第三百六十三話 進むドロシー誘拐計画
学園に戻ると、アリスが部屋の真ん中で仁王立ちしてノア達の帰りを待っていた。
その形相に思わず後ずさったノアの元に、アリスは無言でツカツカと寄って来る。
「ふんふんふん、パンの匂いがする! 兄さま、パン食べて来たの⁉ 誰と⁉ 何で⁉」
「えぇ? パンなんて食べてないよ。ああ、グレースが部屋に居たからかな?」
「グレース? 何で?」
「まだ秘密。で、アリスは何でこんな浮気を疑う奥さんみたいになってるの?」
首を傾げたノアに、そんな様子を呆れたように見ていたキリが言った。
「正に浮気を疑っていたからです。ノア様が誰かとお見合いする気なんだ、と」
「それはもう一分おきぐらいに、まだ帰って来ない! って怒ってたからね。あんたさ、こいつと結婚しても絶対に浮気だけはしない方がいいよ」
腕を組んで言ったリアンに、その場に居た全員が頷く。
「浮気なんてする訳ないじゃない! ハニートラップにだって引っかからない自信があるよ! もう、アリスは本当に可愛いなぁ」
ヤキモチを妬かれた事でノアは機嫌を良くしてアリスを抱きしめた。そんなノアにアリスは腑に落ちない様子で見上げてくるが、そんなアリスをくっつけたままノアはいつもの所定の席につく。
「遅くなってごめんね。片づけてきたよ。カイン、宰相様に母親の件はもういいですって伝えておいて。また詳しい話は僕からしに行くよ」
「そうなのか? 謎は解けたのか?」
「解けた。でも女王の事には何も関係なかったよ」
その代わり、大きな収穫もあった。アリスの事とノア自身の事だ。
ノアは、やっぱりあの時自分が囮になる事でアリスの側に居座ろうとしたのだ。
アリスが生まれていないという事にするのをアーサー達に黙っていたのは、リズにアリスを連れて行かれては困るからだろう。
支倉乃亜は、ノアが思っているよりもずっと計算高い男だったのかもしれない。おまけに偽物の墓まで用意して中に遺骸まで用意したのは、シャルルの言う通り、相当人間不信だったのだろうと思われる。
本気でどんな人生を送ったのか謎である。
ルイスとカインはノアの言葉を聞いて、まるで自分の事のように顔を綻ばせて頷いてくれた。そんな二人を見ると、支倉に言ってやりたくなる。今の自分には、こんな顔をしてくれる友人が出来たのだ、と。
「母さまは元気なの?」
「うん、元気らしいよ。アリスの本当のお兄さんと楽しく暮らしてるってさ」
アリスの不安げな顔を見たノアが笑顔で言うと、アリスも笑顔で頷いた。いつもの様にニカっと笑って、とても嬉しそうだ。
「そっかぁ~! 良かった。もう何も覚えてないけど、それでも母さまだもんね。元気なら良かった」
「会いたい?」
「んーん。だって、私にはハンナが居るもん! 兄さまもいるし父様もキリも皆も居るから大丈夫だよ」
元より母親の事は何も覚えていないアリスである。会いたいかどうかと聞かれても、答えはノーだ。それに、やっぱりアリスの中で母親はハンナ一人なのだ。
そんなアリスに、ノアは困ったような辛そうな顔をして微笑んだ。その笑顔の意味が分からなくて首を傾げたアリスの頭をノアは優しく撫でる。
「そっか」
リズの取った行動を思えばこのアリスの答えが正解なのかもしれないが、その原因を作ったのはノアだ。そう思うとやりきれない。
キリはバセット家を引き裂いたのは自分達ではないかと言ったが、あながち間違いでもなかったのかもしれない。
視線を伏せたノアを見て、キリがポツリと言った。
「これで良かったんですよ、ノア様。もしもお嬢様が母親に引き取られていたら、その時点でゲームが破綻してしまいます」
「そうだね」
何かを察したキリの慰めにノアは小さく頷くと、ふと机の上に置いてあるノートの文字に気付いて目を丸くした。
「ドロシー誘拐計画?」
「ああ、それ。ドロシーが狙われているでしょう? だから私達がその前に誘拐してどこかに匿おうって話をしていたのよ」
