第三百二十七話 皆が笑顔になる世界

「ダニエル、見て。私もカップリング厨会員のカード貰っちゃった。へへ!」


 隣でコソコソと嬉しそうに手作りカードを見せてくれたエマに首を傾げていると、そこにザカリーがやってきた。


「お嬢、とりあえずこんぐらいで大丈夫か?」

「ザカリーさん! ありがとう!」


 大皿にこれでもか! と乗せられたフライドポテトの山にアリスは顔を輝かせた。それはどこからどう見てもフライドポテトである。アリスもライラと同じように何度もハンバーガーセットを注文しようとしたが、いつも売り切れでフライドポテト自体食べるのが久しぶりだ。


「なんなんだ? これ」


 ダニエルが言うと、リアンがフォークを差し出してきた。


「まぁ食べてみなよ。ほら、皆も。マリーさんはお店で扱うといいと思う」

「まぁ、お店でも出せるの? それじゃあ、いただきます」


 マリーは店で出せると聞いてフライドポテトを一本食べて目を輝かせた。外はカリっとしているのに、中はしっとりしていて、ほんのりジャガイモの甘味もする。うっすら効いた塩味が丁度いい塩梅だ。


 マリーに続いて他の皆も一本食べて目を輝かせる。そこにアリスが胸を張って言う。


「これはフライドポテトって言うの。冷凍が出来なくて今までずっと作れなかったんだけど、妖精さん達のおかげで冷凍が出来るようになったから作ってみたんだ! おつまみにもなるし、おやつにもなるし、ジャガイモだからお腹も膨れるよ」


 これで飢饉対策に新しい食品が仲間入りである。当初の予定ではとりあえず飢饉対策として凌げればそれでいいと思っていたが、やはり欲が出て来るものである。どうせなら飢饉でも美味しいものを食べたい。木の根っこを齧るのはもうごめんだ。


 アリスの言葉にダニエルが腕を組んで考え込んだ。これはいける。リアンの言う通り、新しい馬車を買って一台丸ごと冷凍一体型冷蔵庫にしてしまうべきかもしれない。それに、冷蔵庫があればフルッタで爆発的に流行っているミックスジュースの販売も可能なのではないか。その他にも色んな土地を回って来て思ったのだが、見た事も食べた事もないものはどこにでもある。そういう物を他の商会とも手を組んで販売出来はしないだろうか。


「なぁアリス、こうなってきたらうちの商会だけじゃなくて、他の商会でも商品を取り扱ってもらう訳にはいかないか?」


 実は、ここ最近色んな商会から手を組まないか、と打診があるのだ。ダニエルの酷い噂を流した商会も今は手の平を返したように言い寄って来た。内心はざまぁみろ、と思わないでもないが、仕事と割り切ればそんな感情は無しに出来る。ましてや向こうはフォルスでも大手の商会だ。手を組む事でフォルスの商品をこちらに卸す事も可能になるのではないか。


 そこまで説明したダニエルに、ルイスが腕を組んで言った。


「しかし、それだと利用されないか? 母ではないが、どこにでも汚い奴は居る」

「だね。よく考えてからでないと、出し抜いて何かしようとする奴は絶対に出て来ると思うよ」


 動物以外には厳しいカインの言葉に、アリスは首を傾げて考え込んだ。何かなかったか? そういうのをまとめる何かが……。


「ギルド! ギルドを立ち上げようよ!」

「ギルド? それは何なの?」


 黙々とフライドポテトを食べていたキャロラインが言うと、アリスは腰に手を当てて自信満々に話し出した。


「あのね、ギルドって、製品の品質とか価格設定とか規格を守る為に設立される組合の事なの。そこに登録したら商品自体は登録した商会のどこでも扱えるようになるんだけど、決められた価格とかはしっかり守りましょっていう組合の事だよ」


 まぁ、本当はもっとややこしくて細かい設定が山ほどあったし、ギルドが力を持ちすぎて教育などにも手出しし始めた為に各個人の経済活動が抑えられてしまったという難点もあったが、そもそもこの世界にギルドがまだ無いのだ。そこに至るまでにはまだまだ時間がかかるだろう。


 それよりもまずは、チャップマン商会にばかり恩恵があるのを止めなければならない。ダニエルは仲間だし大事な友人だが、チャップマン商会が大きくなり過ぎた事で起こる小さな商会が潰れてしまうという事態を防がなければ、貧富の層は広がるばかりだ。


