第三百九十六話 レヴィウスの今

「どういう事?」

『ラルフが一瞬王政を継いだって言ったろ? その時アメリアと結婚してアメリアが王妃になったんだよ。ところがこのアメリアがとんでもない王妃でな。まずはオルトとセイを罠に掛けて廃嫡まで追い込んだんだ。それからラルフを毒殺しようとして捕まった。この事でラルフはすぐにアメリアと離縁したんだが、権力は既にアメリアにあったんだ』

「ラルフ兄さんから王位を奪ってたって事?」

『ああ。もしかしたらお前らも知ってるんじゃないか? 教会の紋章にもなってる怪しい花。オピリアの花。あれを使ってラルフを操ってたみたいなんだ。アメリアの魔法は『自白』だ。オピリアを合わせて使う事で『傀儡』に似たような事が出来る。それを使ってラルフと離縁して城から追い出し、王妃として君臨したんだ。教会はそれはもう喜んだみたいだ。何しろ手塩にかけて育てたアメリアがレヴィウスの女王になったんだからな。ところが、アメリアは教会を裏切った。教会はその島をあくまで全てが終わってから公表しようとしていた。自分達の権力は神をも凌ぐという印象をつける為に。ところが、アメリアはそれを拒否して、教会の当時の最高権力者を反逆罪として処刑したんだ。アメリアはそこにノア、お前が居る事を知っている。もうレヴィウスの血を正統に引くのはお前しか居ない。アメリアはお前をラルフのように扱うつもりだ。気をつけろ。近づくな、絶対に!』


