第四百二話 従者のプライド
「ええ、本当に。ねぇミア、今度休憩室に行ったら、次の休みは私達はそれぞれの家に戻るとそれとなく伝えておいてくれる?」
「それは構いませんが、どうするんですか?」
「先回りして網を張っておくの。そうと決まったら皆に共有しなくちゃ!」
キャロラインは今起きた事を仲間たちに一斉送信して妖精手帳を開くと、『秘密基地』と書き込んだ。すると、目の前に虹色の扉が現れたではないか。
ドアノブに手をかけると、一瞬であの秘密基地に飛ばされた。ハッとして振り返るとミアも呆然としている。良かった、手を繋いでおいて。
「ビックリしました……」
「ほんとに。凄いわね、妖精王は」
「はい……あ、皆さんいらっしゃいましたよ」
そう言ってミアが振り返ると、やっぱり皆驚いたような顔をしている。
「はっ! オスカー! ちょ、待って。これ、こんな一瞬で繋がんの⁉ 俺オスカー置いてきちゃったんだけど⁉」
妖精手帳を受け取ったのは主達だけだ。だから従者も連れてくるのならば、キャロラインのように手を繋いでくるしかないようなのだが、カインはどうもオスカーとは手を繋がなかったようだ。
「ダメだよ、カイン。ちゃんと手繋がないと」
「そうだよ~! 大事な人はしっかり手を繋いでおきましょう!」
「だ、そうです、カイン様。ただお嬢様、ノア様、恐らくどちらかだけでいいと思います」
そう言ってキリはがっちりとノアとアリスに繋がれた両手を見て言う。
「そんな事言わないの。さて、で? どうしたの、キャロライン」
「ちょっと待てって! オスカー連れて来るから!」
カインが慌てて言うと、部屋が光った。それと同時にオスカーがマーガレットと姿を現したではないか。一時的にフィルマメントにこっちに戻ってきておいてもらて良かった。
「マーガレットさん、ありがとうございます。助かりました」
「いえ! これぐらいお安い御用です!」
「オスカー! マーガレット、ありがと~~!」
突然現れたオスカーとマーガレットを見て喜んだカインに、マーガレットは嬉しそうに頷きオスカーは半眼でカインを睨んでいる。
「まさか置いて行かれるとは思わなかった!」
皆の前だという事も忘れてオスカーが言うと、カインは申し訳なさそうに視線を伏せる。
「ごめんって! 手繋がなきゃ駄目だったみたいだ」
「手? そうなんだ……じゃあ俺はマーガレットさんにこれからも連れてきてもらうよ」
シレっとそんな事を言うオスカーを、今度はカインが睨みつける。
「お前な……ところでアランは?」
「アランなら今実家に戻ってるわよ。あちこちの領地からオピリアの被害者が出たでしょ? その為のブレスレットの大量生産をしているんですって」
「あー……そういや言ってたな。今回は王から直々の要請だから断れないって嘆いてたな」
「そうなの。アラン、基本的には出不精だから――」
キャロラインが何か言おうとした時、部屋にドシンという音が響き渡る。驚いてそちらを見ると、ルイスがトーマスに潰されていた。
「だ、大丈夫ですか! ルイス様!」
「ルイス様ぁ~一気に三人は無茶ですよぉ~」
「とはいえ、誰も置いて行きたくないというあなたの気持ちは嬉しいです、王子」
床に這いつくばって微動だにしないルイスを助け起こそうとするトーマスと、呆れたように笑うユーゴ。胸に手を当てて感心するルーイを見て大体何があったか察した仲間たちは頷いて席に着いた。
「だ、大丈夫だ。お前達に怪我はないか?」
まだ床に這いつくばったままそんな事を言うルイスに、三人は頷いた。それを見てホッとしたのも束の間、また部屋が光る。それと同時に、
「ぐえっ!」
続いてやってきたリアンにルイスは踏みつけられ、カエルのような声をあげる。
「うわ、何⁉ 何か踏んだ! 気持ち悪い!」
