてもここは平和だね。これがいつまでも続けば僕の心労も少しは減るのになぁ」
「俺の心労は変わりませんけどね。お嬢様が生きてる限りは」
「ははは! 言えてる」
ノアは言いながらアリス工房に届いた書類の整理をしていた。すっかり忘れていたが、これも片づけてしまわなければならない大事な仕事だ。
アイデアマンのアリスはああやって好きな事をしていたらいい。そんなアリスを眺めて書類整理で溜まったうっ憤を晴らすのがノアのストレス発散法だ。
それをキリに言うと、キリはマジか、の目をノアに向けてくる。
「お手軽ですね、ノア様は。お嬢様は俺にとってストレスの元凶でしかありません」
「で、そんなキリはミアさん見て和むんでしょ?」
「はい。ミアさんは癒しです。家に帰ってミアさんにお帰りなさいと言われているのを想像しただけで色々我慢出来なくなります」
「……キリはさ、今までそういうの全く無いと思ってたんだけど違うんだね」
「当たり前です。親に捨てられた身としては、誰よりもそういう願望は強いと自負しています。ですが、誰でもいいわけではありません。ちゃんとそういうのを分かってくれる方がいいです」
「それがミアさん?」
「はい。ミアさんは大家族で育ったからか、俺にも分け隔てないです。そういう意味ではお嬢様に近いのかもしれません」
腕を組んで真顔で言ったキリにノアも真顔で頷いた。確かにミアはドンを初めて見た時も怯えなかったし、誰に対しても平等だ。その人の出自など、大して気にもならないらしい。だからノアに対する態度も全くと言っていいほど変わらない。
「確かに、そういう所は似てるかもね。そっか、キリもやっぱりアリスが好きなんだね」
子供の頃から側に居た異性を人は好みのタイプにしがちだと言うが、キリもそうなのか。納得したように頷いたノアを見て、キリはそれをすぐに否定してきた。
「いえ、似ているのはそこぐらいです。後は全く似ていません。だから余計に俺は安心したんです。こんな人も居るのか、と……」
アリスのような考え方をする人は皆アリスだと思っていたキリだ。だからかなりまともなミアを見ると安心するキリである。ずっとアリスを相手にして来た弊害だ。それをノアに伝えると、ノアは頬を引きつらせて言う。
「……それ、アリスには黙っておくね」
「はい、黙っておいてください。とはいえ、俺にとってあんな猿でもお嬢様ですから、それは今後もずっと変わりません」
「うん、それは僕達にとってもそうだよ。これからもよろしくね。アリスのステータス、更新されてたでしょ?」
「……はい」
ノア達が城に家系図を見に行ってすぐ、アリスのステータスが更新された。それを知って少なからずショックは受けはしたが、何だかそれすらもバセット領らしいと納得してしまった。
「寄せ集めみたいな家族だけどね、それでもここがいいって僕は思うよ」
「それは俺もです。俺の家は、もうここしかありません」
「まぁ、キリの場合は新しい家を近所に建てる予定だけどね。父さん達が張り切ってたよ」
「新しい家?」
「そう。君とミアさんの家。居るでしょ?」
にこっと笑ったノアを見て、キリは珍しく耳を赤くしてそっぽを向いた。
「本当に、サーチも使えないのにあっという間に知れ渡るから怖い所です、ここは」
「ふふふ、それは仕方ない。だって、キリも大切な家族なんだから!」
窓の外では、アリスが最後の敵のドンを投げ飛ばしていた――。
あの会議から一月が過ぎ、アリスがとうとう十七歳になった。
これでアリスのストーリーは全て終わった。来年卒業パーティーがあり、アリスのルートは真っすぐに大団円エンドに向かう予定だ。
ゲームの中ではフラグを回収し終えてから卒業式を迎えるまでは一瞬だったが、現実はそうはいかない。スキップなどないのだ。その間にも色んな事が起こる。
「え⁉ 虫が……そうですか。では、次の休みにそちらに一度顔を出しますわ。あと、ついでに少し早いかもしれませんが、寒さ対策もしておきましょう。ええ、ええ。ではまた」
キャロラインはスマホを切って机の上に置いて手足を伸ばした。
「お嬢様、どうかされたんですか?」
「ええ、やっぱり虫害が増えてきたって。エントマハンターの薬をもってしても完全に防ぐのは難しいみたいだわ」
だが、確実に効き目はあったとエドワードは言っていた。
あれから少人数でやってきていたエントマハンター達は、ほとんどの仲間たちをこちらに呼び寄せてくれたとレスターから連絡があった。今はほぼ全員で薬の量産に取り掛かってくれているらしい。
流石にエントマハンターの大元であるミカはこちらに来るのを渋ったらしいが、セレアルの一部の森の中に良い場所を見つけたそうで、人間達と暮らすのを怖がったエントマハンター達はそこに間借りをして、その代わりに良質な野菜を育てて暮らす事になったようだ。
それじゃあ今までと変わらん! とカライスはどうにか説得したようだが、結局本人たちの意志を汲むことにしたらしい。今では週に一度やってくるエントマハンターの市場は多くの人達で賑わうと言う。やはりエントマハンターの作る野菜は良質なのだろう、とロンドが感心していたそうだ。
キャロラインはレスターから聞いたそんな話を思い出しながら手帳を捲って予定を立てる。一月には弟か妹が生まれる予定だから、それまでに片づけておきたい。
そんな事を考えながら手帳を眺めていると、控えめなノックの音が聞こえてきた。
「あら、誰かしら?」
「見て来ます」
そう言ってミアが出て行く。しばらくして、ミアが大きな花束を持って戻ってきた。
「あら、綺麗な花ね。誰から?」
「ルイス様のようです。飾りますね」
そう言ってミアは花をキャロラインに渡す事なく、そのまま部屋を出て行ってしまった。そんな様子をキャロラインは首を傾げて見ていた。
しばらくしてミアが部屋に戻ってきたが、その手には何も持たれていない。
「花はどうしたの?」
キャロラインが問うと、ミアは苦虫を潰したような顔をして言った。
「キリさんがね、言ってたんです。最近やたらと届け物がある、と。調べてみたら送り主は皆違うらしくて、ミアさんも気をつけておいてくださいって言われていたので気をつけていたんですが、まさかルイス様のお名前を使ってくるとは思いませんでした」
「どうしてルイスじゃないって思ったの?」
「だって、ルイス様から贈り物がある際は、ルイス様はまず絶対にお嬢様に部屋に居ろ! って言うじゃありませんか。でも、今回はそれが無かった……ルイス様はびっくりするぐらいサプライズが下手くそなのですぐに分かります。念のためルイス様に聞いてもらえますか? お嬢様」
ミアの言葉にキャロラインは神妙な顔をして頷いてルイスに花を送ってくれたかを聞くと、ルイスの返事はノーだった。ミアの言う通り、送り主はルイスではなかったのだ。
「ミア、ありがとう。それであの花はどうしたの?」
「お花自体はとても綺麗だったので、従者の休憩室に飾ってきました。あそこは色んな情報が飛び交うので、それを聞いて向こうも混乱するかも、と思ったんですが、いけませんでしたか?」
「いいえ! とても素晴らしい判断だったわ! ありがとう、ミア。心強いわ」
「とんでもないです、お嬢様。でも、やっぱり向こうは相当焦ったんだと思います。こんな手を使って来るんですもん。なりふり構わなくなってきましたね」
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