第三百九十七話 羽を失くした妖精たち
「師匠、こっちが片付いたら、そっちにアリスをゴーするよ。もちろん僕達も。だからもう少しだけ、頑張って」
それを聞いてエリスは力が抜けたように声を出して笑った。
『アリスをゴーしてくれるのか。それは心強いな! 俺も仲間を集めてはいるが、どうにもアリスほどの奴はなかなかいなくてな! でもこいつを知ってるからどうしても比べちまって、なかなか見つからないんだ』
「あ、やっぱりアリスの事だったんだ……」
以前ケーファーとコキシネルに聞いた、外の勇者は仲間を探しているという話。あの時はアリスじゃないと思い込んだが、どうやらやはりアリスの事だったようだ。
『まぁでも、それは最終手段だ。お前らはしっかりそちらを守れ。そして……幸せになれ』
「……うん。それは師匠もだよ。また連絡する。ああ、あとシャルルによろしく」
ふと思い出してノアが言うと、エリスはコクリと頷いた。
『そうだった。あれは……誰なんだ?』
「会った事ない?」
『ない。いつも声だけが聞こえる。たまにフラっとどこからともなく妖精や奴隷を見つけては勝手に城に連れて来てくれるんだが……お前達の仲間か?』
それを聞いて全員が首を傾げた。どうやら偽シャルルはエリスの前にも姿は現さないようだ。だが、たまに現れてエリスの手伝いをしているという。一体どういう事だ? やはり偽シャルルは敵ではないのか?
「シャルルについてもまた説明するよ。今日はありがとう。また何かあったら連絡して。役に立ちそうな物送るから」
『ああ、ありがとう。妖精王、また一定数集まったら連絡します。その時はよろしくお願いします』
「……ああ」
妖精王は静かに頷いた。それを見てエリスは安心したように頷いてスマホは切れた。
それと同時に妖精王の背中から真っ黒の蝶の羽が飛び出す。あまりの怒りに完全体になった妖精王を見て、皆がゴクリと息を飲む中、アリスだけはキラキラした目で妖精王の羽を見つめていた。
「くろ! すっごい綺麗! 妖精王、それ、鱗粉も黒いの?」
「アリス! あなたはちょっと黙っていなさい!」
慌ててアリスの口に手を当てたキャロラインに、モゴモゴ言うアリスを見て、それまで怒りで震わせていた妖精王の羽が震えるのを止めた。
「いや? 鱗粉は我のも金色だぞ。ほれ」
バサバサと羽を動かすと、辺りに金色の粉が舞う。それを見てアリスは手を叩いて喜んだ。
「すごーい! 手品みたい!」
「そうか? ふむ、悪い気はしないな」
ふふん、と胸を反らす妖精王を見て、皆はホッと息を吐いた。アリスのお花畑に救われた。もしここで妖精王が怒りに任せて何かしていたら、下手したら本物の天災があちこちで起きたかもしれない。妖精王は自然が具現化したようなものだ。絶対に怒らせてはいけない存在だ。
外の世界の人間はそんな事すら忘れているのか、それとも本気で自分達は妖精王すら凌ぐと思っているのだろうか。
「ねぇねぇ妖精王、両方の羽が無くなっちゃった妖精たちは妖精界に戻れるの?」
「戻る事は出来る。しかし、長期妖精界で暮らすのは……難しい。妖精界にはある程度の魔力が無ければ暮らす事は出来ぬ。だからそういう者達は……最悪諦めなければならないかもしれん……」
視線を伏せた妖精王にアリスは首を傾げた。
「なんで? 諦めなくていいじゃん。ルーデリアとフォルスとグランに住めばいいよ。その為にお仕事一杯作ったんだから」
「そうなのか?」
「そうだよ! だって、私の魔法が普段は使えないもん。人間にもそんな人一杯いる。妖精もそうなっちゃったってだけでしょ? 何で諦めるの?」
「……そうか……そうか。諦めなくていいのか……」
妖精王は羽を虹色に輝かせながら、しみじみと呟いた。
「じゃ、決まりね! その人たち連れて来れたら人手も潤うよ! ね?」
嬉しそうに目を輝かせたアリスの頭を撫でながらノアは頷く。
