番外編 キャロラインの決意
キャロラインがチェレアーリの領主と仲が良い事をどうやって知ったのか、あの父がわざわざキャロラインに電話をしてきたのだ。そして、説明してくれと言われた。
どうせまた話を聞いてなどくれないのだろうと思って資料を出して説明すると、いつの間にかオリビアも混ざって真剣になって話を聞いていた。そして全て話し終えた後、父は言ったのだ。
『なるほどな。お前達はこれに気付いたから乾麺を作っていたのか……オリビア、私達の娘はとんでもないぞ』
頬を上気させながら腕を組んで誇らしげに頷くヘンリーに、オリビアはコロコロと笑う。
『いやだ、あなたったら! 私達の娘だもの、当然よ』
『そうか? 利発な所はお前に似たんだろうな。キャロライン、来年生まれてくる子にも色んな事を教えてやってくれ』
「……は?」
『あら! 生まれるまで秘密よって言ったのに! そうなのよ~! キャロ、あなたにもうじき弟か妹が生まれるわよ』
「え……えぇ⁉」
あまりの報告に一瞬キャロラインはセレアルの事も全て忘れそうになった。そして次の瞬間頭の中を巡ったのは今までのループの事だ。
(私に弟か妹……? こんなのは初めてだわ……そっか、父様と母様の仲が今回は良くなったから……これは……凄いわ!)
今まで何度もシャルルに本当のゲームの世界と言う訳ではない事を聞かされていたが、どこか安心出来なかった。いつか何かの拍子にまた戻ってしまうのではないか。そんな恐怖がずっと拭えずにいたのだ。それはどのループも同じだったからだ。爵位が変わった事があってもキャロラインはずっと一人っ子で、両親の仲は特別良くもなかったし、それは貴族の家ならばそういうものだと思っていた。
まさか、そんな自分に妹か弟が出来るなんて! 初めてシャルルの言った言葉の意味をちゃんと理解出来た気がした。
「おめでとう! 父様、母様!」
キャロラインが満面の笑みで言うと、ヘンリーもオリビアも照れ臭そうに、でもとても嬉しそうに微笑んでくれる。こんな両親の顔を見るのも初めてだ。思わず涙を零したキャロラインに、ヘンリーとオリビアが焦ったように言う。
『す、すまん! べ、別に隠してた訳じゃないんだ! いや、隠していたが、驚かせようと思ってだな!』
『内緒にしてようって言いだしたのは私だからキャロ、父さまは何も悪くないのよ⁉』
慌てる二人にキャロラインは首を振って笑った。
「違うの。嬉しくて。弟か妹が出来るなんて、本当に夢みたい。今からすごく……楽しみ」
泣きながら笑うキャロラインを見て、オリビアの目が潤む。
『嫌ね、何も泣かなくてもいいじゃないの。大丈夫よ。元気な子を産むから、一番に抱っこさせてあげるから、その時は帰ってきてちょうだいね』
「もちろんだわ! 長期休暇申請をしようかしら。あ! もしかして私の卒業の方が早い?」
『どうかな。予定では来年の一月だが』
「そうなの! じゃあ今から申請しておくわ!」
意気込んだキャロラインにヘンリーとオリビアは声を出して笑った。
『まだ流石に早いだろう!』
『そうよ、キャロ! 校長先生もビックリしちゃうわよ!』
そう言って電話越しに笑う二人を見て、キャロラインはアリスとアランに心の中で感謝する。スマホを作ってくれて、本当にありがとう、と。
手紙では両親のこんな顔は絶対に見られなかった。それだけでも嬉しくて仕方ない。
「こちらでも色々と準備しておかなきゃ! そう言えば校長先生のお孫さんがレインボー隊で赤ちゃんと意思の疎通が図れたと言っていたから、アラン達にお願いして作ってもらうわね!」
『レインボー隊って、あのオレンジちゃんの事?』
「ええ! あの子達凄いのよ。話せない子達とお喋りが出来るの。レインボー隊が赤ちゃんのおむつやお腹の減り具合をお姉さんに報せていたんですって」
『ほぉ、便利なものだな。それがあるとステイシアも楽なんじゃないか? オリビア』
『そうね、きっと喜ぶわね。何度育てても赤ちゃんは難しいって嘆いてたものね』
オリビアはそう言ってキャロラインの時にもお世話になった乳母のステイシアを思い出して笑う。大分時間が経っているから断られるかと思ったが、ステイシアはそれはもう喜んで引き受けてくれたのだ。既にステイシアはオーグ家に泊り込みでオリビアの世話をしてくれている。
あれから、ヘンリーは見違えるように変わった。それまで仕事から帰ってきたらすぐに書斎に行って仕事の続きをしてベッドに入り眠り、翌朝また早朝から仕事に出かけていく。そんなヘンリーだったのだが、あの一件以来ヘンリーは仕事を一切家に持ち込まなくなった。
ずっとがむしゃらに働いていたヘンリーにオリビアが何故だったのかを聞いた所、ヘンリーは気まずそうに言ったのだ。
『……お前達を楽させようと思って』
そんなヘンリーにオリビアは言った。もしも落ちぶれても、私はあなたについて行く、と。それを聞いたヘンリーは泣きそうに顔を歪め、力いっぱいオリビアを抱きしめてくれた。それからだ。仕事の鬼だったヘンリーが生まれ変わったように変わったのは。
『そうだ、キャロライン。学園にイフェスティオ出身の者は居ないか?』
「イフェスティオ? 確か庭師のスミスさんがそうだったと思うけれど……」
『そうか! すまないがサツマイモをいくらか送ってはもらえないだろうか? イフェスティオのサツマイモは他所のに比べると格段に甘いらしい』
「サツマイモ? 聞いてみるわ。でも、サツマイモなんてどうするの? 父様」
『うん、今の内に離乳食の勉強をしておこうと思ってな』
