第三百六話 ドロシーの葛藤
「ド、ドン! ちょ、舌噛みそうなんすけど! てか、い、息、できな……」
確かにオリバーは最速で、とは言った。しかし、まさかここまでだとは思っていなかった。いつも学園ではヘロヘロしか飛べないのに、一体いつの間にこんなスピードで飛べるようになっていたのか! それに驚きである。
気がつけば既に眼下には街が見えて来ていた。ドラゴンがよほど珍しいのか、街の人達がこぞってこちらを見上げている。
そりゃ既に幻だと言われていたドラゴンがこんな風に頻繁に街にやってくる事なんて誰にも想像出来なかっただろうから仕方ない。
気づけばあっという間にオリバー達は診療所の真上に居た。ドンはゆっくり診療所の前に降りると、そこで待っていたブリッジとレッドに顔を擦り付けて再会を喜んでいる。そんな光景を見ながらふと、オリバーはブリッジの口にくわえられたドロシーのリボンに気がついた。
「ブリッジ? それ、ドロシーのっすよね?」
「ウォン!」
ブリッジはそう言ってオリバーにリボンを渡すと、ついてこいと言わんばかりにオリバーのズボンの裾を引っ張る。
大人しくそれに従ったオリバーが診療所の裏まで来ると、そこには小さなプレハブ小屋が建っていた。中に入るとそこには、無事だった皆の荷物が置いてあるが、何故かドロシーのスマホだけがその場に置かれていて、オリバーは青ざめた。
「ブリッジ、ドロシーは?」
「キュゥン」
ブリッジはそう言って今度は小屋の外に出て、診療所の奥の林に向かって走り出したではないか。そのブリッジの行動にオリバーは自分の勘が当たっていた事に気付いた。
ふと見上げた院内からはダニエルの怒声とフランの声が聞こえてきてオリバーは走り出した。
ドロシーが出て行ってしまったかもしれない。誰も気付いていないのか? 治るとは言えドロシーは目の前で桃を握りつぶされたのに、誰もその事を気にかけていないのか? オリバーの中でどんどん嫌な気持ちが増幅していく。
林に入ると前日に雨が降ったのか、あるかないか分からないような道はグズグズにぬかるんでいた。そのおかげでドロシーの小さな足跡が点々と林の奥に続いているのが見える。
オリバーはぬかるみに足を取られないようにしながら急いで足跡を追った。どうにか林を抜けると、そこには見渡す限り一面に白い花が咲き乱れていた。甘い香りが風に乗ってフワリと漂ってくる。
「こんな所があったんすね……」
オリバーは花畑を見てポツリと言うと、隣に居たブリッジが突然走り出した。オリバーもそれに気付いて急いでブリッジを追いかけると、花畑の真ん中にドロシーは居た。金色の髪が透けるように風になびく様はお世辞抜きに綺麗だ。
ドロシーはその場で蹲っていた。それを見てオリバーは血相を変えてドロシーに駆け寄り、その小さな肩を引いてゴクリと息を飲んだ。
「ドロシー!」
「⁉」
思い切り肩を掴まれたドロシーは驚いて振り返った。そこには泣きそうに顔を歪めたオリバーが立っている。それに気づいたドロシーは持っていた花を投げ捨ててオリバーに抱き着いた。
「何、やってんすか……心配するじゃないっすか」
コクリ。
ドロシーは頷いてオリバーのお腹にグリグリと頭を擦り付けてくる。
オリバーはそんなドロシーを抱きしめるとしゃがみ込んでドロシーと視線を合わせた。
「何でスマホ置いてったりしたんすか? どっか行ったかと思って心配するっしょ?」
そう言ってドロシーの顔を覗き込むと、ドロシーは申し訳なさそうに忙しなく指を動かす。それを見てオリバーが自分のスマホを渡すと、ドロシーはすぐさまメッセージを打ちだした。
『ごめんなさい。雨が降ってたからスマホが濡れたら困ると思って』
