第三百七十九話 誘拐事件の終わり

「ダニエル、皆も! ドロシーは無事だったよ。今、ドンブリとこっちに向かってるって!」


 嬉しそうに言ったノアの声を聞いて、コキシネルが奇声を上げてケーファーに抱き着いた。


「ドロシー! 無事だっタ! ドロシーが無事だっタ!」

「あア! フラン、エマ、マリー、聞いたカ? ドロシーは無事ダ!」


 ケーファーの声にマリーはとうとう声を上げて泣き出した。それにつられてエマも泣き出し、フランは涙を拭いてそんな二人を抱きしめている。


 ダニエルはそれを聞いて、力が抜けたかのようにダラリと椅子に体を投げ出した。


「……良かった……無事か……そうか……」


 そんなダニエル達の姿を見て、メンバーは一様に視線を伏せた。心の中では申し訳なさで一杯だ。いつか、全てが片付いたらきっと、チャップマン商会の面々に正直に話そう。心に誓いながら、ドンが戻ってくるのを待っていた。


 しばらくすると、教会の外から歓声とどよめきが聞こえてきた。皆は顔を見合わせてすぐさま教会の外に飛び出して行く。


 外に出ると領民達が一様に空を指さして歓声を上げていた。それを見てキャロラインが声を張り上げる。


「ドンちゃん! ここよ!」


 その声を聞いた途端、ドンはクルリと方向転換してこちらに向かって降りて来た。


 そんなドンを見て領民達は驚く。聖女と名高いキャロラインは、どうやらドラゴンを味方につけているらしい、と。


 そしてここからが最後の仕上げだ。今回の被害者であるドロシーに、皆の前で証言してもらうのだ。犯人はマリカ教会の奴らだった、と。ついでに仲間割れをしているという証言もしてくれれば尚更いい。

 


「ドンちゃん、ありがと」


 ドンの背中に抱き着いたドロシーが言うと、ドンは飛びながら金色の目を細めて鼻から黒煙を噴き上げた。これは嬉しい時のドンの癖だと以前アリスが言っていたのを思い出して、ドロシーはドンの後頭部に頬を擦り付けると、すぐ下を流れて行く景色を見ていた。