一方リアンは地面の感触とは違う何かを踏んで慌てて隣に居たオリバーにしがみついた。そしてオリバーはオリバーでリアンが踏んだものを見て青ざめてリアンを持ち上げると、地面に下ろす。
「だ、大丈夫っすか? ルイス」
「お、おぉ……モブか。すまんな……」
「てか、何でそんな所で寝転がって――」
「遅れてすみません! 教科書の事で問い合わせがあったみたいで――きゃぁ! な、何か、何か踏んで……ひゃぁぁ!」
「ふぐぅ!」
どうにか起き上がりかけていた所に、最後にライラに踏まれてルイスはとうとう力なく床にひれ伏した。
「ライラ、とりあえず王子から降りてあげなよ」
「あ! そ、そうね! お、降りる! 降りる?」
ルイスを踏みつけた事で完全に動揺しているようで、何を思ったかその場で足踏みしはじめる。それを見て流石にリアンがライラの腰を引いてルイスの上からどかせると、ようやくルイスが頭を上げた。
「……リー君とライラは軽いな……」
起き上がってポツリと言うルイスにライラは頬を染め、リアンは拳を振り上げる。
「いらないよ! そんな感想! ほら、早く起きなって。もう、何でこんな所に転がってんのさ」
「いや、それがトーマスとユーゴとルーイを全員連れて来ようとしたらこうなったんだ」
差し出されたリアンの手を取って起き上がったルイスが言うと、トーマスが慌ててルイスの背中をはたき出した。そこにはしっかり二人分の靴の跡がついている。
「? 手帳千切って自分で書いてもらえば良かったのに。これ、千切っても書けるよ?」
手帳を取り出したリアンが言うと、ルイスとカインは目を丸くしている。
「そ、そうなのか?」
「うん。貰ってから色々実験したんだよ、僕達。ねぇ変態?」
「うん。どこまで出来るのか試したかったんだ」
頷いてそんな事を言うノアをキリが半眼で睨みつけた。
「待ってください。では、俺は別に手を繋がなくてもここに来れたのでは?」
「まぁそうだね。でもほら、大きくなったら手なんて滅多に繋がないじゃない。だから黙ってた」
「……そういうのはお嬢様だけにしてください」
諦めたように言うキリにノアは全く悪びれない笑顔で頷く。
「お、お前らどうしてそういう情報を共有しないんだ?」
ルイスが言うと、隣でうっかりオスカーを忘れてきたカインも真顔で頷いている。そんな二人を見てノアとリアンは顔を見合わせて肩を竦めた。
「だって黙ってた方が面白いじゃない。現にルイスが踏まれる所も見れたし」
「わざわざ言わなくても気付くかなと思って。だって、あんた達頭良いんでしょ?」
「……」
「……」
二人の言葉にルイスとカインは諦めたように席についた。それを見て皆無言で椅子に座ると、いつの間にか用意されているお茶を飲んで大きな息を吐く。
「それで、一体何事だ? キャロ」
「そうだったわ! さっきね、私の部屋にルイスからという名目で花が届いたの。受け取ったミアはそれに魔法が掛かってる事に気付いてその花を従者達の休憩室に飾ってきてくれたんだけど、これを機に私達、次の休みはそれぞれ領地に戻る事にしない?」
「ミアさん、よく気付きましたね!」
尊敬した目でマーガレットが言うと、ミアは恥ずかしそうに笑った。
「いえ、ルイス様はお嬢様に贈り物を届ける際は必ず何かしらの理由をつけて部屋に居ろと仰ってくるんです。でも今回はそれが無かったから変だなと思っただけで、私は何も」
「その事に気付けたという事は、それだけミアさんがキャロライン様を見ていると言う事です。それは誇りに思っていい事だと思います」
真顔でそんな事を言うキリに、マーガレットも他の従者達も頷く。
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