第三百十九話 虫除けの魔法を使う者達

「気味悪いなぁ。どうしたの?」

「ちょっと、ね。ごめんなさい。それでね、アリスに聞いたんだけど、虫の対抗策を練っているんですって?」

「そうなんだ。アレックスさんにお願いしてね、人体に影響のないハーブだけで作った虫除けを作ってもらってるんだよ」

「ハーブだけで作った? それは安心ね。でも、効果はあるのかしら?」


 首を傾げたキャロラインにノアは頷いた。


「僕も色々アランと調べてたんだけどね、どうも妖精の中に一定数、虫除けをする魔法を使う子達がいるみたいなんだよ。普通にハーブだけじゃ無理だけど、その子達の魔法を使う事でどうにか出来ないかなって思ってさ」

「凄い魔法ね!」

「うん。僕もびっくりしたんだけど、ケーファーさんが教えてくれたんだ。僕達で言う特殊魔法の括りなんだと思う」


 世の中には不思議な魔法を使う者もいるものだ。ノアの言葉にキャロラインは深く頷く。


 ただ、その虫除けの魔法を使う妖精たちは、妖精界では迫害されているらしいのだ。というのも、自然に近い妖精たちは虫が元になった者も多い。そんな彼らからしたら、その力は恐怖でしかないようだ。


 結局、そういう妖精たちは行き場が無くて外の世界に追いやられ、奴隷に捕まるという悪循環が起こるらしい。ケーファーはそう言って申し訳なさそうに視線を伏せたのだが、ノア達からしたらその魔法こそ今必要なものである。人間は虫と戦って暮らしているからだ。アリスの教えに則って虫を殺してしまいたくはないが、麦を食べられるのはこちらにとっては死活問題である。除けられるのが一番いい。


 ノアの説明にキャロラインは口元に手を当てて考え込んだ。


「じゃあ、そういう妖精たちをアレックスさんの所に集めればいいの?」

「うん。一応もう手配はしてるんだけど、全然集まらないんだ。何せそういう子達だから引っ込み思案というか、隠れて暮らしてるらしくって、なかなか見つけられないんだよ」

「そうなの……困ったわね」

「僕達が直接言って説得できればいいんだけど、何せ妖精界は時間の流れが違うからさ、下手に行ったら戻ってきたら子供かおじいさんになってる可能性があるよね」


 それは避けたい。かと言ってフィルマメントにはこれ以上頼めない。誰か居ないか? ノアはそれを最近はずっと考えているのである。


「兄さま、レスターとヴァイスは? あの二人なら、妖精時間に干渉されないで行って戻って来れるんじゃないかなぁ?」


 それまでじっと座って二人の話を真剣な振りをして聞いていたアリスだったが、ふと思いついたのがレスターとヴァイスだ。あの二人はフィルマメントの加護がついている。もしかしたら行けるのでは? 単純にそう思っただけだったのだが、その言葉にノアとキャロラインが二人して身を乗り出してきてアリスの手を掴んだ。


「アリス! そうよ! あの二人に頼めばいいのよ!」

「僕のアリスはたまに、ほんっとうにたまに素晴らしい発言をするね! そうだった、あの二人が居たんだ! 早速そこらへんはどうなのかフィルちゃんに聞いてみよう!」


 そう言ってノアはスマホを取り出してフィルに電話をし始めた。スマホはいい。妖精界だろうがどこだろうが、どことでも瞬時に繋がれるのだから!


『はぁい、フィルだよ~』


 フィルマメントはずっと片言だったのを気にしていたのか、マーガレットと一緒にカインの元で毎日毎日発音の練習をしていたらしい。そのおかげで随分言葉が流暢になったと、妖精たちが褒めていた。


 妖精たちと言えば、急にキャラ変したフィルマメントに最初は戸惑っていたものの、今ではすっかり「姫さま、姫さま」と慕っている。


 というのも、あれほど人間嫌いだったフィルマメントが今は妖精たちと人間達が共に暮らしていけるように職業安定所を妖精界に作った張本人だからだ。


 カインに倣って下級妖精達の側に立ち、妖精王にも意見するフィルマメントを見ているうちに、妖精たちはフィルマメントへの認識を変えたらしい。


 そんなフィルマメントは、あれからずっと妖精界と人間界を行ったり来たりして不審なフェアリーサークルを見つけては塞いでくれている。本当に、彼女には感謝してもしきれない。


「ごめんね、忙しいところ。ちょっと聞きたいんだけど、今、時間大丈夫?」

『大丈夫。今から三時のラーメンタイムだから。あ! フィル、今日は豚骨で!』


 フィルマメントが炊きだしの準備をしているマーガレットに言うと、マーガレットは頷いて仲間たちの注文を取っている。日に日に増えていく仲間を見て、フィルマメントは目を細めた。これこそ、フィルマメントのやりたかった事だ。仲間たちと一緒に何かを成し遂げる。お姫様のお話も好きだったが、冒険のお話も大好きだったフィルマメントである。


「そっか、またラーメンとか色々送っておくよ。それで、レスターとヴァイスについて聞きたいんだけど、あの二人ってもしかして妖精界に自由に行ったり来たり出来たりする?」


 ノアの問いにフィルマメントはコクリと頷いた。


『出来る。加護がついてるから、あの二人には妖精界の時空は作用しない』

「そっか! ちょっとね、探してる妖精たちが居て、フィルちゃんは今フェアリーサークルで忙しいだろうから、あの二人に頼もうと思ったんだ」

『なに頼む?』

「もうすぐ、人間界に大飢饉がやってくる予定なんだよ。その被害を少しでも抑えるために、新しい虫除けを作ろうと思って。聞けば、妖精にはそういう魔法を使う人達が居るんでしょ?」

『ああ、エントマハンターだ』

「エントマハンターって言うの?」

『そう。彼らは他の妖精との繋がりを一切持たない、特殊な妖精だ』

「なるほど」

『まさか、レスター達にエントマハンターを説得させるつもり⁉』

 驚いたようなフィルマメントに、ノアは悪びれもせず頷いた。

「そのまさかだよ」

『だ、駄目! とにかくあの子達は気難しい! レスターが可哀相ダヨ!』


 思わず訛ってしまう程にはレスターをエントマハンター達の元には向かわせたくない。決して気性の荒い種族ではないが、大人しいとも言えない種族、エントマハンター。理不尽に背負ってしまった魔法のせいで、迫害され続けて不遇の生活を送ってきた者達だ。それをノアに伝えると、ノアはにっこり笑って言った。


「だからだよ。その境遇、レスターと近いでしょ? 他の人達が何を言ってもきっと聞いてくれないだろうけど、レスターならあるいは、話ぐらいは聞いてくれるかもしれない。何せ、レスターも不遇の生活をずっと送ってきた王子様だからね」


 適材適所だよ、と笑ったノアにフィルマメントはカインの言葉を思い出す。


『いいか、フィル。ノアは角とか羽根はないけど正真正銘の悪魔だから、気をつけるんだぞ。仲間で居るうちはいいけど、絶対に敵に回しちゃ駄目だからね』


 ふとそんな言葉を思い出したフィルマメントは、引きつったまま頷いた。


『ま、まぁ、何かあったらフィルにすぐ電話するように言って。助けに行く』

「うん、ありがとう。お願いね。それじゃあフィルちゃん、いつもありがとう。無理のない程度に頑張って」

『分かった。あ! ラーメン出来た。それじゃね!』

「はいはい。それじゃあ、また」


 ノアの言葉を聞き終えるや否や、電話はすぐさま切られてしまった。一部始終を聞いていたキャロラインとアリスが二人して神妙な顔をしている。


「どうしたの? 二人とも」

「ああ、いえ、レスター……大丈夫かしらと思って」

「三時のラーメンタイムって一体って思って……」

「……二人は本当に正反対だね」


 呆れたノアにキャロラインもアリスも互いの顔を見合わせて苦笑いを浮かべているが、この場合キャロラインが明らかに正常である。

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