第三百九話 敵なのか味方なのか

 学園に戻ると、やはりドンとアランは既に学園に戻っていた。流石ドラゴンである。とてつもなく早い。


 門の前で皆が勢ぞろいして出迎えてくれているのが嬉しい。馬車を降りて走りだしたアリスに気付いて両手を広げてくれたのはキャロラインだ。


「ただいまです!」

「お帰りなさい、アリス。アランに全て聞いたわ。大変だったわね」

「全然です! ほとんど偽シャルルが追い払ってくれたんで!」

「そうらしいわね。それも聞いたわ。あの人もよく分からないわね」


 困ったように言ったキャロラインの胸の中でアリスはコクコクと頷く。それがくすぐったくて体を離したキャロラインに名残惜しそうな顔をしつつ、アリスはライラに抱き着く。


「ライラ! ただいま!」

「お帰りなさい。心配したのよ、アリス。ちっとも連絡寄越さないんだから!」

「そうですよお嬢様。待っている方は気が気でないのですから少しは周りの事も考えて行動してください」

「兄さまにも言ってよ! 何でいっつも私にばっかり言うの⁉」


 アリスの言葉にキリは肩を竦めて小声で言う。


「ノア様に言って聞くと思いますか? 俺は思いません。そういう意味では、まだあなたの方が見どころがあります」

「……確かに」


 ノアはいつだって連絡を寄越さない。それはアリスも痛いほどよく知っている。真顔で頷いたアリスを見て、珍しくキリがアリスに同調する。ノアに対しての見解は、いつだって同じのアリスとキリである。


 そんな二人を見てノアは呑気に仲が良いなぁなんて喜んでいるが、一体誰のせいなのか、と。


「とりあえず全員無事で良かった! お菓子を沢山用意したから部屋へ行こうか」

「だな。大方アランから聞いたけど、もうちょっと詳しく聞かせてくれる?」


 ルイスとカインの言葉にアリス達は頷いて、いつものようにルイスの部屋へ向かった。


 部屋には既にアリスが大好きなお菓子がズラリと用意されている。それを見ただけで皆がどれほどアリス達を心配してくれていたのが伺えた。


 所定の席についたアリスが早速お菓子に手を出そうとすると、その手をいつものようにペチリとキリに叩かれる。


「先に話!」

「ふぁい」


 アリスはあちらに到着してからの事を順を追って話し出した。全て話し終えると、じっと聞いていたカインが不思議そうな顔をする。


「偽シャルルは敵なのにこちらを手伝ってくれたって事?」

「それなんだけどね、もしかしたら偽シャルルは一概に敵とも言えないかもしれないんだ。ちょっとシャルルにも話そうか」


 そう言ってノアはスマホを取り出した。


『ノア! 聞きましたよ、あなた達大変でしたね』

「ああ、もう知ってるの?」

『ええ。妖精の情報網を舐めてはいけません。洞窟で一部始終を見ていたゴブリンたちが教えてくれましたよ。ノアが怖い、と。あなた、何したんです?』

「別に何もしてないよ。ねぇ?」


 そう言ってノアはアリス達を見渡したが皆こぞって視線を背けてくる。何故だ。


『まぁ何でもいいです。とりあえずダニエルルートは無事クリアに向かっているようなので』

「そんな事分かるの?」

『ええ。エマとダニエルはこれで片付きました。あとはドロシーですね……こちらの方がちょっと厄介かもしれません』


 そう言ってシャルルは何かを確認するかのように手元のメモを見て顔を顰める。それを聞いて穏やかではいられないのはオリバーだ。


「どういう事っすか? ドロシー、やっぱり攫われるんすか?」

『そう……ですね。おそらくは』


 手元のメモには更新されたゲームルートが走り書きで書かれている。そこにはダニエルルートを攻略したエマのルートと、まだ始まっていないドロシーのルートが書かれているが、このドロシールートに不穏な分岐点が追加されていたのだ。さらにそのルートを辿ると、バッドエンドに繋がっている。


