第三百四十三話 メインストーリーからのズレ

 それから一週間。ロトはルウの肩に乗ってルウに懇々とお説教をしていた。


「お前と俺達の時間の概念は違いすぎる! 何だ、服選ぶのに三日だと⁉ 髪型に四日だと⁉ ふざけんな! そんなティアラつけてどこの城に行くつもりだ!」

「一番綺麗な姿で行きたい。そこは乙女心だ」

「乙女心⁉ まだ赤ん坊だろうが! 大体お前は最初っからな――」


 ギャアギャア言い合いする二人を他所に、ヴァイスに乗ったレスターが隣を歩くカライスに言った。


「仲良しだねぇ~」

「ほんとにな」

「カライスはびっくりするぐらい言葉覚えるの早いね」

「まぁ、その土地に行ってはまずは言葉を覚えるっていうのが基本だから。レスターも大分喋れるようになっただろ?」

「う、う~ん……所々怪しくない?」

「それは……うん。でも意味は通じる」

「じゃ大丈夫かな? いざって時は助けてね」

「分かった」


 そう言って賑やかな一行は、カライスの案内の元、小さめの町まで辿り着いた。今はここで商売をしているらしい。カライスは町に入る手前で徐にズタ袋を取り出して被ろうとする。


「待て待て! お前、これから仲直りしようってのに、何でそれ被るんだよ?」

「ああ、つい癖で。悪い」


 そう言いながらも所在なさげにズタ袋を揉むカライスに、レスターが言った。


「僕がね、助け出された時からアリスの家に行ってからもしばらく手放せなかったものがあってね」

「うん」

「小さな靴下だったんだ。母様の刺繍が入った赤ちゃん用の靴下。それを握らないと眠れなかったんだよ。だからずっと持ち歩いてたんだけど、ある時それを川の中に落としちゃって。その時に僕は、そろそろ靴下を手放さないといけないんだなって、自然とそう思えたんだよね。だからさ、カライスも自然とその袋に触らなくなるまで、それは持ってて良いと思うんだ」

「……そうか」


 カライスはレスターの言葉に自然と頷いた。このズタ袋はカライスの自信の無さを現したものだ。それを今すぐに手放す事は出来ない。自分が直接他の妖精に意地悪された事はない。


  けれど、幼い頃から聞かされてきた話を、いつの間にか自分の身に起こった事として思い込んでいたのかもしれない。


 カライスは袋を鞄に詰め込んでヴァイスに乗るレスターに言った。


「その靴下、見つからなかったのか?」

「靴下? それがね、僕は探しに行かなかったんだ。森に行くのが怖かったし、その頃はまだ狼達も怖くて。でも三日後ぐらいかな。ドロドロになった狼が僕の居たお屋敷の庭に現れてね、やたらと僕に向かって遠吠えするんだよ。僕は怖くて仕方なくて、ハンナっていうその家のメイドさんに言ったら見に行ってくれたんだけど」

「それで?」


 思い出すように視線を彷徨わせたレスターの台詞を何故かルウとロトが急かしてきた。言い合いしながらもこっそり聞いていたらしい。


「あはは。うん、それで、ドロドロの狼の所に行ったハンナがやっぱりドロドロの何かを持ってきて僕に渡してくれたんだ。レスター王子のだろ? って」

「狼が探してきてくれてたのか?」

「そう。寒いのに川に入って、三日間ずっと探してくれてたんだ。靴下にはちゃんと僕の名前が刺繍してあって、ちょっとほつれてたけど僕はそれを受け取った瞬間、狼達に大泣きしながら抱き着いてたよ」


 恥ずかしいね、そう言って笑ったレスターの目に、うっすらと涙が浮かぶ。


 あの時、ルンルンはまだ子育ての真っ最中だった。その子育ての合間にウルフ一家と一緒に朝から晩まで冷たい川の中でこんなにも小さな靴下を探し出してきてくれたのかと思うと、堪らなくなった。


