第三百二十六話 チャップマン商会の今後

 フィリップス家に行くと、毎回ドロシーとお揃いの新しいドレスを貰うとマリーが苦笑いを浮かべていた。


 そんなマリーとドロシーはフィリップス家では最早アイドル状態だ。娘がずっと欲しかったフランの母、ナンシーと父のケーシーはマリーとドロシーが大のお気に入りである。行けばフランや他の息子たちも放ったらかしてあちこちに出掛けて行くらしい。マリーが以前そういう仕事をしていた為に、周囲の当たりはやはりキツかったが、それにも全くめげないマリーをナンシーとケーシーは相当高く評価したようだ。


 どんな仕事であったとしても、誇りを持つことは素晴らしい、とべた褒めである。


「そっちも上手くいってんだね」

「ああ。フィリップス家はマリー達が行く度に大騒動だそうだぞ。いい加減慣れそうなもんだが、こっちに戻ってくる時は毎回大泣きするらしい」


 そう言って迎えに行く度に物凄い顔で睨まれるダニエルは、苦笑いを浮かべて言った。多分、ダニエルはフィリップス家の皆からマリーとドロシーを毎度攫いに来る悪魔か何かだと思われている。


「じゃ、まぁもう色々安心だね。でさダニエル、話は変わるんだけど、今度ちょっと僕と王都に行こっか」

「は? 突然だな。何か王都で要るもんあんのか? 買って来てやるぞ?」

「いやいや、そうじゃないんだ。王子と王妃様がさ、王子の家をチャップマン商会のアジトとして使いなさいって改築しちゃったんだよね。だからそれの下見に行きたいの」


 お茶を飲みながら何てことない感じで言ってみたが、内容はとんでもない。


 流石のダニエルも一度では理解出来なかったようで、何度も何度も首を捻ってようやくお茶を噴き出した。


「はぁ⁉ い、いや……な、何言ってんだ? てか、それ俺断ったよな?」


 丁度一週間とちょっと前の話である。まだまだ記憶に新しい。確かにダニエルにそういう話をリアンは持ってきた。


 けれど、ダニエルは断ったのだ。今の売り方が自分には性に合っているし、百歩譲って事務所を持つにしてもルイスの私邸だけは絶対に無い、と。


 そんなダニエルにリアンは深く頷いた。


「もちろん僕も断ったよ。でも、その時すでに王子は王妃様に電話してたんだよね。で、王妃様はさっさと快諾して改築までしちゃったんだって。だから行かない訳にはいかないんだよ」


 流石のリアンもそこまでされたら嫌とは言えなかった。何せ相手は王子と王妃様である。おまけにライト家まで噛んでいる。それをダニエルに伝えると、しばらく考えて渋々頷く。


「まぁ、事務所はあった方がいいって皆口揃えて言ってたからな。でもどうする? とりあえず親父達を置いとくか?」

「ああ、それがいいかも。マリオさんとレイシャさんに押し付けちゃお。僕が卒業するまでは」

「だな。まぁ親父達にもいつまでもブルーベリー摘んでてもらう訳にもいかねーしな」

「本当だよ。父さんが言ってたよ。マリオが帰らないんだ、って。いや、それは別にいいんだろうけど、やっぱ何かしたいんだろうね。元気になってきて張り合いが無いってボヤいてたらしいよ」

「思う様に体が動くようになってきたもんなぁ。元々商売人だし、じゃちょっと呼び出しとくわ」

「うん、お願い。後ね、冷凍庫と冷蔵庫を積めるぐらいの馬車買おう、ダニエル」

「それは構わんが……冷凍庫と冷蔵庫なんて、持ち運べんのか?」


 冷蔵庫は今でも限られた家や施設にしかない。何故なら、誰かの魔法に依存しているからだ。氷系や水系の魔法が使えない家には、冷蔵庫などないのが当たり前である。


「氷の妖精をね、派遣してもらうの。で、アリスが冷凍庫と冷蔵庫を一体型にしたらどうだって思いついてね。魔法使いが今試作中なんだ。うまくいけば一家に一台冷凍庫付きの冷蔵庫が普及するよ」

「それは……凄いな!」

「凄いよ。そんなアリスの無茶をほいほい請け負う魔法使いも大概だけどね。そんな訳で追々冷蔵庫の外側だけ売る事になると思う。中に住んでもらう妖精は斡旋所通してスカウトしてもらう形になるけど」

