第三百八話 ノーマルではないエンド+おまけ

「兄さまはいつも手段を選ばないから……それよりも私は兄さまが手帳出した時に一番驚いたよ!」


 ただのコロンボンの手帳を取り出して見せた時には、流石のアリスも驚いた。そんなアリスにノアはにっこり笑って言う。


「いや、あの人達がどこから来たか知りたかったんだよ。コロンボンの手帳はこちらではどこにでも売ってるけど、外には無いでしょ? もしも知らなかったら本当に彼らは外から来た人だし、間違いなく最近きた所だって事が分かるな、と思って」


 もしもこちらに長く滞在していたなら、他にもあんな風に隊列を分けて潜んでいる可能性がある。それを調べるのに丁度良かったのだ。


「お前……よくあんな状況でそこまで頭回るな」

「それはほら、長年アリスで培われたからね。いつ何時でも最悪の事態を想定して動かないと、アリスはすぐにあれこれしでかすから」


 全く変な癖がついてしまった。でもそのおかげで今回は大きな犠牲者を出さず事が運んだので良しとしておく。


「さて、ここはもう大丈夫かな? さっきからリー君の電話が凄い事になってるから、ダニエル、リー君にも近況知らせてあげてね」

「そうだった! 心配……してたか?」


 バツが悪そうに顔を上げたダニエルにノはコクリと頷いた。


「凄く怒られると思うよ。本当はリー君が一緒に来たかったみたいだから」


 それでもリアンは後先を考えてオリバーにその役を譲った事をノア達は知っている。


 言い切ったノアの言葉を聞いてダニエルはその場でリアンに電話をし始めた。


『ダニエル! 無事なの⁉』

「リアン! 悪かったな、連絡遅くなって。この通り、ピンピンしてる」

『そか……良かった……ていうかね! ピンピンしてんならもっと早くに連絡寄越せたんじゃないの⁉ メッセージ送るとか色々出来たでしょ⁉ 大体ダニエルはいっつもいっつも――』

「お、おお、わりぃ」


 物凄い剣幕のリアンにダニエルはたじろいで頭を下げている。物凄い早口でダニエルを捲し立てるリアンの声を聞きながら、よくそんな口が回るな、などと皆が考えていた事は内緒だ。


 こうして、エマのダニエルルートの一番大きな山場は超えた。アリス曰く、この後はもう大きな事件もなく二人はラブラブになるとの事だったので、今日はもうこの街で一泊して翌朝学園に戻る事にしたのだが。


 翌朝、ノアはアランの腕にしがみついて離れない女の子を見て言った。


「アラン、その子連れてくの?」

「うーん……とりあえず実家に預けます。いいですか? アリス」

「うん」


 そう言ってアランの腕に張り付いて剥がれない少女を困ったように見下ろしてアランは言った。少女の名前はアリスという。何だか変な感じだ。


 アラン達が空に舞い上がったのを見たノアとオリバーとアリスは、ダニエル達に挨拶をして辻馬車に乗り込んだ。


 しばらく三人は無言だったが、ふとオリバーが思い出したように話し出す。


「あの時偽シャルルが言った言葉って、何だったんすかね?」

「あの時って?」


 アリスが首を傾げると、オリバーは腕を組んで話し出した。


「いや、どいつもこいつも邪魔ばかりしてくれるって言ってたじゃないっすか? それって、俺達の事っすかね?」


 オリバーがあの時の偽シャルルの台詞を思い出しながら言うと、ノアは小さく首を振った。


「違うんじゃないかな」

「どうしてそう思うんすか?」

「これ見て。あの洞窟で見つけたんだけど」


 そう言ってノアが取り出したのは、忘れたくても忘れられないオピリアの花と、何かが入った小瓶だった。


「! な、何でこれが⁉」

「分からない。でも、この花があったという事は、もしかしたらこの花自体が外から持ち込まれたものなのかもしれない。という事は、もしかしたら女王と偽シャルルは仲間なんかじゃないのかも」

「そんな! それじゃあどうして偽シャルルは俺達の邪魔ばっかり……ああ、でもそっか……あっちの邪魔をしてた……のか?」

「多分ね。だから僕達が追うべきなのは偽シャルルじゃなくて、キャスパーと女王なのかもしれない」


 もしかしたら、あの二人こそがこのルーデリアに混沌を持ち込んだ元凶なのではないのか。ノアは偽シャルルの話を聞いていてそんな風に考えている事をオリバーとアリスに伝えた。それを聞いてアリスはう~ん、と首を捻る。


「だったらどうして偽シャルルはそれを黙ってるんだろう?」


 何もそんな回りくどい事をしなくても、全部ゲロしてくれればいいのに。そう思ったが、ノアは首を振って説明してくれた。


「ダメなんだよ、それじゃあ。メインストーリーはシャルルとの決戦だから。この世界の時間を動かすには、どうしてもそれは避けられないんだ。形だけでもそれは絶対にしなきゃいけないんだと思う。そっか……だからアリスをノーマルエンドに行かせないようにしたのか……という事は、向こうも相当切羽詰まってるって事かな……」