 そのメモを見せて説明したシャルルに、カインが言った。


「バッドエンドってさ……要はくっつかないってだけじゃないの?」


 乙女ゲームというものがイマイチよく分からないのだが、そもそも恋愛を主題にしているのなら、バッドエンドはただ付き合わないだけではないのか。


 そんなカインの疑問にシャルルも頷いた。


『本来なら、そうです。ただ、思い出してください。アリスが踏んだ数々の知らないバッドエンドを。あれを見る限り、ここは完全にゲームの世界という訳ではないという事が分かります。だからどんなバッドエンドに繋がるかはっきりと分からない、という事です』

「それじゃあ、最悪ドロシーがどうにかなる未来もありえる、とそういう事か?」


 ルイスの言葉にシャルルは神妙な顔で頷いた。


『はい。そしてこの分岐はもうすぐそこまで来ている。だから私はあちこちの教会に妖精の見張りを立てている最中なんですよ』

「どうして教会なんだ?」

「それはほら、ドロシーは教会から逃げてきたからでしょ。そんな事より、ドロシー側にも見張りをつけておいた方がいいんじゃないの?」

『そうですね。あまり目立たない者をつけておきます。それで、そちらはどうだったんです?』


 シャルルはメモを仕舞ってノアに問う。


「そうだった。まずは襲ってきたのは――」


 起こった事を全て話し終えたノアに、シャルルは腕組をして深く頷いた。


『デバッグ?』

「うん!」


 アリスがお菓子を頬張りながら頷くと、シャルルは口元に手を当てて考え込んだ。


『デバッグ……どういう意味なんでしょうね……あれにも書いてなかった……』

「ねぇちょっと! 一人でブツブツ言うの止めてくんない? さっきからぜんっぜん分かんないんだけど⁉」

『ああ、すみません。とりあえず偽シャルルはこの世界に入り込んだ外の人間を排除した、と。そして外の勇者とつながりがある、という事ですか?』

「そういう事だね。で、その勇者が僕達の師匠って事らしいよ」

『向こうの世界に勇者が居るのは聞いていましたが、なるほど、あなた達とそんな繋がりがあったんですね。ノア、早く思いだしてください。あなたが思い出さない事にはどうにもなりません』

「そうは言われてもね……」


 あれからずっと思い出そうとはしているのだ、ノアも。しかし何も思い出せない。これはもう、直接妖精王に頼み込むしかないのではないか。いよいよそんな事を考えているノアである。


 腕を組んで考え込んだノアに、キリが首を傾げて言った。


「すみません、つまりどういう事でしょう? 偽シャルルは敵ではない、とそういう事ですか?」

『敵かそうではないかはその人の主観によりますが、思っていたような敵ではない、という事ですね。最終決戦が終われば全てが分かるかもしれません。まぁ、その時にこの世界が維持できるのかどうかは……分かりませんが』


 偽シャルルはもしかしたらシャルルと同じ事が出来るかもしれない。もしもそうだとすれば、焦った偽シャルルが何をしでかすか分からない。


「よく分からんが、とりあえず俺達は今まで通りに動くしかないという事か」

「そうですね。まずはチャップマン商会を伯爵位にしてダニエル様とエマさんを片付けるのが先決かと」


 トーマスの言葉にルイスは頷いた。トーマスの言う通りだ。思ったよりも早くエマのストーリーが進んでしまった上に、ドロシーのストーリーまでもが始まろうとしている。これは早急にダニエルの爵位を合わせなければ。


「父さんに連絡しよう。乾麺の販売まで待っていられない」

「ですねぇ。いやぁ~どんどんややこしい事になってくるんだけどぉ~」

「全くだな。はっきり言ってもう、俺にはついていけなくなりそうなんだが」


 そう言ってルイスは大きなため息を落とした。

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