第三百八十話 ヒロインはとにかく動物と歌ったり踊ったりするらしい。
「二人とも、まだだよ。明日、ドロシーに皆の前で証言してもらわないと」
「もういいんじゃないか? 何度も思い出させるのは可哀想だ。それに、大半の人達はアランとカインの言葉を信じてただろう?」
「ルイス、それじゃダメなんだよ。さっきのはあくまで僕達の憶測を言っただけ。だから穴が沢山あるし、信ぴょう性は高くても確定ではない。被害者がはっきりと口にして初めて、皆の中に確定として根付くんだよ」
「その通りだよ、ルイス。まぁ俺も個人的にはもうそっとしといてやりたいけどな、ここで止めたらただの噂で終わる。それが人間って奴だよ」
「カインはどこまでも人を信用しないわね。まぁでも……実際その通りよ。危機感はすぐに風化してしまう。それが良い所でもあり、悪い所でもある。私のおばあ様がよく言ってらしたわ」
祖母は専ら浮気癖のあった祖父に対してボヤいていたのだが、それは色んな事に対してそうなのではないかと思うキャロラインである。
「まぁとりあえず今日はもういいじゃん。ゆっくりしようよ。はぁぁ……胃が潰れるかと思った」
「リー君、ずっとお腹痛いって言ってたもんね。私、胃薬持ってるけど飲む?」
「ありがと、ライラ。ちょっとちょうだい」
そう言って手を差し出したリアンの手の上に、話を聞いていたグリーンがライラのポシェットから顔を出して胃薬をリアンの手に置いてやっている。
そんな光景をおかしそうに見ていたシャルルが口を開いた。
「でも、ドロシーが話せるようになるとは思いませんでしたね」
「それは本当に。後でドロシーさんに喉に良い飴をお渡ししておきましょう」
アランの言葉にシャルルも頷く。ドロシーが話せるようになるとまでは誰も思っていなかったので、それは嬉しい誤算である。
後は残りのメンバーが戻って来て、明日ドロシーが皆の前で証言してくれれば、今回のドロシー誘拐計画は無事に終了である。
ただ、この後どうやってドロシーを守るかが問題だ。
女王がドロシーを狙っているのには変わりないし、今回の噂が広がったとしても女王がそれで諦めるとは思えない。
それにあちらにはキャスパーも居る。最初に捕らえられた時に調べた限り、キャスパーが使うのは『増幅』だ。トーマスを見ていても分かるが、『増幅』は使い方によってはとても便利だ。女王がその力を使わない訳がない。
ため息を落として皆が無言でお茶をすすっていると、突然宿の外から沢山の悲鳴が聞こえてきた。何事かと顔を見合わせた一同は、慌てて宿を飛び出して目の前の光景を見て唖然とする。
「……次から次へとアリスはもう……」
ノアは目の前の光景におでこを押さえて言った。馬でこちらに駆けてくるアリス。可愛い。とても可愛い。
けれど、引きつれている者がいけない。
「これもヒロイン補正ってやつ?」
呆れた口調でシャルルに言うリアンに、流石のシャルルもシエラも引きつって首を振っている。
「私は何も弄ってませんよ⁉」
「そうよ! ヒロインはとにかく動物と仲良くなって一緒に歌ったり踊ったりするけど、それはウサギとか小鳥とかリスよ! こんな猛獣じゃないわ!」
一体何のヒロインを指してシエラが言ってるのかは誰にも分からないが、まぁ何となくヒロインのイメージは小動物という感じである。それをアリスときたら。
「兄さま~! 見て~! 虎もらっちゃった~!」
「誰に⁉」
思わず珍しくアリスに突っ込んだノアに一同は頷く。そこにはいつの間にかやって来ていたチャップマン商会の面々も居る。
「騒がしいと思って来てみたラ。いつものお騒がせアリスカ」
納得したように頷くケーファーにもアリスは変だという認識が既に染みつき始めている。
「虎……怖い……」
ブルブル震えてフランの後ろに隠れるドロシーを、先ほど無事に目を覚ましたマリーが抱き上げた。
