第三百三十七話 母を探して
「……兄さま……兄さまはずっと一緒だもん……」
ノアが処刑台に上がると言うのなら、アリスも上る! そんな思いを込めてノアを見ると、ノアは穏やかに微笑んだだけだった。そんな二人を見ていたロビンが眼鏡を上げる。
「間違えていませんね。あなたの判断は正しいですよ、ノア君。レヴィウスの第四王子だったとしたら、我々はあなたに敬意を払わなければ。それに、もし違っていたら、それこそ反逆罪に値する。確定では無い事を口にすべきではない。いかなる時も。でなければ、混乱を招きかねませんから」
ロビンはそう言って泣きそうな顔をしているアリスを見て小さく笑った。
カインから聞く限りアリスという少女はどうも動物っぽい。人の形をしているが、単純でとても素直だ。それはロビンもよく知っている。その少女がこんなにも慕う人物だ。決して悪い人間ではないのだろう。そして何よりも、この頭の回転の速さとルカを前にしても一切の物怖じしない度胸は評価すべきだ。
「ルカ、あなたには昔から言ってますが、いい加減感情で動くのを止めてください。あなたのそういう所はいい部分でもありますが、時と場合によります。私達が今すべきことは、彼を責める事ではなく、彼らしか知らない情報と我々しか知らない情報を共有する事です。それに、君はお母様を探しているんですか?」
ロビンの言葉にノアはコクリと頷いた。
「はい。母は出て行く前確かに僕に言ったんです。『解放してくれてありがとう』と。これがどういう意味なのか、母は僕の何かを知っていたのか、それを知るためにも母を探そうと思っています」
「なるほど。ではそれは私達も協力しましょう。話を聞いていると、どことどこが繋がっているのか全く読めません。怪しいと思う事はすぐに教えてください。手を貸します」
「ありがとうございます。僕達では限界があったので、助かります」
そう言って頭を下げたノアにロビンは頷いた。そんな二人を見ていたルカもため息を落とす。
「一つ聞くが、単純に混乱させたくなくて黙っていたのか? 故意にではなく?」
「もちろんです。故意に黙っていていい事なんて何もないので」
「……そうか。ルイス達に知らせたのは何故だ? 次期王を巻き込むなど、最悪の事態になるかもしれないと君なら分かっていただろう?」
「ルイス達は次期王である前に、僕の信頼できる仲間だからです。それ以外に何か理由が必要ですか? 彼らなら力になってくれる。不安な時も、必ず手を貸してくれる。だから彼らには不安な胸の内を打ち明けたんです」
断言したノアに感動したようにルイスが満面の笑みで振り向いた。カインもキャロラインもだ。
けれど、チラリとリアンとオリバーを見ると、二人は胡散臭そうな顔をしてノアを見ている。勘の良い二人である。恐らく、ノアの本心を正しく理解した上であんな顔をしているのだろう。
ノアは母親が言ったあの台詞に、何か大きな秘密があったと考えている。オピリアももちろんだが、それ以前にループから抜け出さない事にはオピリア騒動を治める事も出来ないと。
だけど自分達の力では探し出すのに限界がある。カインやリアンに相談した時もそうだが、ノアもキリもアリスだってもう母親の姿や特徴を覚えていないし、アーサーに聞いても母親の話になると口を噤んでしまう。ハンナは元々知らないし、その他の領民達も使用人達も、揃って何故か母親の話はしたがらないのだ。
つまり、アリスの母には何か重大な秘密があり、それは皆で隠し通さなければならないような事だという事だ。そんな人物を何の伝手もないノア達に探し出せるとは思えない。
「分かった、信じよう。君の出自もこちらで調べる。ただ君は何も覚えていないのか? 君にそれを伝えた人物はどうした?」
「それが、あちらに戻ってしまったんです」
「? それはおかしいだろう。先程君が言ったんだぞ? 外には出られない、と」
「ええ。ですが、一つだけ方法があります。それが、妖精界を通る事」
そう言ってノアはカインをちらりと見た。カインは頷いて話し出す。
「外の世界に出るには、現状フェアリーサークルを通るしか方法がない。そして今、このフェアリーサークルを利用してる奴らがいるんですよ」
フィルマメントが妖精界に行って必死になって塞いでいる、次から次へと作られるフェアリーサークル。閉じても閉じてもキリがないと言う。この事態を重く見た妖精王はすぐに全ての妖精たちに伝令を出したそうだ。許可なくフェアリーサークルを作った者を処罰する、と。それでもフェアリーサークルは減らないので、多分これは外の人間達の仕業に違いないと憤っている、とシャルルから連絡があった。
そこまで説明したカインにロビンとルードは何かを考え込む。
「つまり、外の人間が妖精を使ってフェアリーサークルを作っている、とそういう事?」
「そう。外では今でも奴隷制度があるみたいなんだ。対象は人間と妖精。この間のチャップマン商会襲撃事件の犯人たちが正に奴隷商人だったんだ。あの時は伏せたけど、犯人はこの国の人間じゃなかった。外の奴隷商人がうっかりこちらに迷い込んだみたいなんだよ」
「! 何故それを早く言わないんだ!」
ロビンがカインに怒鳴ると、カインは悪びれもせず言った。
「言っても信じやしないだろ? 外の世界がある事も忘れてんのにさ」
自分達だってフィルマメントに言われるまで考えもしなかったのだ。ここが世界の全てだと思い込んでいた。
カインの一言にロビンが黙り込む。言われてみればその通りだったからだ。何故今まで気づかなかったのかさえも不思議でしょうがない。
「確かにカインの言う通りだ。きっとあの時俺達はそれを聞いても信じなかったと思う。目の前でオピリアが検出されたからこそ、こんな突拍子もない話を信じられる。で、その奴隷商人たちは向こうに帰ったの?」
ルードの言葉にカインはたじろいだ。厳密には偽シャルルがあちらに帰したのだが、それは言うべきかどうか迷った。すると、横からノアが口を出してきた。
「ええ。僕達はその場に居たので一部始終を見ていました。彼らは勇者という人物から逃れてうっかりフェアリーサークルに入ってしまったようでした。そして帰りも同じです。突然、消えた。後から聞いたら、フィルさんが仲間に頼んでくれたようですね。ここから彼らを追い出せ、と。奴隷商人は妖精達にとっては敵も同じ。妖精たちは今、ここを最後の安住の地だと考えています。そこに彼らのような者がやってきたら、どうなるか分からないと思っての判断だったのでしょう」
「なるほど……フィルちゃんはお姫様だからそんな事も簡単に出来てしまうのか……。しかし奴隷なんて制度が外にはまだあるんだね。その方が驚きだよ」
眉を顰めたルードに全員が頷いた。このルーデリアでも歴史書の中では確かに奴隷制度があった時代もある。
けれど、その制度はもう随分と前に廃止された。
「しかしその奴隷商人が消えたのは分かるが、何故君の過去を知る者も消えたのだ?」
「フィルさんは言ってました。外から来た人を僕以外全て戻した、と。つまり、彼女も消えたと思われます」
「ふむ。外から来た人間が全般妖精の敵になり得るかもしれない、と考えているという事か」
ルカは腕を組んで考え込んだ。そしてチラリとノアを見る。
もしもノアが大国レヴィウスの王子だったとしたら、あちらでは探しているのではないか? ましてやあちらが大変であればあるほど、たとえ第四王子でも引きずり出したいと考えている輩は居そうだが、本人は一体どう思っているのか。
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