第三百七十二話 作戦開始!

「いやいや、お前一応伯爵家だから。心配なの分かるけど、じっとしとけって」

「はぁ……こんなにドキドキするのは久しぶりにアリスと会った時以来です」

「アリス?」


 ため息を落としてソファに座り込んだアランにリアンが訳が分からないと首を傾げた。


「ああ、アリスというのは家で保護した少女ですよ。あの子、相当ドジで……それはもう、見ているとハラハラすると言いますか何と言うか……」


 アランの言葉に肩に座っていたパープルが何度も頷いている。パープルにまでこんな反応をされるなんて、どうやらチビアリスは相当にどんくさいようだ。


「そんなに酷いのか?」

「酷いなんてものじゃないんですよ! いえ、良い子なんです、とても。でもやる事成す事全部裏目に出るんです! そのくせ手伝ってくれようとするので止める訳にもいきませんし……この間なんて、部屋一つ吹き飛んだんですよ」


 そう言って目を閉じたアランの瞼の裏に、あの日の事がありありと蘇る。


 アランはチビアリスを抱えて慌てて自分達の周りに結界を張ったので巻き込まれなかったものの、あれからチビアリスは研究室には立ち入り禁止令が出ている。


 そして思った。この子は誰かがずっとついていてやらないと危ないな、と。


 そんなチビアリスは最近は薬草畑の世話をしているらしく、ようやく落ち着いてきたと両親は笑っていた。チビアリスは今ではクラーク家の花のように可愛がられているようだ。


 あの時はよく分からなかったが、身だしなみを整えたチビアリスは随分可愛らしい顔立ちをしていたので、きっと年頃になったらとても美人になるだろう。


 そこまで話したアランを見て、カインとリアンが口の端を上げて微笑む。きっと、ここにアリスが居たらもっとあからさまにニヤニヤしていたに違いない。


「まぁいいんじゃないか? アランが側に居てやったらその子も安心だろ」

「そうそう、ただでさえ不遇な人生を送ってたんなら、今は最高に楽しいんじゃない?」

「そう、なんですかね……そう思えているなら、それは嬉しいですね」


 何を言っても自分もその立場だったのだ。自分が救われた場所を気に入ってくれたなら、それほど嬉しい事はない。


 チビアリスと居るとついつい敬語が抜けてしまう自分を思い出しながら、アランは笑った。その時ノアの元に一通のメッセージが届いた。


 それを見たノアはソファから立ち上がって息を飲む。作戦開始だ。そんなノアを見て一気に部屋に緊張感が走る。


 ドロシー誘拐事件など、本当は誰も起こしたくない。


 けれど、シャルルの言う様にもしも本当にドロシーの未来に不穏なエンドが追加されているというのなら、たとえドロシーを深く傷つけてしまったとしても、実行しなければならない。


「それじゃあ皆、始めようか」

「皆さん、昼食はアリスが言いだしたという事で中庭に用意してもらいますので、よろしくお願いします。嫌な任務ですが、最後まで気を抜かないよう頑張りましょう」


 そう言ってシャルルは部屋を後にした。わざわざ庭を指定したのは、側に近寄ってもらっては困るからだ。遠目から見られる程度にしておかなければならない。

 


 一方、朝一でマリカに到着していたユーゴとキリは、教会の前で朝の経典を朗読している数十人の覆面をした男達を垣根に隠れて遠巻きに眺めていた。


 あれがこのマリカ教会の制服なのだ。その一団は不気味としか言い様がないのだが、ここを建てた女王がそもそもこんな井出達なのだから、何もおかしくはないのかもしれない。


 彼らは声高らかに叫ぶ。身なりや身分に惑わされるな、と。こうして顔を隠せば判断出来るのは心根である! などといかにも尤もらしい事を言っているが、怪しさ満点である。


 けれど、この制服のおかげでキリとユーゴは顔がバレずに済む。彼らが仲間だと判断するのは、制服の背中についている大きなどこかの紋章だけだ。この紋章こそが仲間の証であり、儀式を無事に乗り越えた者にしか分け与えられないという。だから余計にルードがどうやってこの制服を二着も用意出来たのかが本気で謎である。


