第三百六十一話 アーサーの打算

「と、言う訳なんだ。ところでノア、僕を看取る事になるかもしれない、なんてアリスに吹き込んだのは君かな?」


 にっこり笑うアーサーにノアは悪びれる事なくコクリと頷いた。


「アリスは未だにそう思ってると思う。ていうか、僕もそう思ってるよ」


 何せ浮いた話一つ聞かないアーサーだ。


 そんなノアを見てアーサーは苦笑いを浮かべて言った。


「困ったな。君達が成人してからと思っていたけど……まぁ、そのうち紹介するよ」

「え?」

「言っておくけど、僕とうちの使用人だけじゃないんだよ? あの事件を解決したのは。僕の幼馴染がね、ずっとスパイをしてくれていたんだ。ユアンの所のメイドとして潜り込んでね。だから証拠を集められたんだよ」

「……えっと、その人がもしかして父さんの……良い人?」


 思いがけないアーサーのカミングアウトにノアは目を丸くした。どうりで浮いた話一つない筈だ。既に心に決めた人が居たのだから。


「そうだよ。リズが嫁ぐ前からずっと付き合ってるよ」

「な、何年待たせてるの⁉ 正気⁉」

「もちろん正気だよ。それに、これは彼女が言い出した事なんだ。何となくだけどノアはアリスと一緒になる気がする。だから、バセット領をノアが継いだら、籍を入れましょうってね。女の人の勘は怖いね」


 そう言って困ったように笑ったアーサーをノアは軽く睨んだ。どこまで鈍い男なのか!


「子供は? その人との子は欲しくないの?」

「う~ん……それがね、多分僕は子供を作れないんだよね。小さい頃に出した高熱が原因だってお医者さんからは言われてるんだけど、どのみちバセット家はアリスが継ぐことになったと思うんだ。それを彼女も了承してくれてる。そういう、人なんだよ」


 アーサーは泣きそうな笑みを浮かべてノアの頭を撫でた。


「そっか……いつか、ちゃんと僕達に紹介してね」

「もちろん。何なら一緒に結婚式を挙げる?」


 冗談めかして言ったアーサーに、ノアも笑って頷いた。両手を広げて同じぐらいの身長になったアーサーに言う。


「父さん、ハグしてくれる?」

「! もちろん! 大きくなったなぁ、ノアは」


 力一杯ノアを抱きしめたアーサーは、ノアの肩口に顔を埋めて涙を堪えた。


 いつかは話さなければならないと思っていた。最初はアーサーもノアの計画に乗っただけで時期が来たらアリスはリズに引き取られ、ノアとキリだってレヴィウスに戻ってしまうかもしれない。それまでの間の偽物の家族だ。


 そんな風に考えていたけれど、アリス達と過ごすうちにそんな風に思えなくなってしまった。本当に我が子のように愛しくて仕方なくて、だからリズがアリスを引き取りに来た時も、わざと猿のようなアリスを見せたのだ。


