第三百四十二話 妖精達の誤解
「ほら……怖がるじゃないか……」
「いや、そりゃ上から覗き込まれりゃ誰だって怖いわな。カライス、許してやってくれ。この川の妖精は見た目は他の水辺の妖精と変わらんが、まだ若いんだ」
「ソウナノカ?」
「ああ。まだこの川の歴史が浅いからな。そうだろ?」
「そう、まだ百年程度」
「え! そんな綺麗なのに百歳⁉ やっぱり妖精と人間では違うんだね……どう見ても綺麗なお姉さんだよ……」
驚いて思わず言ったレスターの言葉に、川の妖精はあからさまに頬を染めた。そんな様子を見てカライスもようやくヴァイスの影から出て来て川の妖精を見上げている。
「私の名はルウ。レスター、いつも美味しい物をありがとう」
「あ、いえ、ここをお借りしてたので、これぐらいは……それよりも、ルウさん。それは違うってどういう意味?」
「ああ、そうだった。私が生まれた時、まだこの川は小川だった。そしてこの側にはエントマハンターの里があったんだ。その時からずっと私はハンター達の良き隣人として暮らしていた。花の妖精や岩の妖精なんかも一緒に」
「……」
「ある時、一人の花の妖精が奇病にかかったんだ。それは小さな虫のせいだった。ハンターはそれを聞いてずっと隠していた自分達の力を使ったんだよ。そのおかげでここら辺一体には小さな虫は寄り付かなくなった。ところが、そのせいで虫の妖精達も寄りつけなくなってしまったんだ」
「……」
「ハンター達は自分達を責めた。それまでもどこへ行っても彼らの力は恐れられていたから。気付かぬ間に彼らは姿を消し、ここはこんなにも寂れてしまった。私はもう、あれからずっと一人だ。まだ川の子供達も居ない。ずっと、ずっと一人だ」
「ソレハ俺達ト関係……ナイダロ?」
「ある! お前達を探して動ける者達は去ってしまった。ハンターが居なくなった後、助けられた花の妖精はお礼がしたいと言って泣いた。それを聞いた者達は皆、お前達を探しに行ってしまったんだ。言っておくが、街に野菜を売りに行く時にいくら姿を隠していても、皆気付いている。ハンター達だと」
「エ⁉」
その言葉にカライスはギョっとした。そんなカライスを見てロトは腕を組んで呆れたように言う。
「当たり前だろ? あんなズタ袋被ってんの、お前らぐらいしか居ねーんだから。気づかない方がおかしいだろ。お前らが黙っててほしそうだから気付かない振りしてるだけで、皆知ってる。虫の妖精だって買いにくるだろ? お前達の作物」
「アア」
「魔法使われなきゃお前らはただの緑の妖精だからな。お前らが誰にもバレたくないっつーから皆あえて探さないだけで、内心は、特に若い奴らなんかは美味しい野菜作る緑の人たちぐらいにしか思ってねーよ。何百年前の時代に生きてんだよ、お前ら」
確かに妖精界にはエントマハンターを迫害していた時期があった。でもそれは本当に昔の事だ。それをいつまでも双方が誤解したままここまで来てしまったのだ。特に古い連中が。
「だから私は言いたい。私がずっと一人ぼっちだったのは、お前達の責任だ。少しは可哀相だと思え」
川の妖精はそう言って視線を伏せた。ずっと寂しかったのだ。久しぶりのレスターとの交流に、ルウはとうとう寂しいという感情を思い出してしまった。それは誰のせいだ。エントマハンターが里を移してしまったからだ! そういう意味ではエントマハンターを恨んでいるルウである。
川の妖精に面と向かってそんな事を言われたカライスは、思わず後ずさった。
「イヤ、デモ、ソンナ事誰モ今マデ……」
「そりゃ知らねーだろ。そもそもお前達、話聞かねーんだから」
「ねぇカライス、僕達を里に連れてってよ。ジールさんに言われたんだ。エントマハンターと妖精ではもう話すら出来ないって。それって、ルウさんみたいにどっちも自分達を怖がるって思い込んでたからなんだよ、きっと。だから話すら出来なくて、いつまでも仲直りが出来ないんだ。でもね、助けられた花の妖精達や、僕達みたいにどこかに絶対君達の力を必要としてる人達だって居るんだよ。役に立たない人など、この世には居ない!」
「ナニソレ」
「僕がウジウジしてる時に僕にそう言って怒鳴った人が居たんだ。その時はそんな風にはすぐに思えなかったけど、仲間たちの中で僕とヴァイスだけがここに来れて君達に会えた。そう考えると、やっぱりアリスの言った言葉は正しかったんだなって思うよ」
「アリス?」
「そう、アリス。戦闘能力に長けたすっごく破天荒な女の子。きっとカライスも会ったらビックリするよ。クルミをね、素手で割っちゃうんだよ!」
そう言ったレスターの脳裏に浮かんだのは、クルミを割ってテヘペロをするアリスだ。テヘペロどころの騒ぎじゃないが、あれを見ると何故か元気が出るレスターである。そのアリスは言っていた。エントマハンターが羨ましい、と。
それを伝えると、カライスは苦笑いを浮かべて言った。
「変ナ女」
「うん、アリスは変だよ。でも、頼もしいし面白い。見てると……ちょっとヒヤヒヤするけど。ところでルウさん、その花の妖精さんは今でも元気にしてるの?」
「風の噂で今は南の街で暮らしてるって聞いた。多分、ずっと隠れてハンターと旅してる」
「……ソッカ。ハハ、ソイツラモ馬鹿ダナ」
それを聞いてカライスは思わず笑ってしまった。道理でよく似た花の妖精がいつも野菜を買いに来るなと思った。どこの土地へ行っても、同じような顔ぶれなのだ。花の妖精をはじめ、岩の妖精に水の妖精。毎回うまい具合にすぐに野菜の販売が軌道に乗るのは、そういう事か。自分達の知らない間に、随分支えられていたようだ。
それを聞いたレスターとロトは顔を見合わせて頷いた。
「カライス! 僕達を皆に会わせてよ!」
「そうだな! それが一番手っ取り早そうだ。ルウ、お前も来るか? 恨み言を言ってやれよ」
「……行きたい。でも、私は大きい。邪魔になる」
「んなこたねーよ。な? レスター」
「うん! でもルウさんは小さくなれないの?」
悪気無く言ったレスターに、ルウはしょんぼりと項垂れた。
「私にはまだそれほどの力がない。小さくなるにも力がいる。ジールぐらいになれば話は別だが」
「そっか。じゃあ一緒にテントでは寝れないね……でも、一緒に来てくれる?」
「! 一緒に寝る⁉ そ、それはその、やはりそういう……?」
急に慌てだしたルウを見てロトとカライスは同時に白い目をルウに向ける。レスターは絶対そんなつもりで言ってないが、中身はやはりまだ若い妖精なのだ。
「言っとくがルウ、レスターはそんなつもりで言ったんじゃないぞ。ていうか、小さくなれるようになってからそういう事言えよ」
「俺モソウ思ウ」
小さくなれない高位妖精など、まだ赤ん坊にも等しい。ましてや川の妖精も作る事が出来ない半人前が何を言うか、である。
ロトとカライスの言葉にルウはしょんぼりして川に戻って行ってしまった。そして川に入る前にふとこちらを振り向いてポツリと言う。
「用意してくる。女の準備は時間がかかる。しばし待て」
「分かった。じゃあここで待ってるね」
笑顔のレスターに、ルウは嬉しそうに頬を染めて頷いて、そそくさと川に帰って行ってしまった。
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