第三百五話 人生の中で一番凄かった女の子

「……」


 何かがおかしい。偽シャルルは本当に敵なのか? それとも、前にアリスが言ったように、彼にも何か事情があるのか? 考え込むノアの顔を満面の笑みのアリスが覗き込んでくる。


「兄さま! 師匠生きてるんだって! あっちで勇者やってるって! 流石師匠だね!」

「……そうだね。まぁ、アリスもここで十分勇者やってるけどね」


 ノアはそう言って嬉しそうなアリスの頭を撫でて微笑んで見せたが、心の中ではどうにも拭えない疑問が横たわっている。偽シャルルと師匠は、どうやら知り合いのようだ、という何とも気味の悪い疑問が――。


 それからも洞窟の中を探っていると、ようやくオリバーが戻って来た。


「遅くなったっす!」

「オリバー! ダニエルとフランは?」


 ノアは一旦偽シャルルと師匠の繋がりを脇に置いておいて、戻って来たオリバーに事情を聞いた。こちらもこちらで大変なのだ。とりあえず自分達はどうにかしてメインストーリーを攻略する方が先である。


 ノアの言葉にオリバーは小さく頷いて話し出した。


「フランは大丈夫っす。ダニエルの様子は見れてないんすけど、多分マリーとドロシーが一緒に迎えに出て来てたんで大丈夫なんじゃないっすかね」


 そう言ってオリバーは街の様子を手早く話し、皆で洞窟を後にした。


 洞窟の前ではドンが鼻息を荒くしてソワソワしている。


「ドン、ありがとう。本当に助かったよ」

「ギュ!」


 ドンはノアに褒められたのが嬉しくて、大きな顔をノアにグリグリと擦り付けた。そんなドンの頭を撫でてキスしたノアに、ドンは分かりやすく体を捩って照れている。


「ドンはノアが本当に好きですね。私は自分で飛びますので、ノアとアリスさんはドンに乗って先に街に向かってください」

「うん! あ、後ねアラン様……桃なんだけど……」


 そう言ってアリスはポケットの中に居た桃をそっと取り出した。


 それを見てケーファーが息を飲み、コキシネルが悲鳴を上げて飛びついてきた。


「桃! 桃、どうしテ⁉」


 桃とドロシーはコキシネルの大事な弟子だ。コキシネルはアリスの手の平からひしゃげて動かなくなってしまった桃をそっと抱き上げると、羽根を震わせて涙を零した。こんなになっても手にはしっかりとレイピアが握られていて、何だかそれが余計に桃の勇敢さを物語っている。


「桃ね、多分ドロシー達を守ったんだと思う。桃を握りつぶしてた奴、アキレス腱切られてたの」


 ポツリと言ったアリスの言葉に、コキシネルは声を上げて泣いた。


 こんな事になるなら、あんな事教えるんじゃなかった! 


 そう叫んだコキシネルの肩にオリバーが優しく手をかけて言った。


「それは違うっす。桃は、ドロシー達を守れて嬉しかったと思うんすよ。桃は勇敢だから、たとえ習ってなくても絶対にドロシー達を守ろうとしたと思うんす。でも、あんたが桃にも戦える方法を教えてやってくれたから、ドロシー達は無事だった。俺は、そう思うんすよ」


 そう言ってオリバーもそっと桃を撫でた。桃とドロシーが大事にしていたカツラが滅茶苦茶になってしまっている。何だかそれが可哀相で、そっと手櫛で直してやった。そして、桃が握りつぶされるのを見ていたであろうドロシーの事が、途端に心配になってくる。


 遠目だったからはっきりと見えなかったが、マリーの隣に居たドロシーは、とても苦しそうな顔をしていたから。


「桃は大丈夫ですよ。僕達にずっと自分の居場所の信号を送ってきていたので」


 そう言ってアランはコキシネルの手から桃を受け取ると、そっと寝かせるようにポシェットに入れた。


「どういう意味なノ?」

「この子達は思考を共有しているんです。核になっているのは中に入っている人口脳なので、そこさえ壊れていなければ、いくら外側が壊れてもちゃんと元に戻ります。学園に戻ったら、先生にお願いしてまた空気人形を作りましょう」