アリスと居るから害はないのだろうが、それでも怖いものは怖い。あと、意外と近くで見ると大きい。
ようやく近くまでやってきたアリスは馬からピョンと飛び降りてノアに駆け寄ってくる。虎を引き連れて。
いや、怖い怖い。近寄るなと言いたいが、アリスの笑顔の前にノアは無力だった。
飛びついて来たアリスを抱き留めてノアはグルリと自分達を取り囲んでくる虎を見てゴクリと息を飲む。
「アリス、キリは?」
「もうじき来ると思う! 何かね、離れて走りますってワガママ言ってた!」
「……ワガママ……かなぁ?」
多分、一緒に戻って来たくなかったのだろう。ノアでもそうする。何ならキリの選択の方が正しい気さえする。
「で、この子達は一体? 貰ったってなに? 誰に貰ったの? 虎なんて」
ノアがアリスを下ろすと、アリスは虎たちに抱き着いてその頬をグリグリと揉んでいる。そんなアリスを遠巻きに見ていた人たちが悲鳴を抑えて恐ろしいものでも見るような顔をして見守っていた。
「あのね、外の人達が連れて来てたの。でも全員捕まっちゃってこの子達置いてきぼりになっちゃったんだ。置いて来たら可哀相でしょ? だからもらってきた! 勝手に!」
「……」
それは盗人という奴では。
ノアはそう思いつつアリスの頭に軽くゲンコツを落とすと腕を組んで虎を見下ろした。虎はアリスにぴったりくっついて離れようとしない。そこに、遅れて戻ってきたキリとオリバー、そしてユーゴが馬を引いてやってきた。
「ノア様、申し訳ありません」
「ああ、うん。まぁ……連れて来ちゃったもんは仕方ないか……どうする? チャップマン商会の護衛に二匹ぐらい連れて行く?」
ノアが振り返って言うと、ダニエルはギョっとしたような顔をして首を振った。ところが、コキシネルとケーファーは満更でもないようで虎を感心したように眺めている。
「う、うちに押し付けようとすんなよ! バセット領に連れて帰ればいいだろ!」
「うちはもう狼が一杯いるからなぁ。じゃあシャルルとかどう?」
「うちも結構です!」
「アランの所は?」
「うちも裏の森の薬草畑とかを荒らされると困るので」
引きつりながらそれらしい理由をつけて断るアラン。
「あ、ウチ一匹欲しいかも」
カインの言葉にノアは頷いた。カインならそう言うと思っていた。そんなカインは既に虎を撫で回している。オスカーと共に。
「一匹と言わず、二匹ぐらい引き取ってよ」
虎は全部で五匹。よくもまぁ外から連れてきたものである。ルーデリアの南の方にも虎は居るらしいが、普段は森の奥に住んで居るので滅多にお目にかからない。
「二匹な。分かった。親父達に言っとくよ。ルイスとか護衛に連れて歩いたら? 箔も付くと思うけど」
「……お前と一緒にしてくれるな。ある日俺の体の一部が無くなってたらどうしてくれるんだ」
「そ、そうよ。私が生き物苦手なの知ってるでしょ⁉ ひぃ! こ、来ないで! 何もしないから来ないで!」
そう言って後ずさるキャロラインに虎は興味津々に寄って行こうとする。動物が苦手なのに何故か動物たちからとてもモテるキャロラインである。
結局、話し合いの結果二匹はライト家に引き取られ、二匹はバセット領で。そして残りの一匹は嫌がるダニエルを抑え込んでチャップマン商会が引き取る事になった。
「ノアの言う通り、いい護衛になル。またドロシーが狙われるかもしれないんダ。一匹じゃ足りないぐらいダ」
こんな事を言われてしまったら頷くしかないダニエルである。
そんな訳で、アリスのかっぱらってきた虎たちはそれぞれの引き取り先に落ち着いた。
「よし! 一件落着!」
腰に手を当ててそんな事を言うアリスの頭にキリの容赦ないげんこつが降って来る。
「一件落着! ではありません! あなたという人は本当に……本当に!」
もう何て叱ればいいのか言葉もないキリである。
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