 しばらく飛んでいると、あの教会が見えてきた。それを見て思わず口を覆う。気分が悪くなってきたのだ。


「吐きそう……」


 ポツリと言ったドロシーを心配したようにブリッジがドロシーに体を寄せてきた。俺を触れ、と言っているかのように。まるで桃だ。


 でも、不思議とブリッジを触っていると気分が落ちついて来る。ドロシーは丸太のようなブリッジを膝の上に抱え上げて抱き着く。


 その時、下からキャロラインの声が聞こえてきた。それに反応するかのようにドンが大きく旋回してゆっくりと下降していく。


 やがて地面に降りたドンは、ドロシーを落とさないようにそっとしゃがみ込んで、ドロシーが降りたのを確認すると、ドロシーの頭を大きな手で撫でてくれた。


 ドロシーが見上げると、ドンは目を細めてまた黒煙を噴いている。どうやら褒めてくれているようだ。


「あり、がとう」

「キュ!」


 そんな二人を皆おっかなびっくり見ていたけれど、ドロシーが教会の方に視線を向けた途端、教会からダニエル達が飛び出してくるのが見えた。


『ドロシー! ドロシー!』


 駆け寄ってくるダニエルを押しのけて一番にドロシーに飛びついて来たのは、大きくなった桃だ。


「桃!」


 ドロシーは桃のブヨンブヨンの体に抱き着いて叫んだ。それを聞いて桃がハッとしてドロシーの体を離す。


『ドロシー、声……出てるぞ』

「うん……うん!」


 ずっと喋っていなかったからか、掠れてしゃがれた声はとてもじゃないが可愛くない。それでも桃はドロシーをギュっと強く抱きしめてくれる。


 ドロシーの体が桃に半分ぐらい埋まった所で、少し遅れてやってきたコキシネルが桃に埋まったドロシーを助け出してくれた。


「桃! ドロシーが窒息すル!」

『す、すまん……つい』


 ポツリと桃が言うが、生憎それはコキシネルには聞こえない。小さくなった桃はそそくさといつもの様にドロシーのポシェットに潜り込んで顔だけを覗かせて言った。


『ここが桃の定位置だ』


 そんな事を言う桃にドロシーは笑ってコキシネルに抱き着く。


「コキシネル、一人でフラフラしてごめんなさい」

「ド、ドロシー! 喋ってル! ドロシーが喋ってル!」


 抱き着いてきたドロシーの声を初めて聞いたコキシネルは驚いて仰け反ると、大きな声で叫んだ。それを聞いてエマとダニエルとケーファーも駆け寄ってきた。


「ドロシー! どこも怪我はしてないか⁉ 何もされてないか⁉ 声が出たって本当か⁉」

「血の匂いはしなイ。怪我はなイ。表情も……暗くなイ。安心しタ」

「ドロシー! あんたはどうしていっつも心配かけんの! マリーとフランがどれだけ心配したと……あれ? マリーとフランは?」


 一番に駆けつけて来そうなマリーとフランがいつまで経ってもやって来ない。と、その時教会の入り口からフランの叫び声が聞こえた。


「マリー! おい、マリー大丈夫か?」


 フランの方に目を向けると、マリーがドロシーに向かってヨロヨロと歩いて来ようとして、そのままフラリと倒れてしまう。


 それを見たドロシーが慌てて駆け寄ると、マリーはドロシーの頬を撫でて、ポツリと消え入りそうな声で呟いた。


「もう……悪い子ね……しょうがないん……だか……ら」


 そう言って意識を失ったマリーを見てドロシーは青ざめた。ドロシーは慌ててマリーの手を取って名前を呼ぶ。


「マリー! マリー、ごめんなさい! もうどこにも行かない! マリー!」


 掠れた声で叫ぶドロシーを、皆は固唾を飲んで見守っていた。こんな時に頼りになるダンとリンドは今回一緒には来ていない。


 そんな中、アランが近寄って来てマリーの脈を取ってドロシーの頭を撫でて言った。


「大丈夫です。ホッとして眠ってしまっただけですよ。ドロシーさん、よく頑張りましたね。怖かったでしょう?」


 優しいアランの声にドロシーがポロリと涙を一粒零して頷く。そんなドロシーの頭をもう一度アランは優しく撫でた。


「せっかく声が出るようになったのですからそのまま潰してしまわないよう、僕が喉に良いお茶を淹れます。皆さんも一度、ゆっくりお茶でも飲みましょう」


 アランの言葉に、その場に居た全員がようやく落ち着きを取り戻したようにゾロゾロと家に戻りだした。仲間たちもそれに続いて教会ではなく、皆、ダニエル達の宿泊予定の宿に移動する。


 フランはドロシーを見て泣きそうに顔を歪めたが、叱りはしなかった。ただ、頭を無言で撫でて涙を拭ってくれただけだった。そんなフランの不器用な優しさが、ドロシーにはかえって嬉しくて、やっぱり涙が溢れた。


 移動する間、フランが片腕でマリーを抱きかかえ、もう片方の手はずっとドロシーと繋いでくれていた。


 

「私達も今日はここで一泊しますか?」


 シャルルの言葉に駆けつけた仲間たちが全員頷く。ドロシーが無事に戻ってきた事で、こちらもようやくホッと一息付けた。


 宿の前でそんな話が出た所でルイスとキャロラインは宿に部屋を取りに行き、ノアはスマホを取り出す。


「じゃあアリス達に連絡しとくね。ドンブリ、悪いんだけど、馬達を連れて迎えに行ってあげてくれる?」

「キュ!」

「ウォン!」


 ノアの言葉に二人は、任せとけ、と言わんばかりに頷いて、馬車を引いていたいた馬達を連れてまた空に舞い上がっていく。それを見て馬達はドンの後を追う様に走り出す。


 部屋に案内された一同は、やっぱりルイスの部屋に集まって互いの顔を見合わせて大きなため息を落とした。


「はぁぁ……終わったね」


 ソファにもたれて言ったリアンの言葉に、ルイスも同じようにソファに体をだらしなく投げ出して無言で頷く。

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