「性格とかは大丈夫なんすか? 外側が桃でも、中身が桃じゃなきゃ……意味ないっす」

「大丈夫。言ったでしょう? 脳さえ無事であれば性格も同じです。ドロシーさんに早くお知らせしてあげてください」


 そう言って微笑んだアランは、肩に居たパープルを一緒にポシェットに入れて、桃を頼むと伝えると、パープルは頷いてそのままポシェットの奥に消えていった。


 それを聞いたオリバーは、すぐさまドロシーにメッセージを送ってみたが、いつもならすぐに返ってくる返事が一向に戻って来ない。こんな事は初めてだ。


「アリス、ノア、悪いんすけど、俺がドンに乗ってもいいっすか?」


 スマホから顔を上げたオリバーの顔を見て、アリスもノアも頷く。


「いいよ。僕達は馬に乗るから」

「わぁ~い! 兄さまと二人乗りなんて久しぶり! どっちが手綱握る⁉」

「え、そこは僕でしょ。アリスの走らせ方は危ないからダメ。馬にも負担になるし」

「ぶー」


 アリスは分かりやすく頬を膨らませると、いそいそと馬に乗り、ノアが乗ってくるのを待っている。ヒロインであれば、上から王子様に腕を引っ張り上げてもらう所だが、いかんせんアリスにそんな情緒は無い。


「じゃあそういう事で。また街で」

「はい」

「っす。ドン、悪いんすけどスピード最大出力でお願いするっす」

「ギュ!」


 オリバーがドンに乗ってそう言うや否や、あっという間に舞い上がってそのまま見えなくなってしまった。


「ドンちゃん、はや~い!」

「ね。じゃ、アラン、ケーファー、コキシネル、行こうか」

「あア」

「うン」

「ですね。私もこの子の治療がしたいので先に行きます」

「うん、よしろしくね。じゃ、僕達も行こうか」


 そう言ってノアは馬に乗って走りだした。こんな風に乗馬するなんて久しぶりだ。ましてや前にアリスを乗せて走るなんて、何年ぶりだろう? 何だかくすぐったい。


 隣にはケーファーとコキシネルがノア達を守るように飛んでくれている。


「ノア達は向こうの勇者と知り合いなのカ?」

「うん。僕達の師匠なんだよ。だからビックリしてる。まさか師匠が生きてて向こうで勇者してるなんて、思いもしなかったから。二人は勇者の事、何か知ってるの?」

「名前だけだガ。勇者に助けられた仲間は多イ。ある日突然現れテ、子供のくせにやたらと強かっタ」


 ケーファーはそう言って一度だけ遠目に見た勇者の姿を思い出した。剣術が得意なのか、長剣に炎の魔法を纏わせて戦う様は、正に勇者に相応しかったのだ。


 そんな事を思い出していたケーファーに、ノアは首を傾げて言った。


「子供? 師匠は五十代ぐらいだったよ?」


 師匠がバセット領にやって来た時は既におじさんだったのだが……。ノアの問いに答えたのはコキシネルだ。


「多分、フェアリーサークルのせイ。若返ったんだと思ウ」

「なるほど。そう言えば僕も若返ったんだもんね。そっか、師匠は大活躍してるんだね」

「会いたいなぁ!」


 ね? とアリスはノアに同意を求めてにっこりと微笑んだ。そんなアリスにノアも頷く。


「勇者エリスはずっと仲間を探してル。一緒に戦える人ヲ。でも、審査厳しイ。基準が高すぎル」

「そうなの?」

「ああ。自分が見て来た中で一番凄かった女の子はこんなもんじゃ無かったっていつも言うらしイ」

「それって……」


 ノアはチラリと視線をアリスに向けた。いや、師匠の事だ。きっと色んな所で誰かに色々教えていたはずだ。アリスじゃないない!


 ノアは自分の考えを否定するように首を振って、久しぶりのアリスと馬の二人乗りを心行くまで満喫していた。

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