「ノア? どういう意味っすか?」

「ん? ああ、いや、アリスが無理やりルイスルートに一瞬入ったじゃない? その後さ、ノーマルエンドに向かおうとしたのを偽シャルルは思考にまで魔法をかけて邪魔しようとしたでしょ? 何でそんな事したのかなってずっと不思議だったんだけど、多分どんな形でもいいからエンドを目指したかったのかなって思って。一番早いのはフラグが少ないルイスルートだよね? だからもうそのままでエンドを迎えさせようとしたのかもしれないなって思ったんだ」

「何でっすか? そんな事したらルイスとアリスがくっついてまたループが始まるんじゃ?」

「いや、そうはならないよ。今回はちゃんと皆の爵位も合ってるし、どこも間違いが無いんだ。だからどんな形でもエンドさえ迎えてしまえば、多分ループは終わるって偽シャルルは踏んだんだと思う」


 分からないのはどうして急にそんな事をしだしたのか、だ。ノアは腕を組んで考え込んだ。これは持ち帰って皆の意見も聞かなければ。そんな事を考えながらノアは大きく伸びをしてアリスの頭をグリグリと撫でた。


 突然頭を撫でられたアリスは驚いたが、考えすぎて疲れた時はこうやってアリスを触ると癒されるノアである。そんな事を知らないアリスは、やはり目を白黒させているのだった。




おまけ『チビアリス』



 昨夜、チビアリスは目を覚ますなりすぐにアランの姿を探した。アランが居ないと言って泣きじゃくるチビアリスを見兼ねたダンが、夜中にも関わらず宿にやって来てアランを連れてきた所、それからずっと離れないのだ。


 話を聞くと、少女は孤児院から売られた少女だったという事が分かった。年齢はまだ僅か九歳だ。そんな少女に一体何をしようとしていたのか、アランはそれを聞いて青ざめてチビアリスを抱きしめた。何度も、もう大丈夫だと言い聞かせ眠るまで側に居てやったのがいけなかったのか、少女はそれからずっとアランから離れようとしない。


「まぁ、クラーク家なら喜んで保護してくれるでしょ」

「それはまぁ、そうでしょうね……アリス、僕は居ませんが、うちで良い子に出来ますか?」

「出来る。お手伝いもする」

「そうですか。一応、両親にはもうあなたの事は話しているので、僕が卒業するまでは両親を助けてやってください」

「うん」


 チビアリスはそう言ってしっかりと頷いた。


 チビアリスは孤児院から売られた時に悟った。もう自分に未来などないのだと。どこかに売られてそのまま死ぬまで嬲り殺されるに違いないと。だから足にナイフを突き立てられた時も、どうせなら殺してくれればいいのに、とさえ思った。どこへ行ってもどうせ同じなのだから。


 ところが、部屋に戻されたチビアリスの状況が一変したのは、それからすぐ後の事だった。


 足から出る血をどうにかしようとドレスを破いて押さえていると、チビアリスの居た部屋にアランがやってきたのだ。今度はこの人が自分をどこかに連れて行くのか。

 

 そんな事を考えていると、アランはチビアリスの姿を見るなり駆け寄って来て、無言で足の怪我の治療を始めた。怪我の治療など生まれてこの方された事がない。


『……ありがとう』


 ポツリとチビアリスが言うと、アランは顔を上げて笑った。長い前髪の間から見えた宝石みたいな紅い目が、もう大丈夫と言ってるみたいで、チビアリスは安心して気を抜いたと同時に意識を失ったのだ。この時に何となく幼いチビアリスにアランの側は安心だという認識が刷り込まれてしまった。


 アランの手を離さないチビアリスを苦笑いして見ていたノアは、アランに言う。


「じゃあ、僕達は辻馬車拾ってのんびり帰るよ。アラン達の方が学園に着くのは早いかも」

「分かりました。ではまた学園で」

「うん、気をつけて」

「はい、そちらも」


 そう言ってチビアリスはアランとしっかり手を繋いでドンに乗り込んだ。ドラゴンは狂暴で火を噴くから近寄ってはいけないと聞いていたが、このドラゴンは随分大人しい。


 そっと撫でると、サラサラの毛からいい匂いがして思わずチビアリスはドンの毛に顔を突っ込んで匂いを嗅いだ。


「ドンは綺麗好きなんです。毎日ラベンダーの精油で梳いてもらってるんですよ」

「ラベンダー? いい匂い」

「そうですか? じゃああなたにも僕からプレゼントしましょう。では、行きますよ。しっかり捕まっていてくださいね」

「うん」


 チビアリスはアランにしっかり抱き着いた。すると、ふわりとアランから薬草のような匂いがする。この匂いも好きだ。そんな事を考えながら、チビアリスは初めての空中散歩を楽しんだのだった。

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