「そうだったんすね……はぁぁ……あんまビックリさせないで。ドロシーがどっか行ったらどうしようかと思った……」
『ごめんなさい……お花の匂いがしたから、皆、喜ぶかなって思って……桃も……』
そこまでメッセージを打ってドロシーは涙を零した。
桃はとても勇敢だった。オリバーに言われた通りにドロシーを守って、握りつぶされてしまった。それでもレイピアは絶対に離さず、ドロシーに逃げろと言ったのだ。桃は大丈夫だから、と。いつもドロシーの側に居て色んな話をしてくれた桃……。
ドロシーはレイピアで街を指した桃を思い出してとうとうオリバーに抱き着いて泣き出してしまった。
本当はずっと我慢していた。ダニエルが戻ってきた時もフランが戻ってきた時も、エマとマリーがダニエルとフランが助かって喜んでいる時も、本当は泣きたかった。
二人が助かって嬉しいのに、桃だけが戻って来ない。一緒に喜びたいのに、そんな気持ちとは反対にどんどん嫌な子になっていくようで、ドロシーはこっそり診療所を抜け出したのだ。
そんなドロシーの心などお見通しだとでも言わんばかりにオリバーはドロシーを抱きしめてくれた。
「よく我慢したっすね、ドロシー。桃ね、ちゃんと治るらしいっすよ」
「!」
「桃はドロシー達を守ったあと、ずっと現在地を仲間に送っていたらしいんすよ。だからドンとアランがここまで来れたんすよ。桃は本当に頼りになるっすね」
オリバーがドロシーの髪を撫でながら言うと、ドロシーはコクリと小さく頷いた。
鼻をすすりながらどうにか笑おうとするドロシーを見て、オリバーは苦笑いを浮かべる。
「無理して笑わなくていいんすよ。やっぱり、ドロシーには桃が居ないとダメっすね。何でも自分で解決しようとするんだから」
コクリ。
ドロシーは頷いてオリバーに抱き着いた。桃はちゃんと治る。ちゃんと戻ってくる。それが分かっただけでもドロシーにとっては嬉しくて、また涙が溢れて来た。
どれぐらい泣いていたのか、その間ずっとオリバーはドロシーを膝の上で抱きかかえていてくれた。
ようやく泣き止んだドロシーがおずおずと顔を上げると、オリバーが珍しくニッコリ笑ってくれる。
「もう大丈夫っすか?」
コクリ。
「じゃ、花摘んで帰ろう。きっと皆も心配してるっすよ」
コクリ。
ドロシーがオリバーの膝の上から降りると、足元にさっき投げ捨てた白い花が沢山落ちていた。どうやらブリッジが集めてきてくれていたらしい。
ありがとうの意味を込めてブリッジの頭を撫でると、ブリッジは嬉しそうに尻尾を振ってまた花を探し出す。
「はは、ブリッジもドロシーが元気になって喜んでる」
こくり。
三人はその後両手一杯に花を摘んで診療所に戻った。戻ると診療所からマリーとフランが涙で顔をグチャグチャにしながら飛び出してきて、オリバーを押しのけてドロシーに抱き着いて来た。
「どこ行ってたの⁉ ずっと探してたのよ!」
「そうだぞ! ダニエルなんて心配しすぎてすぐにでも探しに行くとか言うから抑えるの大変だったんだぞ! マリーに会えたのも嬉しいが、ドロシー、お前はもう俺の娘でもあるんだからな! 今後は勝手に一人でどっか行くのは許さないぞ!」
こんな美少女がフラフラと一人で歩いていたら、どこの虫が寄ってくるとも限らない。フランはマリーごとドロシーを抱きしめておいおい泣いた。
確かにフランは戻って来た時に真っ先にマリーを抱きしめた。そしてドロシーを抱きしめようと思ったら、既にドロシーの姿が無かったのだ。すぐにでも探しに行こうと思ったが、腹の傷が開いてしまってそれが出来なかった。それでも探しに行こうとすると、街の皆に取り押さえられて止められてしまったのだ。
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