第三百七十三話 誘拐成功 ※気になる所で終わっています!苦手な方は明日の夕方の更新分までまとめてお読みください。
そう言ってユーゴはこっそりと垣根の中を移動して教会から離れていく。
そんなユーゴをキリは首を傾げて見ていたが、やがて、少し離れた場所から子猫のか弱い鳴き声が聞こえてきたのだ。その声はか細く、今にも途切れてしまいそうな程でキリが思わず動こうとしたが、よく見るとその声を出しているのがユーゴだと分かって目を丸くした。
「……物凄い特技ですね……そっくりですよ、ユーゴさん」
それはもう普段から犬やら猫やら動物を嫌と言う程見ているキリでも、一瞬騙されそうになるほどそっくりだった。
そして、案の定その声に一番に気付いたのはドロシーだった。フランとマリーは教会の外観について話をしていて、辺りをキョロキョロと見渡すドロシーには気付いていない。
ダニエルとエマとケーファーもそこに混じっていて、そんなドロシーに気付いたのはコキシネルだけだ。
「どうしタ?」
『猫の声がした気がしたの』
ドロシーのスマホを覗き込んだコキシネルはコクリと頷いてドロシーと手を繋ぎこちらにやってきた。
真っすぐにユーゴが潜む場所に向かっていくので、キリはすかさずノアがあの洞窟から持ち帰ったオピリアを精製した小瓶を教会に向かって軽く投げる。
微かな物音に気付いたコキシネルはふと足を止めて小瓶を拾い上げてギョッとした。コキシネルはその瓶を知っていた。もちろん中身もだ。それはあの洞窟で見た瓶とまるっきり同じ物だったのだから。
「ドロシー、ここを離れた方がいいかもしれなイ」
『どうしたの?』
「ここにあるべきはずの無い物があったんダ。すぐにここを出よウ。皆にも言ってくル!」
そう言ってコキシネルはドロシーから離れ、ドロシーは一人になった。
とは言え、その距離は十メートルも無かった。それにここは教会の敷地内だ。まさか教会の中で人攫いが起こるなんて、誰も夢にも思って居ない。ただ、ドロシーにとって教会は恐ろしい場所だ。だから細心の注意を払っていた。
それなのに優しいドロシーは猫が気になるのか、そっと垣根に視線を走らせた。
それを見てまたユーゴがか細い猫の鳴き真似する。
案の定、ドロシーはそれを聞いていても経っても居られなくなったようで、猫の声のする方に走り出した。
それを見てキリがそっと垣根から出て音もなくドロシーに追いつくと、万が一にでも叫ばれたら堪らないので念のため喋れないドロシーの後ろから口を塞ぎそのまま垣根に連れ込んだ。あっさりと誘拐完了である。
そのまま垣根を出たキリはドロシーを抱えて森に向かって走り出した。森には既にフェアリーサークルからユーゴがこちらに向かって手招きしている。
「!!!」
ドロシーは必死になって手足をバタつかせた。それでもキリは決してドロシーを離さない。
その時だった。ドロシーのポシェットの中からポロリと桃が落ちて、巨大化を始めてしまったのだ。
流石にギョッとしたキリは一瞬足を止めかけたが、フェイントをかけて桃の横をすり抜け、どうにかフェアリーサークルまで辿り着いた。そこに桃が物凄い勢いでこちらに向かって駆けてくる。桃はあれからどんな修行をしたのか、その足の速さはアリスといい勝負だと思う程度には速い。
「!!!」
『ドロシー!』
桃は走った。ドロシーがこちらに向かって一生懸命に手を伸ばしてくる。それを掴もうと桃も手を伸ばしたが、すんでの所でその手が届かなかった――。
ドロシーと教会の服を着た男たちは光る輪の中に消えてしまったのだ。それを見た桃はその場ですぐに蹲り、仲間たちに応援を急いだ。それが済むと、すぐさま皆の元に戻り、ダニエルにスマホを貸せとジェスチャーを始める。
「も、桃? お前、何こんなとこでデカくなって……ドロシーはどうした? おい、ドロシーはどこだ⁉」
桃だけが戻ってくるなんて、非常事態だ。ダニエルの声にコキシネルはハッとしてさっきまで自分達が居た場所を見て青ざめる。
「今、今までそこに居テ……」
コキシネルが言うよりも先に、ダニエルからスマホを奪った桃が器用にメッセージを打ち出した。
『二人組の人間がドロシーを攫った。桃はすぐにドロシーのスマホの脳を探す!』
そう言って元に戻った桃はうずくまってそのまま動かなくなった。そのメッセージを見たマリーがフラリと倒れそうになるのをフランは支えた。それを見てダニエルが早口で言う。
「俺達も探すぞ! エマ、お前はノアに連絡してくれ!」
「分かった!」
「俺はドロシーが居なくなった場所を見て来る! ケーファー! 行くぞ!」
「あア。コキシネル、ついて来イ!」
「う、うン……」
さっきまでドロシーと一緒に居たコキシネルだ。小瓶に気を取られてほんの少しだけ目を離しただけである。ほんの三十秒も無かったはずだ。それなのに、ドロシーは連れ去られてしまった。目を離したばっかりに!
