第三百七話 すっかり家族のように

 その後フランの治療をしている間にマリーは街中を走り回ってドロシーを探していた。もしかしたら攫われたのかも……なんて悲壮な顔をして戻ってきたマリーにダニエルは飛び上がって診療所を出ようとしたので、止めるのが大変だったのだ。


『離せ! ドロシーは家族だ! どっかで一人で泣いてたらどうすんだ!』


 そう言って叫ぶダニエルを止めるのにどれほど骨が折れたか。それをドロシーに伝えると、ドロシーはオリバーを見上げて泣きそうな顔で笑った。


「良かったっすね、ドロシー」


 良かった。皆ちゃんとドロシーを心配していた。それが分かっただけでもオリバーの心の中からモヤモヤが消えて行く。


 マリーはどれほどドロシーを探し回ったのか、スカートの裾は泥でぐちゃぐちゃだし、フランはまた傷が開いたのかシャツにうっすら血が滲んでいる。それに気づいたオリバーはギョっとしてフランの腕を引いた。


「フ、フラン! 傷、また傷開いてるっす!」

「え? おおぉぉ! い、いてぇ!」

「きゃぁ! ド、ドロシー! ぬ、布持ってきてちょうだい!」


 そんなフランとマリーにドロシーは慌てて頷いて診療所の中に消えて行く。


「オリバー、ありがとう。ドロシーに気付いてやってくれて」


 ドロシーが布を取りに行ってる間、フランがポツリとそんな事を言った。それを聞いてオリバーはそっと首を振り、診療所の入り口で布を抱えてこちらを見ているドロシーに気付き言った。


「ドロシーはああ見えて芯は強いんで。俺が気づかなくても、ちゃんと戻ってきたっすよ」

「いや、それはそうかもしれないが、誰にも気づかれないってのは辛いからな……ありがとう」


 そう言ってフランとマリーが二人してオリバーに頭を下げてきた。その姿はもう立派なドロシーの両親のようだ。


「じゃあ、これを受け取ってやってください。ドロシーが皆にって花摘んできたんで」


 そう言ってドロシーが今しがた投げ捨てた花を拾いながら言うと、フランとマリーは拾いながら本当に嬉しそうに笑った。


「馬鹿だなぁ。ドロシーがいりゃ他には何にもいらねぇのにな」

「本当よ。でも、とても綺麗ね……ドロシーってば」


 しゃがんで花を拾いながらそんな事を言う二人の姿を、診療所の入り口に居たドロシーはしっかり聞いていた。涙を浮かべてオリバーに目配せしてくる。それを見てオリバーも小さく頷くと、ドロシーは駆け寄って来てフランの背中に勢いよく抱き着く。


「うぉぉ! いってぇぇ! ド、ドロシー⁉」

「あらあら、パパ冥利に尽きるわね。ドロシーがこんな風にフランに抱き着いてくるの、初めてじゃない?」

「は、ははは! 本当だな! し、しかしだなドロシー、ちょっと今は……いてて」


 痛いやら嬉しいやらで複雑な表情を浮かべるフランを見て、オリバーはそっとドロシーの体をフランから離してやった。これぐらいの意趣返しは許してやってほしい。そんな事を考えながら。



 アランは苦しそうに呻く少女を抱えなおすと、ようやくたどり着いた街の診療所を目指した。そこには既に回復したダニエルを中心にチャップマン商会の皆が談笑している。それを見てエマの魔法が無事に成功した事を知ったアランはホッと息を吐いてダンに少女を渡した。


「すみません、足に怪我をしてしまったんです。あとその他の傷も酷くて……この子を見てやってくれませんか?」

「これは……可哀相に……一体何があったんだね?」


 ダンは少女の怪我を見て息を飲んだ。何か酷い目に遭ったのか、体中傷だらけだ。特に破れたドレスの背中には鞭の跡がミミズ腫れになって真っ赤になっている。それには出来るだけ触れないようにダンがうつ伏せに少女を寝台に寝かせたのを確認したアランは、そっと部屋を後にした。


「アラン! お前も来てくれたんだな!」


 部屋に姿を現したアランを見てダニエルが手を上げると、アランは笑顔で頷いてドロシーに視線を移した。


「ドロシーさん、桃の事なんですが、学園に戻ったらすぐに治します。そうしたらまた一緒に居てやってくれますか?」


 コクリ。


 ドロシーは間髪入れずに頷くと、持っていた白い花をアランに差し出した。


「これは……桃に?」


 コクリ。


「そうですか。きっと喜びます。桃は少しだけお預かりしておきますね。治ったらすぐにオリバーに連れて行かせます」


 それを聞いてドロシーは顔を綻ばせて頷いた。その時、頭の奥に桃の声が響く。


『ドロシー、ドロシー、聞こえるか?』

「!」


 キョロキョロと辺りを見渡したドロシーを見てアランが首を傾げていると、ドロシーがアランのポシェットを凝視している。


「ドロシー?」


 アランはポシェットの中からひしゃげた桃を取り出してドロシーに渡してやると、ドロシーは涙ぐんで桃を受け取って動かない桃に頬を摺り寄せている。


『言っただろ? 桃は大丈夫。今はちょっと動けないが、桃のレイピアをドロシーが持っていてくれ。桃、次は負けない。戻ったらまた一緒に修行だ』


 コクリ。


 ドロシーは涙を拭って頷いた。桃は無事だった。大切なレイピアを受け取ったドロシーは、それを大切に布にくるんでポシェットに入れてまた桃に耳を寄せる。


『桃、ちゃんとドロシーを守れた。オリバーとの約束も守れた。こんなに嬉しい事はない。桃はこれからもずっと、ドロシーのナイトだ。桃が戻るまで泣くな、ドロシー』


 コクコク。


 ドロシーはキッと視線を上げて桃を抱きしめる。


『おいおい、そんなに抱きしめたら本当に壊れちまう。全く、ドロシーはしょうがないな。泣きたくなったらハンカチはいつもの所に仕舞ってあるからそれを使え。使ったらちゃんと洗うんだぞ。あと……花、ありがとな』


 頭の中に響く桃のいつもの声にドロシーは笑み零れた。本当に……良かった。


 そんな二人を皆が優しく見守っている。やがて桃との会話が終わったドロシーがそっと桃をアランに渡すと、アランはそれを大切そうに受け取ってまたポシェットに仕舞ってドロシーの頭を撫でる。


「大丈夫です。桃の帰りを待っていてやってください」


 コクリ。


「レイピア、全然離さなかったのはドロシーに渡す為カ。桃、戻ったらまた修行だダ」

「!」


 突然の声にドロシーが驚いて部屋の入り口を見ると、そこにはコキシネルとケーファーが立っている。


「お前達! 良かった、無事だったんだな!」

「ダニエルも無事だったカ。良かっタ」

「ああ。エマが……助けてくれた。自分の魔力を使い切って……」


 そう言って視線を伏せたダニエルに、遅れてやってきたアリスが部屋に飛び込んできて言った。


「そんなのどうって事ないない! ダニエルがエマを幸せにしてあげれば何も問題ないよ!」

「アリス……そうだな。エマは俺が責任もって幸せにするって誓う。ありがとな」


 アリスに言われるまでもなく最初からそのつもりだったが、こんな風にはっきりと言ってもらうと何だか自信が湧いてくる。笑顔で頷いたダニエルを見て、アリスも嬉しそうに頷いて洞窟であった事を整理すべくノアも交えて話し出した。


「――と、言う訳なんだ。今回ばかりは流石の僕もどうしようかと思ったよ」


 苦笑いを浮かべたノアに、オリバーとアランは白い目を向ける。


「そんな事言って、あの女の子が刺された時、驚きもしなかったじゃないっすか」

「そうですよ。ノア、流石にあれはどうかと思いましたよ」

「そうは言うけどね二人とも、あそこで僕が動揺してたらどうなってたと思う? ケーファー達がそのまま連れて行かれてたか、最悪アリスがキレて惨劇になってたと思うよ? それに、奴隷商人にとってあの子達は商品なんだから、そこまで酷い事はしないって思ったんだ。最初から殺す気なら足にはナイフ刺さないでしょ? 脅すんなら首にナイフをあてる」

「いや、それはそうかもしれないっすけど……流石にちょっと……どうかと思うんすよ」

「ですね。何だかノアの本性を見た気がしました……」


 そっと視線を逸らした二人を見て洞窟で何があったのかを察したダニエル達は口を噤んだ。何となくだがその場に居たらダニエルが発狂しそうな事をノアはしたのだろう。

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