第三百四十四話 ノアの愛は∞

 しかしルイスもカインも知っている。ノアが会社を立ち上げて大成功した事で今、バセット家にノアへの見合いの話がわんさか来ている事を。


 そしてそれはクラスの中でもだ。元より見た目と表面上の性格はいいノアである。今までは爵位が邪魔をして良い寄って来る者も居なかったが、起業家として成功していれば話は別だ。


 何よりも王家と深い繋がりが出来た今、ノアの人気はうなぎ上りである。ここにもしもレヴィウスの王子だったというステータスでもつこうものなら、その評価はグッと上がるだろう。


「お前、この先どうするんだ?」

「どうするとは?」

「見合いの話だ。山ほど来てるんだろう?」


 ルイスの言葉にノアはお茶を一口飲んでコクリと頷いた。


「毎週父さんから苦情の連絡が入るよ」

「そうだろうな!」


 何ならルイスを介してノアとくっつこうとする輩もいるぐらいだ。バセット領でどんな事になっているかなど、想像に容易い。


「どうもこうも無いんだけどね。見せてあげたいよ、僕のアリスへの好感度を。ね? キリ」

「……とてもではないですが見せられません。兄妹では無いと分かった瞬間、ノア様の好感度はとうとう数値が表示出来なくなってしまいました。お嬢様の好感度は少し下がったというのに」


 今はノアのアリスに対する好感度は∞マークが記されている。こんなのは初めて見たキリである。


 正直に言ったキリの肩を、それを聞いたノアが突然掴んできた。


「待って! 嘘でしょ? アリスの好感度下がったの⁉」

「はい。少しだけですが」

「聞いてないよ!」

「言ってませんから」

「そういうのは早く言って! アリス、何か食べたいものある? どっか遊びに行こっか? 何がしたい? 森で暴れる? あ! 新しい武器とか開発しようか⁉」

「う~ん……今は別にいいかなぁ~。あ! ライラ、また明日から勉強教えてね! リー君も!」

「アリス⁉ 勉強なんて僕が教えてあげるから! ね? ちっちゃい頃みたいに今日からまた一緒に寝る?」

「んーん。別にいい」


 何だかよく分からないがノアが必死である。あれほどアリスと寝たくないと言っていたというのに今更なんだと言うのだ。


 アリスが首を振ると、ノアは愕然とした顔をしている。


「キ、キ、キリ、ど、ど、どうしよう⁉」


 珍しく動揺するノアを見てキリは言った。


「こうなる事が分かっていたので言わなかったんです」

「じゃあ何で今言っちゃったの⁉ ただでさえややこしくなるんだから、そういうの全部終わってからにしてよね!」


 真面目な顔をして言うキリにリアンは思わず突っ込んだ。それにしてもノアがここまで動揺するのも珍しい。流石アリス厨である。


「こんなノアの姿を是非ともクラスの連中に見せてやりたいな」

「ほんとだよ。教室ではこいつ済ましてるからな~」


 まだアリスの肩を揺さぶるノアを見てルイスとカインは呆れたように言った。ルイスとカインの手を借りたとしてもノアは落とせまい。アリスが居なくならない限り。


 いや、たとえ居なくなったとしてもノアはまた後を追うのだろう。どんな手を使っても。ここまで来るともうノアの愛が怖すぎる。底なし沼どころの騒ぎではない。


 ルイス達はしばらくそんなノアとアリスを見ていたが、そこにレスターから電話が入った。その事で話題はまた元に戻る。


「レスター! どうしたんだ? 何かあったのか?」

『いえ、あの……それが……』


 レスターの声にルイスが表情を引き締めた。そんなルイスに周りもピリつく。やっぱりレスターには荷が重かったか? そんな事を考えたルイスのスマホに、緑色をした何かが画面一杯に映し出された。