「り、離乳食? 父様が?」
『そうなの! この人ってば、今お料理に凝ってるのよ。意外と美味しいものを作るから皆ビックリしてるのよ!』
『こらこらオリビア、意外は余計じゃないか?』
楽しそうに笑う両親を見ながら、キャロラインも笑った。本当に、夢みたいだ。
「聞いておくわ! アリスに言って何か美味しいものも送るわね。ビールはもう飲んでみた? 生ハムは? あと、バセット家で食べたチーズフォンデュも美味しかったわ! 次に帰ったら私がラーメンを作ってあげる。チーズフォンデュのレシピは送るから是非作ってみて。母様は絶対に好きだと思うわ」
何せもう一人で麺が打てるキャロラインである。今やアリスを抜いたかもしれないと思う程、細麺から縮れ麺まで作れてしまう。最近は卵麺もブームである。
そんなキャロラインにヘンリーは喜び、オリビアは呆れたようにヘンリーとキャロラインを見て言う。
『あなた達はやっぱり親子ね。そっくりだわ』
「そ、そうかしら?」
『そうか?』
少しだけすれ違っていたヘンリーとキャロライン。実はとても趣味嗜好が似ている。そんな二人を見たオリビアが、おかしそうにまだ小さなお腹を撫でながら笑った。
『この子も二人に似るのかしら? 楽しみだわ。この子が生まれて大きくなったら、皆でラーメンを作りましょう。教えてくれる? キャロライン』
「もちろんよ! 母様は栄養のあるもの沢山食べて、元気な赤ちゃんを産んでね。父様、すぐに美味しいもの送るわ。サツマイモも聞いておく」
『ああ、頼んだぞ。次の休みには一度帰ってきなさい。久しぶりに皆で食事をしよう』
「ええ! それじゃあ、また!」
そう言って電話を切ったキャロラインは、スマホを握りしめてその場で笑みを噛み殺しながら足をバたつかせた。
何か何とも言えない嬉しい気持ちが込み上げてきてじっとしていられない。きっとアリスなら走り出すんじゃないだろうか。そんなキャロラインに席を外していたミアが、心配そうに近寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか? お嬢様」
「ミア! 来年! 来年私に弟か妹が生まれるんですって!」
それを聞いてミアが両手で口を覆って顔を真っ赤にしてその場に座り込む。
「お、弟か……妹……? お嬢様に……? 旦那様と奥様に赤ちゃん……はわぁぁぁ」
「そうよ! 私に弟か妹ができるの! どうしましょう、ミア! 絶対に可愛いに違いないわ! だって、父様と母様の子よ!」
自分も二人の子だという事をすっかり忘れてまだ見ぬ弟か妹は絶対に美少年か美少女になると喜ぶキャロラインに、ミアはヨロリと立ち上がってキャロラインに抱き着いた。
「おめでとうございます、お嬢様! ああ、支度しなくては! いつ生まれるんです? 長期休暇取りますよね⁉」
「もちろんよ! 待って、ミア。支度って何の支度をするの?」
「そりゃ、生まれてくる子の帽子やら靴下を作らないと! いくらあっても赤ちゃんの下着は足りませんから、下着も縫わないと! 産着は……ステイシア様と相談しなければ! ステイシア様ですよね? 乳母は」
「え、ええ。そう言っていたわ」
「ですよね! すぐに、すぐに電話をしなければ!」
そう言って部屋から飛び出していこうとするミアを見てキャロラインは声を出して笑った。
「ミア、気が早いわよ! まだ当分先なのに、今からそんな事でどうするの?」
「だ、だって、お嬢様! じっとしていられませんよ! 今すぐにでも走り回って皆に言いふらしたい気持ちで一杯ですが、我慢して縫物をしようと思います!」
それを聞いてキャロラインは涙をグッと堪えた。
「ミア……ありがとう。やっぱり、あなたは私の一番の理解者だわ。ミアが縫ったものに私が刺繍をしても構わないかしら?」
「もちろんです! 是非お願いします! 私も離乳食の勉強をしておきます!」
自信満々に言い切ったミアに、キャロラインは頷きかけてそれを止めた。
「待って! いいの、ミアは離乳食は手伝わなくていいわ!」
何せ消し炭クッキーを量産するミアである。茹でる、もまともに出来ない人間に、離乳食は任せられない。
けれどミアに直接そんな事を言う事はキャロラインには出来ない。案の定、ミアはしょんぼりしてポツリと言った。
「それは、やっぱり私がお料理出来ないから……ですか?」
「違うわ。そうではなくて、離乳食を作るのは父様が楽しみにしているようなの。だから、それは父様に譲ってあげて欲しいのよ」
何とか誤魔化したキャロラインに、ミアは顔を輝かせて頷いた。
「旦那さまが! そういう事情なら分かりました! 私は下着を量産しますね!」
「ええ、お願いね」
ミアはそう言ってさっさと部屋を後にした。キャロラインの胸の中にじんわりと暖かいものが溢れる。
そう言えば、ミアだってそうだ。今までのループのどのミアよりもキャロラインの側に居てくれる。あんな人だなんて、思ってなかった。あんなにも可愛らしい子だったなんて。
「このループで最後にしてみせるわ、絶対に……私は……私よ!」
握りしめた拳を振り上げたキャロラインは、何だかどんどん行動がアリスに似てきているようで一人、部屋の中で顔を真っ赤にしてそっと振り上げた拳を下ろす。
まだ見ぬ弟か妹の為にも、キャロラインを支えてくれる人達の為にも、仲の良い両親の為にも、自分の為にも、キャロラインは決意を新たにループに挑もうと心に誓った。
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