 どうかリズからアリスを引き取れないと言い出してほしい、と。そんな身勝手な事を考えた。最低の父親役だ。


 けれど、後悔はしていない。


「泣かないでよ。今までと何も変わらないんだから」

「はは、そうだな。ノアもキリも僕の息子だし、アリスだって僕の娘だ」

「そうだよ。それに、孫だってすぐだよ。特にキリの」


 アーサーを抱きしめたまま冗談めかして言ったノアに、アーサーはガバっと顔を上げた。


 何せアーサー以上に浮いた話がないキリだ。何よりもノアが第一で言い寄る女子達をけちょんけちょんに追い返していたのをアーサーは何度も見ている。


「キリ⁉ そういう感情あったの⁉」

「僕も驚いたんだけど、ちゃんとあったみたい。今、猛アタック仕掛けてるから時間の問題だよ、あれは」


 キリのミアへのアタックを思い出して苦笑いするノアに、アーサーは本当に嬉しそうに微笑んだ。


「そうか! 楽しみだな! どこのお嬢さんなんだい?」

「キャロラインのメイドだよ。爵位は子爵家だったかな? でも奉公に出てるぐらいだからあんまり裕福な家ではないのかもしれないね。兄妹も多いみたいだし」


 けれど、ミアの人柄の良さはノアもよく知っている。きっと、そこまで裕福ではなくても、愛情たっぷりの家でのびのびと育ったのだろう。


 そんなミアだからこそ、キリはミアに愛情を示すのかもしれない。


 それを聞いてアーサーはギョっとしたような顔をして息を飲む。


「な、何故にキャロライン様のメイド……しかも子爵家⁉ だ、大丈夫かな? キリは相手にしてもらえるかな⁉」

「大丈夫でしょ。僕の予想ではうちも伯爵位になるし、何ならキリにも子爵家ぐらいは持たせる事が出来るかも」


 シレっと言うノアを見て、アーサーは大して驚きもせずコクリと頷いた。


「君が言うのならそうかもしれないね。そうか……うちが伯爵家か……リズが聞いたら気絶するかもな……」


 あまりにもノアが優秀すぎてリズが一番に言ったのは、ジョーと違いすぎて身代わりにはならないと思うの、だった。その時は、十六歳の記憶があるからだろうと言う事で落ち着いたが、記憶を失ってもノアはやっぱり優秀で、アーサーはいつもヒヤヒヤしていたのだ。


 ノアの魔法の鑑定で王都に行った時も、王に言ったのは自慢でも何でもなく、本当にノアは鷹だったからだ。そりゃレヴィウスの第四とは言え王子である。鷹どころか、フェニックスだと言っても良いほどだ。


 だからこそずっと不思議に思っていた事がある。ここまで優秀なのに、ノアは幼い頃か一貫してずっとアリスを想っている。何故、アリスなのだ? あんなにも、言いたくはないが、猿なのに……。


「ノア、一つ聞いてもいいかな?」


 ようやくノアから体を離したアーサーが言うと、ノアは頷く。


「どうしてアリス? 君ならもっと優秀なお嫁さんはいくらでも見つかるはずだよ?」

「父さんは不思議な事を聞くね。どうしてって、もうそれが運命だからだよ」

「うん……めい……」


 真顔でそんな事を言われたアーサーは、それ以降は何も言えなかった。というか、どう反応すればいいか分からなかったのだ。


「それにね、アリスの相手は僕でないと務まらないと思わない?」

「それは……そうだねぇ」


 何せお猿なアリスである。あれを制御するのはノアでなければ無理だろう。万が一どこかへ嫁いでも、間違いなく三日も経たず嫁いだ先から追い出される未来が見える。


「でも、父さんも薄々そうなるって分かってたんじゃないの? だからずっと僕に来てるお見合いの話を先延ばしにしててくれたんだよね?」

「はは、バレてたか。だってね、僕にとってもそれが一番嬉しいじゃないか。こう見えて結構打算的なんだよ、僕も」


 可愛い娘と息子がいつか結婚してくれたら、それはどんなに幸せだろうか。いつ頃からかそんな風に考えていたアーサーである。どうやらその願いは叶いそうだ。


「それで、もう一つ聞きたいんだけど、僕は一体誰の養子って事になってるの? 父さんじゃないよね?」

「違うよ。流石にね、君の事を養子にするのはおこがましいと思って、実はどこにも登録してないんだ。役所には少しばかりお金を積んで僕とリズは元夫婦で、離縁した後リズの養子って書き換えてもらってあるんだけど、家系図とうちの戸籍に君の名前は無かっただろう? 例え記憶を失っていたとしても君はレヴィウスの王子だ。流石にうちの家系図には載せる事は出来ないよ」


 これがいくらノアが頼んでもノアに家系図を見せなかった理由だ。それを聞いてノアは納得したように頷いた。


「なるほどね。じゃあ一応は母さんの養子って事に書類上はなってるって事なんだね?」

「そう。あくまで名前だけの登録だけどね。リズの旦那さんはウチで元々働いていた庭師なんだ。3年前に既に亡くなってしまったけれどね。ジョーも既に死んだと言う事になっているから、今はジョーがノアって呼ばれてるよ」

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