第三百二十八話 レスターの新しい友達

 時は少し遡り、レスターは一人、ヴァイスに跨り妖精界に足を踏み入れていた。ヴァイスは随分大きくなり、もう立ち上がるとレスターの身長を軽々越してしまう。


「ヴァイス、疲れたら休んでいいからね。荷物、重くてごめんね」


 そう言ってレスターがヴァイスの頭を撫でると、ヴァイスは尻尾を揺らして目を細めて甘えるように鳴いた。


 一度失いかけた命を助けてくれたのは、ルンルン達やレスターだ。ヴァイスからすれば、レスター達は親も同然である。狼は元々家族で暮らす生態故に、こうやってレスターと共に行動できるのは、ヴァイスからしても嬉しい。


 甘えて鳴くヴァイスの首に抱き着いたレスターは、モフモフの首筋に顔を埋めておでこをこすり付ける。


 妖精界を駆けながらいちゃつく二人を、妖精達は遠巻きにじっと見ていた。


 不思議な二人が妖精界に迷い込んできたぞ! そんな伝達があったから来てみれば、フィルマメントの加護がついた人間と見た事もない大きな狼に、妖精たちは息を殺してどこへ行こうとしているのか見守っていたのだ。


 万が一何か悪さをしようものなら許さない。ただでさえ人間は妖精を捕まえて奴隷として売ったり羽根をもいだりする。勝手に妖精界を出て人間界に行くのは自由だが、人間がこちらの世界にやってきたのなら話は別だ。そう考えた妖精達は、だからずっとひっそりとレスター達の後を隠れて追っていた。


「今、何時だろう? ヴァイス分かる?」

「ウォウ……」

「だよね。う~ん……時間の概念が違うってフィルさん言ってたし、どうしよっか」


 結構走って来たように思うのに、日はまだ傾くどころかレスター達の頭の上にある。レスターは太陽を見上げて辺りを見渡してみたが、だだっ広い野原が広がるばかりで何も見当たらない。どこかで休もうにも、アリスの注意点を思い出したレスターはもう少し走る事にした。


「ねぇヴァイス、誰にも会わないね」

「ウォウ」

「皆、隠れてるのかな?」


 レスターはそう言って首を傾げる。それを肯定するかのようにヴァイスが一声鳴いて、今日の休む場所を探し始めた。  

  

 しばらく走っていると小さな滝と川を見つけた二人は、そこから少し距離を取った場所にテントを張る事に決めた。近くに水がある所。でも、近づきすぎちゃ駄目! 


 そう言って怖い顔をしたアリスを思い出し、いそいそとテントを張る。


 あれから何度も何度もテントを畳む練習をしたレスターは、もうすっかりテントの扱いにも慣れた。


 父のロンドにそれを言うと、ロンドは逞しくなってきたレスターの話を聞いて喜び、元気になったら一緒にキャンプに行く約束もした。


 まだセレアルに戻れるほど回復はしていないが、最近では訳も分からず突然解雇された使用人達がルイスの命で呼び戻され、事情を聞かされた彼らが続々とクラーク家にお見舞いにやってくるとロンドは喜んでいた。一人一人と抱き合って喜び、泣き、そして皆レスターの心配をしてくれるそうだ。


 そんな話を聞いたレスターは、今回のキャロラインからの大役を何が何でも成功させなければ、と心に誓った。母が居なくても幸せな毎日を送っていた頃を、絶対に取り返してみせる。 


 そんな決意をロンドに伝えると、最初は心配して反対していたロンドだったが最後には笑顔で送り出してくれた。自分もオピリアに打ち勝って、必ず戻る、と言って。


 レスターはもうひとりぼっちで泣いてばかりの子供じゃない。仲間が沢山いる。レスターを心配して、それでも大役を任せてくれるような、信頼できる仲間たちが。それにヴァイスも居る。これほど心強い味方はいない。いざとなったら連絡すればドンが来てくれると言っていたので、それも心強い。レスターはもう、一人じゃない。