『んん? これはどこから聞こえてくるんじゃ、レスター坊』

『あ、ううん、耳あてなくてもほら、画面見て、おじいちゃん。ここだよ』

『どこじゃ、ここかぁ?』

『だから言っただろ! 爺ちゃん、ちょっと貸してみろって! もう!』

『あ、いや、それ押したら――あ!』


 プツン。映像はそこで途切れた。それを見てルイスは呆気に取られてスマホを凝視している。


「……えっと、今の緑の何かがエントマ……ハンター?」

「……多分、そうなんでしょうね……」


 カインとキャロラインもポカンとしてルイスのスマホを見た。よく分からないが、とりあえずうまくエントマハンターに会えたようだ。おまけにレスター坊と呼ばれていたし、レスターもレスターでおじいちゃんと呼んでいた……一体、妖精界で何があったというのか。


 しかしそれ以降いくら待ってもレスターから連絡は無かった。それどころか、こちらから電話をしても繋がらず、カインが慌ててフィルマメントに連絡をしたのだった。



「こっちだ」


 カライスは大きく息を吸い込んで里がある谷の入り口を見上げた。この崖を上った所にハンターの里がある。


「ここを登ったらすぐだ。レスター、行けるか?」

「うん、大丈夫。僕はこれがあるから」


 そう言ってレスターは大きな蝶の羽根を出して見せると、カライスはやはり仰け反って尻餅をついた。


「は? お、お前、に、にんげ……ん?」

「うん。フィルマメントさんが加護をくれたんだけど、こんな羽根が出るようになっちゃって」

「フィルマメントって、あの末っ子お姫様か?」

「そう。ヴァイスと僕につけてくれたんだ。だから妖精界に自由に来れたんだよ」

「な、なるほど? いや、でも羽根まで……つけるか? 普通」


 カライスは目の前のレスターの羽根を指先で突くと、レスターはくすぐったそうに身を捩る。


「ちょ、止めてよ。くすぐったいよ! そんな訳だから僕は飛べるから大丈夫。ルウさんは大丈夫?」

「大丈夫だろ、こいつは。こんな崖二歩ぐらいじゃねーか」

「ロトは乙女に向かって本当に失礼だ! だからモテないんだ!」

「お前が乙女だったらジールなんか婆さんって事になるだろ!」

「そ、そんな事私は、い、言ってないし思ってないぞ」


 たじろいだルウにロトも顔を歪ませて慌てて周りの小さな妖精達に早口で言った。


「お前ら、今の話は聞かなかった事にしててくれ! 絶対だ! 絶対に内緒だぞ!」


 わぁわぁと崖の下で喧嘩をしていたのが悪かったのか、上から一本の矢が飛んで来た。それを見てレスターとカライスがギョっとして崖の上を見上げると、崖の上にエントマハンターと思われるズタ袋を被った集団がこちらに向かって弓を引いているのが見えた。


「カライス……これ、大丈夫かな?」

「大丈夫じゃない……かもしれない。お前達が煩くするから!」


 そう言って振り返ると、ルウとロトがしょんぼりと項垂れていた。どうやら流石にその自覚はあったらしい。


「えっと……とりあえず話出来ない事にはどうしようもないんだけど、カライスが行ったらきっとまた喧嘩になるよね?」

「多分」

「だよね。じゃあ僕が行こうか」


 そう言ってレスターが飛び上がろうとした時、後ろから甲高い声が聞こえてきた。


『いつもいつも美味しい野菜をありがとー! エントマハンターさん!』

『いつものお礼にジャム持ってきたぞー! 人間界の珍しいジャムだぞー!』


 その声にレスター達が驚いて振り返ると、そこには花の妖精や岩の妖精や虫の妖精たちが沢山居た。どうやら町でカライスを見かけてそのまま後をつけてきたらしい。


 妖精たちに驚いたのはレスター達だけでは無かった。どうやらズタ袋集団も驚いたようで、構えていた弓を下ろしてあわあわしている。あの弓はどうやら威嚇に使うだけの物のようで、本当に撃ってくるつもりはなかったらしい。

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