 エリスがノアに伝えたかった事、それはこの事だ。それを聞いてノア以外は青ざめた。当の本人は腕を組んで何やら考え込んでいる。


 そんな中、それまで黙って話を聞いていたルカが話し出した。


「なるほどな。エリス、と言ったか? 大体の事情は分かった。つまり、そのアメリアという女はやはりこちらに攻めてくるつもりと言う事だな?」

『そうです。彼女がどれほどの軍隊を持っているのかは分かりませんが、それは確実だと思われます』

「どう思う? ロビン、ルード」

「全く読めませんね。そもそもレヴィウスの規模が我々には分からない。少し戻って調べてみるべきです」

「そうだよな。何せ俺達は外の世界の事が何も分からない状態だもんな……親父、俺は先に戻ってちょっと文献漁ってみるよ。カイン、後は任せてもいいか?」

「もちろん。また連絡する」

「ああ、頼む。えっと……これはどうやって出ればいいんだろう……」


 ルードはそう言ってドアも何もない部屋の中を見渡すと、妖精王がそれに気付いて口を開いた。


「送ってやろう。自宅でいいか?」

「あ、いえ、王立図書館にお願いします」

「承知した。他の者はどうする?」


 妖精王の言葉にルカとロビンは顔を見合わせて頷いた。


「私達も戻ります。すぐに今の外の状況を他の者にも伝えなければ。ルカ、戻ったらすぐに会議を開こう」

「ああ、そうだな。ルイス、また新しい情報が入ったらすぐに知らせてくれ。俺達だけでは作戦を練る事は出来ない」

「分かりました。父さんも何か決まったら教えてください」

「ああ、もちろんだ。それでは妖精王、我々は城へ戻してもらえますか?」

「承知だ。それでは送るぞ。また会おう、人の王よ」

「はい。ではまた」


 ルカとロビン、そしてルードは妖精王に頭を下げた。それを見た妖精王が指を鳴らすと、途端に三人の姿はこの場から消えてしまう。


 そんな様子にそれまで一人キョトンとしていたアリスが言った。


「に、兄さま、大変だよ! このままじゃ兄さまも廃人になっちゃう!」

「あれ? アリスが守ってくれるんじゃないの? アメリアの頭をかち割ってやるんでしょ?」


 涙目でノアの腕を掴んでそんな事を言うアリスにノアは笑った。そんなノアを見てキリは呆れ、アリスは闘志を燃やしている。


「守るよ! アメリアの頭もかち割る!」

「うん、お願いね。でも、そうか……それは都合いいかもしれない」

「ノ、ノア? お前、何考えてるんだ?」

「いや、僕が囮になってアメリアをおびき出せばいいかなって」


 シレっとそんな事を言うノアに、仲間たちは血相を変えて飛び掛かってきた。


「馬鹿かお前! そんな事して、その後どうするんだ!」

「そうだぞ! お前、そういうとこだぞ! 銀鉱山で反省したって言ってたろ⁉」

「そっすよ! どうすんすか、ミイラ取りがミイラになったら!」

「皆の言う通りよ、ノア。その為の話し合いでしょう? 誰かが囮になるとか、そういうのは私、もう嫌よ」


 ドロシーの一件で仲間を故意に危機に晒すと言う行為がどれほどの事なのかという事が身に染みたキャロラインだ。あんな思いはもう二度としたくない。


 ドロシーと襲われたダニエルの事を思い出してうっすら涙を浮かべたキャロラインを見て、流石のノアもたじろいだ。


「あー……うん、ごめん。僕が悪かった。だからそんな顔しないでよ、キャロライン」


 本気で自分の事を心配してくれているのが分かって居心地の悪さを感じていると、アリスがノアの腕をしっかりと掴んできた。


「もし勝手しようとしたら、兄さまを殴って気絶させて豚小屋に閉じ込めてやるんだから。それに、また嘘吐くの? ずっと一緒って言ったのに!」


 言いながら本格的に涙を浮かべたアリスを見て、ノアはキャロラインの時とは比にならないほど狼狽えた。


「ご、ごめん! もうしない! 絶対にしない! ね? ほら、そんな顔しないの」

「……僕思うんだけどね、あんた、どっちみち囮役向いてないと思うよ」


 そんなノアを見てリアンが腕を組んで言った。そんなリアンにライラが、どうして? と首を傾げている。


「いやだってさ、アリスに対する態度とその他の人に対する態度が違いすぎるんだよね。そういうのってさ、すぐバレると思うんだけど? いくら芝居が上手くてもさ、アリスが何か言ったらそれだけで揺らぐでしょ? 向いてないって」

「それは言えてますね。もしもお嬢様が、兄さまなんて大っ嫌い! なんて言おうものなら、その時点でノア様は確実に自分の役目も忘れて任務を放り出します。そしてお嬢様はそういう類の任務に大人しく従えないので、今のノア様の案は100%失敗しますね」


 真顔でそんな事を言うリアンとキリの言葉に、その場に居た全員が頷いた。全くその通りだったからだ。


『ははは! ノア、諦めろ。そこに居る人たちの言う通りだぞ。お前は昔っからアリス、アリスだからな! そもそもアリス以外に興味ないんだろ? 無理無理!』

「師匠まで……まぁそうだね」


 この作戦は駄目か。そう言う意味ではここに居る誰よりもポンコツなノアである。


「じゃあやっぱり正攻法でいくしかないね。ところで、アメリアは今どこに居るの? アメリアの周りの人間はどんな奴ら?」

『アメリアの居場所は俺にも分からんが、側近には男二人と女が一人居るな。後の連中はアメリアの取り巻きだ。あそこの連中は常に黒い覆面してて、誰が誰だかさっぱり分からん。俺達が追ってる教会とアメリア率いる軍団はこちらでも争っていたが、アメリアの方が近ごろぱったりと姿を現さなくなった。これがどういう意味だから分かるな? ノア、キリ』

「……こちらを乗っ取るのに本腰を入れ始めた?」

『そうだ。妖精王、こうしている間もどこかで妖精達は捕らえられて羽を奪われています。俺はまた仲間たちと妖精達を解放しに行く予定です。保護した妖精たちは皆、酷く悲しみ人間を憎んでいる。どうか、彼らを救ってやってください』

「当然だ! そんな事をさせる為に同胞をそちらにやったのではない!」


 妖精王の言葉にエリスは疲れたように微笑んで頷く。


 どうやら、エリスの方も既に手一杯なのだ。この上に島の事などこれ以上は頼れない。そう判断したノアは、エリスに言った。

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