 そこへ鍬を肩に担いだ一人の屈強な男が近寄ってきた。


「今日は女王はやはり来ないようです。この後教会でミサがある予定ですが、代理の者がやるそうです」

「ありがとぉ。チャップマン商会は?」

「そちらもまだ到着していません」

「そっかぁ。まぁまだこんな時間だもんねぇ」


 いつもの様にニコニコしながら言うユーゴに、男は苦笑いを浮かべる。


 今回の作戦はあらかじめここに潜入していた騎士もグルである。もちろん、王達も知っている。


 最初は誰にも内緒でいようと言っていたのだが、ノアが言った。ついでにこれを利用しようか、と。


 この計画を立てていたちょうどその時、ルードから女王のアジトと思われる小屋が見つかったかもしれないという連絡が入ったのだ。


 その小屋は普段はどこにあるのか全く分からないのだが、女王がやってこない日だけほんの数時間の間姿を現すという。


 それを聞いたノアとカインは、当初の予定だったバセット領付近にドロシーを連れ込むのを止め、ルードから得た女王の休息日に合わせてその小屋にドロシーを連れ込む事にしたのだ。そこを誰かに見つかって小屋の存在と女王の存在が世間にバレるのが望ましい。そしてそれは派手であればあるほどいい。そんな風に計画は書き換えられた。


「本当に実行するんですか?」


 男は畑を耕す振りをしながら垣根に声を掛けた。すると、すぐに垣根の中から声が返ってくる。


「するよぉ。女王をちょっと焦らせてやらないとねぇ~。いつまでも出し抜かれたままじゃ腹立つでしょぉ~?」


 ユーゴの言葉に騎士は顔を顰めてコクリと頷いた。


 女王の悪事を聞いた今となっては、とてもではないが許せない。それに、あの『マリカのギフト』のお菓子は騎士の姉が大好きでよく食べていた物だった。甘い物が苦手な自分は食べなかったが、姉はあのお菓子を買う為に徹夜をして体を壊した所であの事件である。


「俺の姉も被害に遭いました。しっかり証言させていただきます」

「うん、お願いねぇ」


 作戦としてはこうだ。チャップマン商会がここに到着した時に、ひたすらドロシーが一人になる瞬間をここで待つ。それだけである。もしも一人にならなかった場合の事も考えて色んな作戦を用意してきたが、どれもあまり使いたくないような作戦ばかりだった。


 どれぐらいそこに身を潜めていたのか、違う騎士が草むらの側にふらりとやってきて、小さなメモを落としていく。それを拾ったのはキリだ。


「チャップマン商会が到着したようです。ユーゴさん、そろそろ準備を」

「おっけぇ~」


 ユーゴはそう言って垣根の中から這い出ると、教会の裏手の森にシャルルから貰った妖精の粉でサークルを作った。すると、いい感じに粉は光りだす。そしてそれを遠巻きに様子を見ていた騎士達が、誰もその場に近寄らないように行動を始めた。この時点で先にフェアリーサークルがバレてしまっても作戦は失敗である。


 いよいよ、チャップマン商会の一同がやってきた。ドロシーはマリーとフランとしっかり手を繋いでいて、とてもではないが一人でフラフラしなさそうである。


「何もあんながっつり手を繋がなくても……」

「ほんとだねぇ。ったくもぉ~可愛いから気持ちは分かるけどさぁ」


 草むらからでも分かるフランのデレデレ具合にユーゴが言うと、キリも無言で頷いた。


「仕方ないなぁ。じゃあ、あの手使うかぁ~」

「あの手?」

「そう、僕の特技だよぉ~」

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