「ヴァイス、お水汲んできてくれる? 多分、もう夕方だと思うんだ」


 そう言ってヴァイスにバケツを渡すと、ヴァイスは意気揚々と滝に向かって走って行った。


「ウォン!」

「おかえり! ……ヴァイス、それ何くっつけてるの?」


 しばらくして戻って来たヴァイスの尻尾に何かがくっついているのにレスターが気付いた。


 よく見ると、それは十センチほどの妖精だ。ヴァイスの尻尾に掴まっていたが、力尽きたのか妖精は突然ボトリと落ちる。


「君、だ、大丈夫⁉」

「は、腹……減った……」

「お腹⁉ ちょ、ちょっと待って、はい、これ……ジャーキー、食べる?」

「ジャーキー……干しにく……にく……肉⁉」


 妖精はガバリと起き上がってレスターの手からジャーキーを奪い取ると、小さな体からは想像もつかないほどの勢いでジャーキーに齧りついている。


 そんな様子をしばらく眺めていたレスターは、ふとその妖精の片羽根が無い事に気付いた。


「君、羽根はどうしたの?」


 一心不乱にジャーキーを齧っていた妖精にレスターが問うと、妖精は忌々し気に舌打ちをして悪態をつく。


「お前ら人間に盗られたんだ! ずっと……ずっと小さな籠ん中に閉じ込められてヘンテコな服着せられて! 羽根が服の邪魔だってあいつら!」


 そう言って妖精はあの地獄のような日々を思い出した。人間は妖精を動く人形か何かだと勘違いしているのか、食事は果物だけ、羽根はむしられる、酷い時は猫をけしかけられたりもした。でも自分などまだマシな方だ。仲間たちの中には消えてしまった者も沢山いる。下級妖精は自然の一部から出来ている者が多いから、ある日弱って突然消えてしまうのだ。そうしたらまた人間達は別の妖精を買ってくる。あいつらは鬼か何かなんだ!


 ジャーキーを齧りながら妖精はイライラを全部レスターにぶつけた。レスターは人間だが、妖精界に居るのならこちらに分があると踏んだ妖精である。


 けれど、妖精の思いとは裏腹にレスターは黙って妖精の話を聞いていた。真剣な顔をして、時折苦しそうに顔を歪める。


「ど、同情してんのか? どうせ可哀相だとか思ってんだろ!」


 妖精は同情されるのが嫌いだ。体は小さいが、プライドはある! そんな妖精の言葉にレスターは間髪入れずにコクリと頷いた。


「そうだね、思ってる。僕もこんな風に思われてたんだな、きっと……」


 そう言ってレスターは視線を伏せた。そんなレスターに妖精はおろおろしながら言う。


「な、何だよ。お前は人間だろ? な、何でそんな風に思われるんだよ」


 鬼の仲間のくせに人間の中にも自分のように思われる人間が居るのかと驚いた妖精は、今度はレスターの話に目を剥いた。


「何だよそれ……酷いじゃないか……あんまりだ……お前、よく逃げて来られたな……ほら、半分やるよ……」


 涙を自分の片羽根でゴシゴシと拭った妖精は、半分と言いながらもうあまり残っていないジャーキーをレスターにやった。レスターはそれを嬉しそうに受け取って、新しいジャーキーを妖精にくれる。こいつは多分、良い奴だ。


「ごめん、自己紹介してなかったね。僕はレスター。この子はヴァイスだよ。君は?」

「俺はロト。で、お前、何で妖精界に来たんだ? 迷ったのか? 人間が入ったら大変な事になるんだぞ?」

「うん、それがね――」


 レスターはロトに今回妖精界にやってきた経緯と、フィルマメントの加護を見せた。それを見てロトは分かりやすく驚いて後ろに倒れ込む。


「ひ、姫さんの加護じゃないか! そうか、お前らハンター探してんのか。あいつらこっそり生きてるからなぁ……よし! 乗りかかった船だ! 俺が付き合ってやるよ!」

「うん、ありがとう、ロト。凄く心強いよ」

「そうだろ? 何たって俺は泣く子も黙る湖の妖精ロト様だからな! 俺に従えば大抵の事は上手くいくって昔から定評があるんだ!」

「そうなの? 凄いね! じゃあロト、これからよろしく」


 差し出したレスターの小指を、ロトがしっかりと握ってくる。


 何やらとても自信過剰な仲間が増えた訳だが、優しいレスターは彼の事をそんな風には思わず、素直にロトは凄いなぁなどと感心していた、とても素直なレスターである。

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