第四百話 それぞれの夜2
「ほらシエラ、アリスが泥団子みたいになってますよ」
「泥団子って……本当ね」
シャルルとシエラは窓の外で動物たちと戯れているアリスを見て笑った。全身泥まみれになっても構いもしないもうじき十七歳女子はいかがなものか。
しかし、それがアリスだと言う気もする。
「こうして見ていると、似ているのは本当に外見だけですね」
まじまじと泥団子アリスと隣に居るシエラを見つめたシャルルが言うと、シエラはおかしそうに笑う。
「そんな事ないわ。話しているとね、共感できる事は沢山あるもの。まぁ手段は全く違うけど、でも、やっぱり私達は同じキャラクターなのよ」
「それはただ感性が似ているだけでは? ノアとカインのように。あの二人は全くの別人ですが、作戦を考えさせたらいつも意気投合しています。だから共感できるのと同じ人間というのは違いますよ、シエラ。あなたはあなたです。私はどんなにループしてもあの泥団子と結婚したいとは思いません」
「シャルったら! アリスとノアに怒られるわよ」
「怒られても構いませんよ。本当の事なので。それに、私にとってはやっぱりシエラしか居ませんから。それは他のどんなループのアリスを見ていても、そう思います」
「シャル。ありがとう」
シエラは涙を浮かべてシャルルの胸に頬を寄せた。そんなシエラの頭をシャルルは優しく撫でてくれる。
「全て終わったら、今度こそ私と結婚してくれますか?」
「⁉」
あまりにも唐突なシャルルの言葉にシエラは思わず体を離してシャルルを見上げた。そこにはいつものような外行きの笑顔を浮かべたシャルルではなく、耳まで真っ赤にして恥ずかしそうなシャルルが居た。
「あ、やっぱりいいです! 今の無し!」
「どうして?」
「こんなついでみたいに言うのは違う気がします! 改めてまた言うので、その時に答えを教えてください」
「……私達、婚約したわよね?」
「しましたが、そうじゃなくて……ああ、もう! 一旦忘れてください!」
珍しく狼狽えるシャルルを見て、シエラはおかしそうに笑って抱き着く。
ここに居られるのは全てシャルルのおかげだ。それだけでも十分だというのに、その上こんなにも想われていいのだろうか?
思わず卑屈な事を考えそうになったシエラの耳に、アリスの奇声が聞こえてきた。
ふと視線を窓の外に移すと、ドンとアリスを乗せたクマが戦っている。アリスはもうどこに目があるのか分からない程真っ黒だ。
そんな時、下の部屋からノアとキリの叫び声が聞こえてきてシエラとシャルルは思わず顔を見合わせて噴き出した。
「あれでも同じ人だって言います?」
「ううん、別人かもしれない!」
「そうです。私の可愛いシエラはあんな泥人形じゃありません」
「あそこまで汚せるのも凄いわ……子供が出来たら、アリスに一か月ぐらい預けてみる? 凄くたくましくなるかも」
「……生きて帰って来られますかね……?」
シエラの提案にシャルルがポツリと言うと、シエラはまた噴き出した。そんなシエラを見てシャルルもおかしそうに笑う。そんな二人の耳に、いつまでもキリのお説教が聞こえてきていた。
アランは夜でも元気一杯のアリスを見ながら、チビアリスと電話をしていた。
「アリス、約束したはずです、あそこに入っちゃ駄目だと。前も言ったじゃない」
『でもね、でも、ウサギさんが居たんだよ。だからね、私……』
「ウサギを見つけても、あのロープの向こうには行かない事! 約束は?」
『うん……ごめんなさい』
『あ、あの、私も止めなくてごめんなさい……』
そう言ってチビアリスの隣で頭を下げたドロシーを見てアランは慌てて首を振った。
「ああ、いえ、ドロシーさんがついて居てくれたからアリスは無事だったんですよ。ありがとうごさいます」
『と、とんでもないです! えっと、アリスちゃん、アラン様アリスちゃんの事心配なんだよ。だから約束は守ろうね』