 あれから、狼達はレスターの家族のような存在になったのだ。子育てを終えたルンルンがずっとレスターの側に居てくれたのも、もしかしたらルンルンはレスターの事も自分の子だと思っていたのかもしれない。いつまでたっても世話の焼ける子ね、なんて今でも言われているような気がする――。


 頭の上から、何か冷たいものが零れてきた。ふと見上げると、ルウとロトがボロボロ涙を零していた。ルウに至っては、滝のような涙である。それが全部レスターとカライスにかかっている。


「つ、冷たい」

「ルウさん、泣かないでいいよ。これはとても温かい、いいお話なんだ」

「いい話でも泣く。狼の優しさとレスターの寂しさ、それに母の愛情が靴下で狼とレスターの縁を繋いだ。……うん、やっぱり泣く」


 そう言ってさらに勢いが増した雨のような涙を見てカライスがレスターの太ももを軽く抓った。


「余計な事言うな。水辺の妖精すぐ泣く。皆、そう」

「そうなんだ? そう言えばロトもチビ達も泣いてる……なるほど、流石水の妖精……」

「でもいい話だった。いつかレスターの事を本にしたらいい」

「本に? それは恥ずかしいよ。泣き虫なレスター王子って感じでしょ?」


 そう言って肩を揺らして笑うレスターにカライスも同じように笑っていて、気がつけば袋の事など忘れて町に足を踏み入れていた――。

 

 

 学園組は、学園に戻りそのままいつも通りルイスの部屋に集まり、それぞれの手帳に書き出した情報を持ち寄って作戦会議をしていた。


「とりあえずノアの母親の件は父さんたちに任せておいて、俺達はゲームの方をどうにかしないとな」

「今の所、飢饉対策も洪水対策も順調だから大丈夫だとは思うんだけど、気になるのはダニエルが襲われたのが予定よりも少し早かったって事だよな」


 メインストーリーに沿った時系列ならば、本来ダニエルが襲われるのはエマが十六歳の時のはずである。


 けれど、エマはまだ十五歳。ようやくゲーム時間軸が始まった所のはずだ。にも関わらずダニエルはすでに襲われ、エマは白魔法を失った。これが一体何を意味するのか、誰にも分からない。


「それなんだよね。アリス達が偽シャルルに忠告されたから急いで戦士妖精を手配したんだけどさ、あれが無かったら完全に僕達はダニエルの事はノーマークだったよね」

「だね。もしかして時間、ズレてきてるとか?」


 今までメインストーリーの時間軸通りに動くだろうと思っていた出来事が、どうもズレはじめている。


 カインの言葉にノアは頷いた。考えたくはないが、もしかしたらこれから起こると言われている飢饉も洪水も早まるかもしれない。あと、ドロシーの誘拐事件もだ。


 視線を伏せた一同は一人モリモリとお菓子を食べているアリスをちらりと見た。初めて会った時から何も変わらないアリス。


「これがもうすぐ十七か……普通はお年頃なんじゃないのか?」


 目の前でどんどん無くなっていくお菓子を眺めながらルイスが言うと、カインは苦笑いを浮かべている。


「お年頃はもっと早いんじゃないの? それこそ貴族であれば十五歳ぐらいで婚約者の一人や二人ぐらい居ると思うし、早い子ならもう嫁いでるし下手したら子供も居るよ」


 学園に居る人達は卒業と同時に大抵結婚する。学園に通っていない子達はもっと早い。それが一般的なルーデリアからしたら、アリスの情緒は限りなく遅れている。というよりも、そもそもそういう感情があるのかどうかも怪しい。


「いいんだよ、アリスはこれで」


 お菓子を頬張るアリスを撫でながらノアが言うと、ルイスとカインは渋々頷いた。まぁ、自称婚約者がそう言うのであればそれでいいのだろう。

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