第三百六十四話 レスターの親友

『す、すまない。ルウ、力入れすぎた』

『大丈夫だよ、ルウ。でもこれが無いと仲間と連絡が取れないんだ……一旦戻ろうかな。その間に誰が人間界に来るか決めておいてくれると嬉しいんだけど、お爺ちゃんとハーデさんお願い出来る?』


 あの一件から、レスター達はミカの家に寝泊まりをしていた。ミカはもう歳だ。なかなか自分の思うようには体が動かないと言う事で、お世話になるのだから、とレスターはミカの面倒を見ていた。


 日にちにすればほんの一週間ほどだったが、食事をしながらエントマハンターの昔話を聞いたり、レスターの身に起こった事を話したりしているうちに、気づけばレスターは自然とミカの事をお爺ちゃんと呼んでいた。それからミカとハーデはレスター坊と呼んでくれる。


『構わんぞ。ルウ、お前はもう早く修行を始めろ。その馬鹿力を何とかせい』

『そうだな。その方がいい。手は貸してやるから。それに、思ったよりも人間界に行きたいという奴が多くなりそうだ。カライス、お前はレスター坊について行って先に事情を説明してこい』

『ああ、そのつもりだ』

『シワシワミカとガミガミハーデめ! 見てろ! 行くぞ、皆!』


 と、言う事があったのだ。


 そして何故ロトは自ら崖を登っているのかと言うと、新しい羽根で飛ぶためである。


 何せずっと人間に捕まって小さな鳥かごの中で飼育されていた為に、羽ばたく為の筋力がすっかり落ちてしまっていたのだ。それを少しでも回復させる為に、こうしてカライスと共に崖を上っている次第である。


 ようやく崖の上に辿り着くと、そこには既にレスターが昼食の準備をして待っていてくれていた。


「お疲れ様、二人とも。はい、お茶淹れたから飲んで。ハーデさんが疲れを取るお茶を持たせてくれたんだ」

「ありがとう」

「サンキュー! はぁ~生き返る!」


 レスターからカップを受け取った二人はすぐさまそれを飲み干して、いそいそと食事の準備を始めた。気づけばあれだけ自由気ままにしていた小さな水の妖精達もいつの間にか手伝うと言う事を覚えたようだ。


「あとどれぐらい?」

「もう少し西だな。レスターの描いてくれた地図を見る限り、学園に出るならもうちょっと行かないとダメだ」

「まだ歩くのかよ~……ちょっとだけヴァイスに乗ってもいいか?」

「うんそれは構わないよ。無理はしちゃ駄目だよ、ロト」


 あっさりとそんな事を言って笑うレスターを見て、カライスがそっと何か言いたげにロトに視線を送って来る。そんなカライスの視線を受けてロトはバツが悪そうに顔を背けた。


「いや! やっぱもうちょっと頑張る! 俺もまた飛びたいしな」

「そうなの? ロトは凄いなぁ。凄く頑張り屋さんだよね!」

「お、おう、そ、そうだろ?」


 いつでも手放しに褒めてくれるレスターに、ロトは胸を反らして言うと、カライスが隣でポツリと呟いた。


「こうやって皆、レスターに上手い事操られるんだな……」


 天然タラシは怖い。カライスはそんな事を考えながら、今日のシチューに手を伸ばした。


 昼食を取って動く川や木に惑わされながらもどうにか人間界への入り口に辿り着いた一行は、ゴクリと息を飲んだ。


 何せ人間界で捕まっていた者と、妖精界で迫害されていた者、そしてこの二人がすんなり受け入れてもらえるかどうか心配な者。そんな三人である。なかなか一歩を踏み出せない。


 そんな中、業を煮やしたのかヴァイスがひょい、と妖精界と人間界を跨ぐ境を飛び越えた。それに釣られたみたいに水の妖精達が歌い、笑いながら次々に境界線を超えていく。そんな様子を見ていたレスターとカライスとロトは顔を見合わせて同時に噴き出した。


「負けてられないね」

「本当だな! よ~し、行くか!」

「そう言いながらレスターの肩から降りないんだな、ロトは。いつまでもここに居ても仕方ない。行くぞ」

「うん!」


 レスターはカライスの言葉に背中を押されるように境界を超えて見えない透明な膜に体をずぶずぶと埋め込んだ。


 入った時もそうだったが、この膜がなかなか抜けられないのだ。肩に乗っているロトが落ちないようにしっかり支えながらどうにか膜を抜けると、目の前には見慣れたスミスの小屋が見えた。


 妖精界ではまだ日も高かったのでうっかりしていたが、人間界は既に真っ暗だ。


「どうだ? この場所で合ってたか? というよりも、あの膜、もう少し薄くしてもいいんじゃないか? 死ぬかと思ったぞ」


 どうにか後をついてきたカライスの言葉にレスターは苦笑いしながら頷くと、スミスの小屋を指さして言った。


「大当たりだよ、カライス! やっぱり君に任せて良かった!」

「そうか。それは良かった」


 嬉しそうなレスターを見てカライスも笑った。任されたからには失敗出来ない。こんな所が責任感の強いカライスらしい。


 その時、小屋からスミスが窓の外を飛び交う妖精達に気付いてカンテラを持って姿を現し、レスターを見つけて目を見張った。


 そんな視線にカライスはいつもの様に背負った弓に条件反射で手をかけようとしたが、次の瞬間、スミスは嬉しそうに笑って近寄ってきたのだ。


「どこのおとぎの国の王子さまかと思ったら、レスター王子じゃないか! なんじゃ、来るなら来ると言うておいてくれたらお菓子と茶を用意して待っておったのに。で、こちらの緑の方も妖精かの? ほう、綺麗じゃなぁ」


 久しぶりに見る妖精に目を細めたスミスは、カライスを見て微笑んだ。そんなスミスを見てレスターも安心したように頷く。


「そうなんだ。僕の親友のカライスとロトだよ。カライスとロトには無理を言ってついてきてもらったんだ」


 飢饉の話はまだ皆には秘密だ。だから本当の事は言えないけれど、そんなレスターの言葉にスミスは嬉しそうに頷いてまとわりつく小さな妖精達にあっちこっち引っ張られながら笑った。


「そうかそうか。さっきお嬢もここに来て畑を耕しとったわ。きっとまたルイス様の部屋に集まっとるじゃろうから、顔を見せてやるといい。皆心配しとったぞ」

「うん! ありがとうスミスさん。またゆっくりお話しに来るね!」

「ああ、待っとるよ。これチビ達、それはなけなしの髪じゃ、抜くでないぞ」


 あちこち髪を引っ張られながらもスミスは妖精達を連れて小屋に戻って行く。


「君達ここに居るの?」

「いる~」

「おじいちゃん好き~」

「おじいちゃんと居る~」

「そうかそうか。レスター王子、こいつらも気が済んだら戻るじゃろうから心配せんでええ」


 口々にそんな事を言う妖精にスミスは笑って言った。妖精は自由だ。きっとスミスの言う通り、好きな時に戻ってくるだろう。スミスの言葉に甘えつつ、レスター達は校舎を目指した。

 


 レスターに一番に気付いたのはアリスだ。いつレスターがひょっこり戻ってくるか分からないから!


 そう言ってアリスはレスターと連絡が取れなくなってからずっとルイスの部屋の森が見える窓に一番近い席を陣取っていた。


 今日も森から戻って来るだろうというシャルルの言葉を真に受けて、午前中はスミスの小屋でお茶をして昼は畑を耕した。そしてお風呂に入ってさっぱりして、夕食も食べてまたルイスの部屋の窓からお菓子を食べながら外を見張っていたアリス。


「アリス、そろそろ部屋に戻ろうか」


 窓に齧りついて離れないアリスにノアが言うと、アリスは首を振った。何となく、もうそろそろ戻ってきそうな気がするのだ。


「もうちょっとだけ! もうちょっとだけここに居る」

「アリス、レスターなら大丈夫よ。フィルも言っていたでしょ?」

「そうですけど、でも……もうちょっとだけ」


 この部屋からしか森は見えない。フィルを信用していない訳ではないが、やっぱり自分の目で確かめるまではどこか不安が付きまとう。

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