さも当然かの様に言ったキャロラインを、ノアは思わず二度見した。そんなノアにキャロラインは何故か誇らしげに胸を張って続ける。
「作戦を思いついたのはミアなの」
凄いでしょ? と言わんばかりのキャロラインに、ミアは顔を真っ赤にして首を振っている。
「へぇ。中々大胆な事考えるね、ミアさん。それで? どこまで決まったの? ていうか、何でまた誘拐?」
「それがな、どうもストーリー上でキャラクターに起こる事は、誰が起こしてもカウントされる仕組みになっているらしい。そうなんだな? シャルル」
「え? ええ、そうですね。予定よりも早く起こったダニエル襲撃事件もダニエルルートとしてカウントされていますから」
「だから、もういっそドロシーちゃんのストーリーをさ、終わらせちゃおうって話になったんだよ」
カインの言葉にノアは頷いてノートに目を通した。そこには綿密な誘拐事件の全容が書かれている。この計画をたてたのは間違いなくカインだ。
「手の込んだ事するね。で、犯人はキリとユーゴさん?」
「適任でしょぉ~? 変に爵位のある人達にやらせて何かあった時困るもんねぇ」
「それはそうだね。なるほど、最後はバセット家で保護、と。その間に女王の事をある程度片づけておこうって話か」
ノアはノートを見ながら細かい修正をしてカインに渡した。カインもそれを受け取って頷いて、さらに内容を詰めていく。
出来上がったノートをリアンが受け取って、感心したように頷いた。
「やっぱこの二人居ないとダメだね。僕達だけじゃ穴だらけだ。これだと多分、最後まで犯人がキリとユーゴさんだって分かんないね」
「犯人は最後まで分からない方がいいし、その怒りの矛先を女王に向かわせておきたいよね」
「だな。ダニエルには全部話せないし、敵は女王だって思ってもらってた方が俺達的にも有難いよな」
何せ相手は教会だ。大抵の人は教会の人間が悪さをするなんて思っても居ない。そこをどう悪者に仕立て上げるかがこの作戦の肝である。
「で、これはいつ始めるの?」
ノアの問いにキャロラインが言った。
「飢饉が始まる前に実行したいわねって話をしていたのよ。虫害も出始めている事だし、レスターからの連絡待ちね」
「なるほど。レスターとはまだスマホ繋がらないの?」
「そうなんだ。まぁでもフィルからの報告では上手くいっているようだから、もうじき戻って来るだろう。ノア、今日はもう『お湯沸かせ~る君』は使われたか?」
「朝に三回使われてたよ。レスター王子もなかなか用心深いから変な事にはなってないと思うけどね。じゃ、レスター王子が戻ってきたらこの作戦実行しようか。父さんたちにも話しておくよ」
ノアは手帳に書きつけてパタンと閉じた。その拍子にアリスのイラストがヒラリと落ちる。
「兄さま、落ちたよ」
「うん、ありがとう。今の僕にもこれぐらいの絵心があったらな……毎日アリス描くのに」
「それは怖いです、ノア様」
そうなったらきっと、ノアの部屋一面にアリスの似顔絵が貼られるのだろうと思うとゾッとする。
キリが真顔で言うと、その場に居た全員が無言で頷いたのだった。
ロトは険しい岩壁を一生懸命登っていた。カライスと共に。レスターとヴァイスはもうとっくに崖の上だ。
「大丈夫ー? 二人とも! もうちょっとだよ!」
レスターは崖の上から仲間たちと応援していた。一刻も早く状況を皆に知らせなくては。そう思いつつ壊れてしまったスマホをポケットの上から撫でる。
レスターのスマホはあの電話をした後、ルウの手によってバキバキに壊されてしまった。別にルウは壊そうと思って壊した訳じゃない。ちょっと力加減が分からなかっただけだ。抓んだら割れた。
それだけの話なのだが、そのおかげで誰とも連絡が取れなくなってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます