第三百十八話 小麦の虫害対策
「勉強していたの? ごめんなさいね、邪魔してしまって」
「いえいえ! 推しに呼ばれたとあっては、拙者どこに居てもすぐに飛んで参りますぞ!」
「……えっとね、小麦を荒らす虫を退治したいのよ。何かいい案はないかしら?」
アリスのおかしなキャラを目の当たりにしたキャロラインは、それには触れずに出来るだけいつも通りに振舞おうとする。
アリスはそれを聞いてかけても居ない眼鏡をクイっと上げる仕草をすると言った。
「虫と一口に言っても色んな種類がいますぞ! ただ、大体の麦などにつく虫は限られていて、天敵の蜂を放しておけばよろしい! 後は……蜘蛛も有効ですぞ!」
「虫を放すの?」
「うむ! 食物連鎖を利用するのが一番じゃて!」
「……ねぇアリス? 口調がどんどん歳を取っているけれど、それはいいの?」
「構わぬ! 拙者は拙者ですぞ! しかしどんなに虫を放った所で、限界はある故一番早いのはやはり薬でしょうなぁ。そう言えば、兄上がアレックス殿に何やら頼み事をしておりましたな! ははは! 流石は我が兄!」
「……」
「……」
皆が口を揃えてアリスの勉強キャラは面倒だと言うが、初めてその意味を理解したキャロラインとミアは口を噤んだ。これは確かに面倒だ!
「とりあえず……ノアを呼びましょうか」
「そうですね。すぐにお呼びします」
そう言ってミアはキリにメッセージを送った。ノアはスマホをあまり見ない。これは皆の意見である。実際、ノアは本当にスマホを見ない。何か自分から発信する時だけ見るという、一番迷惑な奴なのだ。
そんな訳でミアがキリにメッセージを送ると、それからすぐにノアとキリがやってきた。
「どうしたの? キャロライン」
「失礼します」
「ごめんなさいね、二人とも呼び出してしまって。とりあえずお茶を淹れるわね」
「拙者、何か甘い物を欲していますぞ!」
「……お菓子も用意するから待っていなさい」
そう言ってキャロラインはミアに目配せをした。それに頷いたミアは苦笑いを浮かべて部屋を出ると、それにキリがついてくる。
「手伝います。すみません、お嬢様が」
「いえ、もう慣れました。こちらこそすみません、呼び出しておいてご用意が遅れてしまって」
「それは別に……ところで、何かありました?」
「はい。実は先程マリオさんからお嬢様に連絡があったんです。まだ少数ではあるのですが、どうやら虫が出始めたみたいで」
「なるほど。この時期はどこもそれで苦労をしますからね。まだ大騒ぎするほどではないのでしょう?」
「ええ。ですが、お嬢様はやはり飢饉を思い出してしまうみたいで、少し敏感になってるんです」
そう言ってミアは視線を伏せた。
何せキャロラインはループの記憶がある。もちろん、飢饉が起こってしまったエンドも見て来ている。だからある意味では誰よりも飢饉に対しては敏感なのだろう。ミアからすればこの時期はどこも麦に虫がついてしまうのは仕方ないと思うのだが、どうやらキャロラインはそれすらも飢饉に繋げてしまうようだ。
けれど、メインストーリー上では確かにそろそろ虫害が出だしてもおかしくないのも事実なのでキャロラインの心配も分からないでもないが、最近毎日ため息をついて手帳と睨めっこしているキャロラインを見ていると、胸が押しつぶされそうなミアである。
それをキリに伝えると、キリは頷いて口元に手を当てた。
「では、その不安を少し取り除きましょう。キャロライン様が飢饉を思い出して恐怖を感じるのは仕方ないのかもしれませんし」
「はい! 何か手だてはあるのですか?」
「手だてというか、ノア様がやはり同じようにもう少し対策をしておこうと言い出して、アレックス様に今、畑に撒く人体に影響のない薬品をお願いしている所なんです。今でも王都にはそう言った薬品がある事は聞いていますが、それよりもより安全な物を作ろうとしているんですよ」
「! そうなんですか! それを聞いたらお嬢様も少しは安心されるかもしれません! ありがとうございます」
笑顔で頭を下げたミアに、キリが小さく笑った。
「別にキャロライン様の為にした訳ではないですが、ミアさんは本当にキャロライン様が好きですね」
「はい! それはもう! あんなにも素晴らしい方にお仕え出来て、私は本当に果報者です!」
「それは……少し妬けますね。こうなったら、早くお嬢様に何かいい方法を思いついてもらわないと」
「? どういう意味です?」
キリの言ってる言葉の意味が分からなくてミアが首を傾げると、キリは薄く笑って言った。
「バセット領から毎日王都に通う方法を、お嬢様に思いついてもらわないと、俺が困るって言ってるんですよ」
「!」
キリの言葉にミアは耳まで真っ赤にして顔を覆った。どうしてこの人はこんな事をサラリと言うのだろう⁉ これが攻略キャラクターの成せる技なのか⁉
「大丈夫ですか? ミアさん。お顔が真っ赤ですよ」
「だ、誰のせいですか!」
「俺は別に誰が、とは言ってませんよ? 何を想像したんです?」
意地悪なキリにミアは顔をキッと上げて言った。
「も、もう知りません! は、早く準備しましょう!」
「ええ、そうですね。でないとお嬢様がお腹を減らしすぎてティッシュを食べだしてしまいかねませんから」
「……ティッシュ?」
「ええ。昔、お腹が空きすぎてティッシュを食べてました。ちょっと甘いとか何とか言って」
「えぇ⁉ は、早く準備しましょう!」
ミアはそれを聞いて足早に歩き出す。そんな後ろ姿を見ながら、キリは楽しそうに肩を揺らした。
キャロラインは手帳を開いてやっぱりため息を落としていた。
「どうしたの? 僕を呼びだすのは珍しくない?」
「そうかしら? あのね、さっきマリオさんから連絡があって、とうとう虫が出始めたみたいなのよ」
「ああ、チェレアーリの? 虫ってどれぐらいの量なの? それによっては対策も変わるけど」
「まだ少しみたいよ。でも、マリオさんも前回の飢饉の時の数字をあれから調べなおしてみたらしいの。セレアル中のをよ。凄いわよね。そうしたら、やっぱりどこも今年辺りからおかしくなり始めるんじゃないかって」
マリオは乾麺工場が軌道に乗り出したので改めてセレアル中の領主達を集めて会議を開いてくれたようなのだ。そこで前回の飢饉の動きと今回の飢饉の動きが酷似している事に、改めて気付いたという。会議を開いて全員で調べたところ、どこの数字もほとんど同じ動きをしていたというから笑えない。
そして今まではチェレアーリとシェーンだけが乾麺づくりに携わっていたのだが、これを機に他の領主達も動き出したらしい。
「セレアル中の領主達が今回の事で手を貸せないかって言ってくれているの」
そう言ってキャロラインはノアに嘆願書の束を見せた。それを受け取ったノアは一枚ずつ目を通していく。
「これは助かるね。ちょうどダニエルからも連絡があったんだよ。チャップマン商会だけでの販売は限界があるから、色んな店に委託しておいいんじゃないかって。あと、妖精王からも依頼が来てるらしいよ」
「妖精王から?」
「そう。フィルちゃんがさ、フェアリーサークル探しに今妖精界をウロウロしてるんだけど、途中でお腹減ったら乾麺取り出して皆で食べてるんだって。それを聞きつけた他の妖精たちが自分達も食べてみたいってなってるみたい」
その他の商品も、フィルが妖精界で使うから気づかぬ間に妖精界にも浸透しそうな勢いなのである。
「だったらこの話、お受けしてもいいかしら?」
「もちろん。宰相様も好きにやれ、金なら出すって言ってたし」
ノアの言葉にキャロラインは首を傾げる。
「そんな事言ってた?」
「言い方は違えど、概ね同じような意味だよ。王家にはルイスに頼んで既に少しずつ貯蓄を始めてもらってるんだ。王が良しとしないかなって思ってたんだけど、そこはステラ様が各地の収穫量のデータを王と宰相様に見せて説明してくれたみたい」
「それは聞いたわ。うちにもそのお話がきたみたいで、父様と母様に詳しく説明してちょうだいって言われたもの。あと……重大発表をされたわ……」
キャロラインはそう言って思わずニヤけそうな口元を引き締めた。そんなキャロラインを見てノアは首を傾げている。
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