「そんな訳なんで妖精王、力を貸してください。外に居る妖精族を全てこちらに連れてきたいんです。そして、女王の目論見を阻止する為にも力をお貸しください」
「ああ。力を貸そう。そなた達にも手帳を渡しておく。上手く使うといい」
「い、いいんですか? その手帳は王にしか渡さないという決まりでは?」
驚いたシャルルに、妖精王は子供らしい笑顔を浮かべて言った。
「エントマハンターがとうとう古い掟を捨て去ってそちらに移住し始めた。掟はその時代に合わせて変わるものでなければならない。それを我は知った。むろん、しょうもない願いは叶えんぞ! 心して使え。従者たちは主人と一緒に使うと良い」
妖精王がそう言って空中に手を翳すと、その場に居た主達一人一人の手の中に小さな妖精手帳が現れた。
「この空間へは今後、その手帳を使って入れ。秘密基地が必要なのだろう? どこからでも行き先に『秘密基地』と書けばここへ繋がる」
「ありがとうございます。大切に使います」
そう言って手帳を仕舞った一同を見て、妖精王はコクリと頷くと、おもむろにカインに詰め寄った。
「え、え? な、何ですか?」
「お前、我の末娘を娶ろうと言うのは本気か?」
「い、今それ聞きます⁉」
「お前の父と兄が居たから聞かなかったのだ! 妻もフィルも我にだけ秘密していたようだが、本気か?」
子供の姿をしているとは言え妖精王だ。カインは息を飲んで姿勢を正した。
「フィルから俺の事を何て聞いているかは知りません。ですが、俺はフィルが言う程良い人間でもありません。確かに俺はあなたの末娘の命を救った。けれど、彼女もまた俺の命を助けてくれました。だから、どちらも恩義に感じる事はないと思っています。それを踏まえた上で、俺は彼女を知りたいと思ってます。妖精とか人間とかそういうのは関係なく、一人の女性として、彼女を知りたいと思っています。そして、俺の事もよく知って欲しい。もしかしたらフィルの中ではもう結婚する! なんて思ってるのかもしれませんが、俺は結婚したからにはずっと一人だけを愛したい。もちろん相手にもそうしてほしい。だから、その答えは今すぐに、俺一人で出す訳にはいきません」
はっきりと答えはまだ出せないと言いきったカインを見て、妖精王は腕を組んで頷いた。
「そうか。しかし、早く決めよ。我は孫の顔が見たい」
「……え?」
てっきり反対されるのだろうと踏んでいたカインが言うと、妖精王は至極真面目な顔で言う。
「友人がな、自慢ばかりしてくるんだ。やれシャルルが可愛い。孫の中で一番可愛い! とな。むろんそれは戯言だ。孫は等しく皆可愛い。しかしあいつは毎日のように我にシャルルの絵姿を見せてくるんだ! いつまでもいつまでも同じ絵姿を見せつけてきおって! そんな訳でカイン! 早く決めよ! そして子供を八人ぐらい作れ!」
じりじりとカインに詰め寄る妖精王を見て、カインは憤ったように言った。
「どんな理由だよ! 俺はちゃんと両想いになるまでフィルとは結婚しない! それに、そんな理由で子供も作らない! 子供や孫はあんた達のおもちゃじゃないんだぞ!」
フンとそっぽを向いたカインに妖精王がおろおろしている。それを見てアリスとオスカーがパチパチと手を叩いて頷いている。
「そうですよ、妖精王。私も確かにおじい様には可愛がられていますが、おじい様は実際に私と他の孫達を分け隔てたりしません。からかわれているんですよ、妖精王は」
「な、何⁉ くぅぅ! まぁしかし、可愛いフィルの子供が見たいという事に偽りはない。カイン、フィルの事をどうかよろしく頼んだぞ。ワガママだが素直な良い子なのだ」
「それは勿論。俺だって、彼女に恋したいと思っていますから」
そう言って笑ったカインを見て、カップリング厨達が口に手を当てて頬を染めている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます