第三百七十一話 アリバイ工作

「じゃ、余った分はアランに渡すとして、これをね、フェアリーサークルの代わりにするんだよ。どうせ本物のフェアリーサークルを見た事がある人なんてほとんどいないんだし」

「そうなのね。シャルル、シエラ、貴重な物をありがとう。妖精王にもお礼を伝えておいてくれる?」

「はい! キャロライン様のお話は妖精王も大好きなので、きっと喜びます!」


 蕾が綻んだように笑うシエラに、キャロラインも恥ずかしそうに笑みを浮かべる。


一体どんな風にシエラが妖精王にキャロラインの事を伝えてるのか分からないが、そんな風に言ってもらえるのはキャロラインも嬉しい。


「さて、それじゃあ明日、ドロシー誘拐計画を実行するから皆、今日は早めに寝て明日、それぞれ配置につくように」


 カインの言葉に皆は口々に返事をして、用意された部屋に戻って行った――。

 


 翌日、朝食を終えたアリスはキャロラインの部屋で予め作っておいた宝珠をレッドに渡してキャロラインとライラに言った。


「それじゃあ、そろそろ行ってきます。キャロライン様とライラもよろしくお願いします!」

「ええ、アリスも気をつけるのよ」

「無茶はしないでね、アリス」

「うん! レッド君、それじゃあ宝珠の操作お願いね!」


 コクリ。


 宝珠を受け取ったレッドは、落とさないように三つの宝珠をミアお手製のポシェットに仕舞うと、ビシリと敬礼をしてくる。


 それを見て頷いたアリスは脱いだ服を一式ミアに渡して、貰った切符に行き先を書き込んだ。行先はバセット領である。すると、切符が光り一瞬にしてアリスの姿が部屋から消えた。


 それを見届けたライラが急いでアリスの服に着替えてカツラを被り、アリスがいつもするようにキャロラインの腕にべっちょりと張り付く。


「すみません、すみません、キャロライン様」

「いいのよ、そんなに緊張しないでちょうだい。アリスはね、それはもう痛いぐらいに腕に絡まりついて来るの。もっと握りしめていいわよ」

「こ、これ以上⁉ が、がんばります……」


 そう言っておかしそうに笑うキャロラインの腕を握りしめたライラに、キャロラインは満足げに頷く。それを見ていたミアの細かい演技指導も入り、ライラはすっかりアリスだ。


 人生の中でまさか未来の国母に腕を絡める事があるなどと思いもしなかったライラである。この作戦を聞いた時、それはもう青ざめたが、実際に始まってしまえば少し楽しいような気もしている。


「さて、では行きましょうか。まずはシャルルの部屋に集合ね」

「はい!」


 廊下に出ると、ポシェットの中に潜んでいたレッドが宝珠を操作した。すると、昨日アリスが吹き込んだ声が再生される。


『キャロライン様! ご飯美味しかったですねぇ! 今日はどんなオヤツが出るんだろう! 今から楽しみですね!』

「そうね。あなたは本当にお菓子の事ばかり考えているわね。ちょっと、少し離れなさい。大体あなたはいつもいつも――」

『えー、嫌です! だって、推しだもん! 推しとくっつく機会を逃すつもりはないですよ!』

「……ああ、そう」


 たとえ宝珠に吹き込まれているだけだとしても、何だか本当にアリスと話しているような気がしてお説教を始めようとしたキャロラインの言葉を、アリスの宝珠が遮ってくる。ふと見下ろすと、ライラは可哀相なほど顔を真っ青にしていた。


 廊下ではそんなキャロラインと偽アリスの姿を見た人達がおかしそうにクスクスと笑って小さく会釈していく。成功だ。誰も疑っていない。


 キャロラインとライラとミアはそのまま廊下の角を曲がりシャルルの部屋に辿り着いた。ノックをして中に入ると、そこには既にアリス、キリ、ユーゴ、オリバー以外が全員勢ぞろいしている。


「ライラ、お疲れ様」


 キャロラインが声を掛けると、ライラは大きな息を吐いてその場に崩れ落ちる。


「はぁぁ……緊張した……」

「でもライラ様、完璧でしたよ! 私も後ろから見ていて本当にアリス様かと思ったぐらいです! ちゃんとスキップまでしてたし、びっくりしました!」


 アリスはいつもキャロラインと歩くときは必ずと言ってもいいほどスキップをして歩くのだ。嬉しさを堪えられない、と本人は言っていたが、そんな所までライラは完全に再現していた。


「お疲れ様、ライラ。シャルルがお茶淹れてくれたよ」

「リー君! な、何だか腕がいい匂いがするの! まだ胸がドキドキしてるわ!」


 キャロラインと繋いでいた所が何だかいい匂いがすると言ってはしゃぐライラの前に、リアンはそっとお茶を差し出した。


「落ち着いて、ライラ」

「ありがとう、ライラちゃん。で、キャロラインどうだった? 途中で誰かに会った?」

「メイド達に会ったわ。皆笑ってたわよ」

「ん、いつも通りだね。それじゃあライラちゃん、もうひと仕事お願いね」

「はい!」


 そう言ってライラは切符に鉛筆で『自室』と書いて姿を消した。


 それを見て満足げに頷いたノアはノートの最初の行を鉛筆で線を引いて消した。


 ドロシー誘拐事件の始まりはこうだ。


 まず、偽装工作の為に休みを利用してフォルスに全員で移動する。何だかんだでゆっくりとフォルスを観光した事が無いから、という建前の元、ついでに女王のフォルスでの動きも見て来るという理由だ。


 そして朝食を食べ終えた一同はそれぞれの部屋に一旦戻る。アリス以外は。


 アリスはキャロラインにくっついてキャロラインの部屋へ行き、その間にライラが自分の部屋からキャロラインの部屋へ移動した。ここでライラ扮する偽アリスとキャロラインが部屋から出てシャルルの部屋へ向かう。最後にライラが部屋へ戻り、遅れて部屋にやってくる。今ココである。


 何故こんな回りくどい事をしたのか。それは、普段のアリスが正にそうだからである。どこへ行っても、キャロラインが一緒に行く時は必ずこうするのだ。


 アリスは表向きにはキャロラインの護衛だ! なんて言っているが、実際は多分キャロラインといつでも一緒に居たいだけである。


 昨夜など、夜もキャロラインと一緒に寝ると言い出してノアとキリが二人がかりで止めたほどだ。流石にキャロラインを長椅子で寝かせる訳にはいかない。


「ごめんね、キャロライン。毎回面倒かけて」

「もう慣れたわ。最近は一人で歩いていて腕が軽い事に違和感を感じる程よ」


 苦笑いを浮かべてそんな事を言うキャロラインに、ノアも苦笑いを浮かべる。


「いいなぁ……私もキャロライン様と腕組んで歩きたいわ……」


 ポツリと言ったシエラにキャロラインはおかしそうに笑って腕を差し出した。


「もちろんよ。どうぞ」

「はわぁぁ! キャロライン様ぁ!」


 差し出された腕にアリスよりは幾分控えめに抱き着いたシエラは、ここぞとばかりにキャロラインの匂いを嗅いでいる。そんな所はまるっきりアリスである。


「やっぱアリスの設定に変態って項目あるんじゃないの?」


 そんなシエラを横目にリアンが言うと、おろおろとシャルルが言った。


「そ、そんな項目は無かったと……いや、でも……う~ん」

「シャルル、アリスだけでも十分なんだ。シエラの手綱はしっかり握っておいてくれ」


 真顔で言うルイスにシャルルが首を傾げる。


「いつかキャロがアリスに盗られそうだと言ってるんだ! あいつ、一緒に居る時は絶対にキャロに張り付いて剥がれないんだぞ! そこにシエラまで追加されてみろ!」

「そこはルイスが頑張れよ~。あ! ライラちゃんお帰り!」

「戻りました! それで、あちらはどうなってます?」

「まだ連絡はないね」

「上手くいくでしょうか。やはり僕も行くべきでしたか?」


 心配そうなアランにカインが首を振った。

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