 アリスの言葉を聞いて、それまでずっと考え込んでいたノアが口を開いた。


「いいかもしれないね。アリス、それは商会だけに適用されるの?」

「ううん。色んな組合があったよ。商会ギルドでしょ、鍛冶ギルドでしょ、その他の職業にもちゃんとあったよ」

「なるほど。カイン、この制度はいいかもしれない。これが出来ればアリス工房と契約しないと作れなかったものが、全国的に作れるようになるかも」

「だね。結局俺達が心配してたのは価格の吊り上げ、手柄の横取り、雇用問題だから、それが保障されるならかなり優秀なシステムだよ。問題は、誰がそのギルドの大元をやるんだって話なだけで」


 ライト家はもう流石に特許制度やら職業安定所の仕事で手一杯である。ルイスは次期王だから任せられないし、キャロラインもそうだ。かと言ってチャップマン家に任せるのも手に余るだろう。もちろんクラーク家にもこれ以上は頼めない。


 そこで、カインはチラリとノアを見た。そんなカインの視線を受けてノアは大きなため息を落とす。


「まぁ、うちしかないよね。元々アリス工房は僕の趣味みたいなもんだし、分かったよ。ギルドの管理はうちでやるよ」

「よろしく。じゃあそれをしっかり周知していかないとな。ていうか、色々決めなきゃだな。また夜にでも集まるか。で、ダニエルどう? これ、いけそう?」


 そう言ってフライドポテトを指さしたカインに、ダニエルは頬張っていたフライドポテトを飲み込んで頷く。


「いける。最近乾麺の調子がめちゃくちゃいいんだ。これも保存がきくってなれば、絶対に売れる。ただ問題もあるな。全ての家に冷凍冷蔵庫がある訳じゃねぇから、冷凍のままでは売れねぇよな」

「そこはそうだろうね。だからアランが開発してくれてるよ、今。それに、妖精界でもフィルちゃんが氷の妖精を続々とスカウトしてくれてる。フライドポテトが商品化する時には、そっちも出来上がってる予定だし、そもそも僕はこれを個人に売るつもりはあんまり無いんだ」

「そうなのか?」

「うん。あんまり便利な物が家庭で作れてしまうとね、飲食店が今度立ち行かなくなるでしょ?」

「確かに、それはそうだよな……」

「だから冷凍冷蔵庫も飲食店に先行販売するつもりだよ。まずはそこに卸す用にフライドポテトは作っていくつもり」


 どこかが便利になれば、どこかが悲鳴を上げる。アリスの言う誰もが笑顔の世界は相当に難しい。きっと、どれだけ手を尽くしてもそれは無理だろう。


 けれど、近づける事は出来る。ノアは隣で不安そうにノアを見上げてくるアリスの頭を撫でた。


「それにこれ自体はジャガイモふかして成型して凍らせただけの料理だから単価も全然高くないんだ。お店で出しても、きっと子供にも気軽に買えるぐらいの値段で抑えられると思うよ」

「そっか! なら店舗用って事でいいな。じゃあ俺らはあっちこっちで色んな飲食店に掛け合うか。エマ、また忙しくなるぞ」

「暇よりは全然いいよ! 私達に任せといてよ!」


 そう言ってすっかり空になったフライドポテトのお皿を見て笑った。あの食の細いドロシーが、パクパク食べていたのが嬉しいエマである。


 こうして、フライドポテトとハンバーガーはまずは実験的にフォスターの街で販売される事になった。ついでに業務用の炭酸ジュースも作り、それも店舗に卸し始めた事で、あの有名なセットが出来上がったのだった。


 最初はハンバーガーセットは炭鉱で働く人達に爆発的に売れた。ハンバーガーの作り方自体に決まりはないので、色んな物を間に挟んで色んなハンバーガーが出来上がり、ついにはハンバーガーの専門店まで出来上がったほどだ。ラーメンに比べるとハンバーガーもポテトも、元はパンや肉や野菜なので馴染みがあるからか、すぐに根付いた。


 それに伴って冷凍する事しか出来なかった妖精達の雇用が増え、妖精王も喜んだ。そんな中、レスターはと言えば。

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