『うん……あ! あのね、私これ見つけたよ! あれ……?』
叱られた事にしっかりしょげていたチビアリスだったが、ふと森で拾った珍しい薬草の事を思い出したチビアリスはポケットの中からグチャグチャになった薬草を取り出して愕然とした。
「それは……ボンボン草?」
ボンボン草はその名の通り本来は真っ白で丸い球体がついた花をつける。傷薬を染み込ませて傷に貼ると、傷口からばい菌を吸い取って色を変えて剥がれ落ちる優れものだ。
ところが、チビアリスの持つボンボン草はもうボンボンの部分がほぼ無くなってしまっている。
『……ボンボン……無くなった……ボンボン……アラン様にあげようって……ボンボン……』
悲し気にボンボン草を見つめるアリスの目にじんわりと涙が浮かぶ。そんなチビアリスを見て、アランは思わず微笑んでしまった。
「アリス、ありがとうございます。次の休みにまたそっちに帰るので、その時にどこで見つけたか教えてくれますか? 一緒に探そう」
『! うん! 待ってる。ちゃんと良い子にしとく! おじちゃんとおばちゃんのお手伝いもするよ』
「あ、うん、それは程々でいいので。ドロシーさん、大変かとは思いますが、アリスをよろしくお願いします。父と母はアリスが何をしても喜びますが、危ない事をしそうな時は桃、止めてやってくださいね」
アランが言うと、ドロシーと桃が同時にコクリと頷いた。
そんな桃を見てアランは思う。チビアリスにもレインボー隊を一人持たせよう、と。ドジなチビアリスはいつもアランの為に色々しようとしてくれるが、大抵失敗する。まだ小さいというのもあるのかもしれないが、あれは恐らく性格だろう。
アランはドロシーと桃に視線で訴える。どうかチビアリスをよろしく、と。そんなアランの視線を受けてドロシーと桃は互いに手を取ってまた頷いてくれた。
「同じ名前でも、こっちのアリスとは随分違いますね」
そう言ってアランがスマホを庭に向けた。そこにはクマと相撲を取るアリスの姿。そんなアリスを見てドロシーとチビアリスは顔を引きつらせる。
『お、襲われてるよ⁉』
「ああ、違うんです。あの方もアリスさんと言うのですが、あれは遊んでるんですよ。その証拠にほら、アリスさんが勝った」
クマを投げ飛ばしたアリスは次はドンに挑もうとしている。負けたクマは既に負けた虎たちの隣に座り込んでアリスとドンの相撲を見守っていた。
そんな様子を青ざめて見ていたチビアリスがポツリと言う。
『私と同じ名前……私もクマと戦える?』
それを聞いてアランもドロシーもギョっとして首を横に振った。
「だ、だめだめ! あなただけは絶対にだめ!」
何せどんくさいチビアリスだ。クマと戦う前に転んだりして襲われるのが目に見えているし、そもそもクマには出会わないようにしてほしい。
『そっか……でもいいな。モフモフ可愛いんだろうな』
何せ幼い頃から奴隷商の元で育ったチビアリスである。動物自体見るのも新鮮なのだ。あんな風にクマと取っ組み合いをしたいとまでは本気で思ったりしないが、さっき見たウサギは触ってみたいと思った。
「アリス、もう少しだけ我慢していてください。お土産を持って帰るので。ね?」
アランは項垂れるチビアリスに苦笑いしてお休みを言ってスマホを切った。
すっかり日課になってしまったチビアリスとの電話は、不思議な事にアランの心を軽くする。ヒヤヒヤするが、結局チビアリスはいつもアランの為に何かしようとしてくれていて、それが嬉しいのかもしれない。
ベッドに転がって目を閉じると、さっきのボンボン草を握りしめて泣きそうな顔をしたチビアリスの顔が過る。
次に帰る時、チビアリスには犬か猫か可愛い動物の赤ちゃんを一緒に連れて帰ってやろう。アリスに言えば、きっとすぐに見つかる。
そんな事を考えながら、アランは誰よりも早く眠りに落ちた。
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