「いいんじゃね。あれはやっぱあると便利だしな。で、冷凍庫なんて積んで何すんだ?」

「そだね、それの説明しないと。そろそろ行こっか」


 そう言って立ち上がったリアンにダニエルは続いた。そう言えば食堂に集合してくれとか何とか言っていたな、という事を思い出したダニエルは、大人しくリアンの後に従った。


 食堂には、既にチャップマン商会のメンバーと学園組が全員集まっている。


「遅かったな、リー君! ダニエル、これをお前に渡しておこう」


 ルイスは胸ポケットから一枚の紙を取り出してダニエルに手渡した。それを受け取ったダニエルは、頬を緩める。


「これ、いいのか?」

「構わん。というか、校長が喜んでいたぞ。ビールを販売しに来てくれ、と」


 ルイスが校長からもぎ取ってきたのは、学園での販売許可証だった。これがあれば自由に学園に出入りが出来るし、販売も出来る。


 今も食堂に来る前に門の所で学生たちに囲まれているチャップマン商会の様子を見ていたが、販売許可が無いから売れないと言ってしょんぼりしているエマとドロシーを見て、学生たちは徒党を組んで校長に直訴に言ってくる! と息巻いていた所をルイスが慌てて止めてこの許可証を見せた。


 それを見た途端、学生たちもエマ達も大喜びして買い物をしていたので、余程買い物をしたかったのだろう。それほどまでにチャップマン商会の評判は上がっている。


 そんな商会が学園に出入りするとなると、学園にとっても喜ばしい事だ。何よりもノアが言った。


『チャップマン商会は、ゲームの中では学園に自由に出入りしてたらしい』


 と。


 つまり、これはこちら側にとっても好都合と言う事だ。


 ダニエルは受け取った許可証を大切に折りたたんで胸ポケットに仕舞い込んだ。


「ダニエル! こっちこっち! またアリスが何か作ったんだってさ!」

「おう」


 顔を上げるとエマがこちらに向かってその場で飛び跳ねながら大手を振っている。子供っぽい仕草だ。今までのダニエルなら見向きもしなかっただろう。


 でも、エマだけは違う。ある日から突然キラキラして見えるようになった。そのキラキラがあの事件で取れたにも関わらず、やっぱりダニエルには以前よりもエマが可愛く見える。


 ダニエルはエマの隣に腰を下ろすと、マリーから売上報告書を受け取って目を通して苦笑いを浮かべた。


「ほとんど売り切れじゃねぇか」

「うん、凄い勢いだったよ。ね? コキシネル?」

「凄かっタ。桃が攫われそうになっタ!」


 コキシネルは先ほどの惨状を思い出してゴクリと息を飲んだ。はっきり言って商品に群がってくる生徒たちは、アントの大群のようで怖かったのだ。そして彼らが去った後には空になったケースばかりが転がっていた……。


「そうなのカ?」


 馬車の護衛として少し離れた所に居たケーファーが言うと、ドロシーと桃が同時に頷く。


 どうやら桃も売り物だと勘違いされたそうで、危うく売られてしまう所だったそうだ。そこで機転を利かせたエマは桃とドロシーの実演販売を見せて、ついでにスマホも売りさばいてくれたらしい。おかげで持ってきていた商品のほとんどが売り切れてしまったという訳だ。


「リアン、やっぱ急いで見学に行った方がいいかもしんねー。王都はルーデリアの真ん中にあるから、在庫置いとくのにどこ行くにも良さそうだ」

「だね。じゃ、来週の休みに見学に行くって事でいい?」

「分かった。親父にも言っとくよ。こりゃもっと戦士妖精雇わねーとな」


 ダニエルがポツリと言うと、カインの肩からフィルマメントが顔を出して言った。


「任せて! 一杯斡旋する! まだまだ戦士妖精うじゃうじゃ居る!」

「そ、そっか。ありがとな。でも、そんなうじゃうじゃは雇えねぇぞ?」

「ああ、うん。大丈夫。そこは俺がちゃんとストップかけるから、見学行ったついでにどれぐらいの人数になりそうか教えて」


 カインの言葉にダニエルは苦笑いを浮かべて頷いた。次期宰相も大変な嫁を貰ったもんだ。この二人は婚約すらまだして居ないと言うが、雰囲気を見ていれば分かる。それは時間の問題だという事が。何故なら、アリスを筆頭に女子達がニヤニヤしてカインとフィルマメントを見ているからだ。

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