コキシネルがノロノロと動き出すと、突然ケーファーが剣を突きつけてきた。
「落ち込むのは後ダ! 今は反省よりも先に動ケ!」
「! 分かっタ!」
その通りだ。落ち込んでいる場合じゃない。ドロシーはきっと今、とても怖い思いをしているに違いないのだ。どんな理由があるのかは分からないが、ドロシーは教会が苦手だという。ここに来る時もずっと震えていたのをコキシネルも知っていた。そんなドロシーを一瞬とは言え一人にしてしまった。責任を持ってドロシーを見つけなければ、コキシネルはきっと一生自分を責めてしまう。
走り出したコキシネルを見て、ケーファーはようやく剣を納めて教会の裏手にある森に向かった。そこには既に数人の農夫たちがざわめきながら、警ら隊を呼べ! と騒いでいる。
「あんた達! ここに女の子が来なかったか⁉ これぐらいの、金髪の!」
ダニエルが人だかりが出来ている輪の中に入り込んで叫ぶと、鋤を担いだ男が叫んだ。
「見たぞ! 真っ黒の覆面をした二人組に連れ去られてた! ここで消えたんだ!」
そう言って指さした先には、今もうっすらと光る輪がある。それを見てダニエルは息を飲んだ。最近どこへ行っても聞くよくない噂だ。
「まさか……奴隷商……か?」
ふとあの事件の事を思い出したダニエルが呟くと、ケーファーとコキシネルがそれを聞いて固まった。
「ドロシー! ドロシー!」
光る輪に駆け寄って必死になってフェアリーサークルを作動させようとするコキシネル。いつもは飄々としている彼女だが、今はその顔は涙に歪んでいる。
コキシネルは知っているのだ。奴隷商に捕まった少女や妖精達が外の世界でどんな目に遭うかを。もしもドロシーがそんな目に遭ったら……。
コキシネルは爪が剥がれてもフェアリーサークルを掘り続けた。掘った所でどこにも繋がっていないのは分かっている。
「コキシネル! 止めロ。そんな所を掘ってもドロシーは戻らなイ」
見かねたケーファーがコキシネルを抱えるように止めようとするが、コキシネルは大暴れしてケーファーの腕から逃れようとする。
「放セ! 放せェェ!」
「皆! ノアさんに連絡したよ! すぐにこっちに向かうって! レインボー隊も今、ドロシーの足取り追ってくれてる!」
「エマ! そうか、じゃあ俺達も探そう。許さねぇ……どこのどいつか知らんが、絶対に許さねぇぞ!」
ダニエルは拳を握りしめて顔を上げた。その顔はエマもコキシネルもケーファーも見た事ないほど怒りに歪んでいる。
「あんた達! 警ら隊に通報したぞ! 多分事情聞かれると思う。俺達も見た事全部話すよ」
先ほどの男とは違う男が鼻息を荒くして言うと、次から次へとその場に居た人達から声が上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます