第二百七十三話 スペンサー家のタイヤ事情+おまけ

「まぁ、正常な反応ですよ、スーザン様。ちなみに、あのチャップマン商会の片割れはリアン様ですからね」

「はぁ⁉」

「黙っててごめんね。だからあんまり暴れられなかったんだ。やっぱ心象って大事じゃない?」


 チャップマン商会の名を汚す訳にはいかない。だから出来るだけ自重したリアンである。その代わりアリスがちょくちょくアマリリスに変身していたが、そういうのはこの破天荒娘に全て任せておけばいい。


「そうですわよ。でも、中身がこれだから誤解するのも当然ですわよ。スーザン、遊びにいらしてね、うちにも」

「ベ、ベルもその……?」


 まさかとは思うが、イザベラもなのか? そう思った矢先、イザベルは首を振った。


「私は何もしていませんわ」

「まったまた~うちの宣伝隊長が何を言うか! 全部全部スペンサー家が流行らせてくれたんだよ。それはベルがお父さんにちゃんと伝えてくれたからだって、皆知ってるんだからね!」


 このこの! と肘で突いてくるアリスに、イザベラは恥ずかしそうに眉を下げる。


「はぁぁ……人は見かけによらない……おかしいと思ったのよ。シャルル様にあんな口利くんですもの……」

「そうだよ! どんな人も話してみなくちゃ分かんないよ! 爵位なんて、たまたまそこに生まれただけ! その人の人生は本人が切り開くものなのだ! と言う訳でスーザン、ありがと。最初はどうなる事かと思ったけど、後半は凄く楽しかった!」


 手を差し出したアリスに、スーザンもスッと手を差し出してきた。硬く握り合い、スーザンがスマホを買ったら、必ず番号を交換すると言う約束を取り付けて一週間のフォルス校外学習が終わったのだった――。



 フォスタースクールに着くなり、リアンはヨロヨロと腰を押さえてアリスに詰め寄った。


「ねぇ、頼むから早くタイヤ開発して。あれを知ってしまうと、もう二度とゴムの無いタイヤには戻れないから」


 リアンに真顔でそんな事を言われて、流石のアリスも頷いた。


「あら、多分すぐですわよ。行きの馬車で父に言いましたもの」

「そうなの?」

「ええ。あれは全ての馬車につけるべきですわ!」

「それは僕も同意するよ」

「ひっ⁉」

「兄さま!」


 イザベラの後ろから突然現れたノアに、アリスは勢いよく抱き着いた。ノアはそんなアリスを軽々受け止めてリアンの肩を叩く。


「安心してリー君、スペンサー伯爵のおかげで、ゴム工場とゴム畑が増やされたから」

「え?」

「実はね――」


 ダニエルが帰った後、ノアはダニエルに貰ったメモの番号に電話をした。すると、スペンサー伯爵はまず、鉛筆と消しゴムについて滔々と語りだした。次いで、教科書。そしてスマホ。


 ノアもスペンサー伯爵がコネを使いまくって流行らせてくれた事は知っているのでお礼を言うと、突然タイヤの話になった。


『いやいや、実はね! 娘から聞いたよ。君の妹さんがまた何か素晴らしいものを開発したそうじゃないか! 私はもう感動したよ! タイヤと言うのかい⁉ 是非、それの開発の力になりたいんだ! 何、資金は心配しないでくれ! ウチが全額出すとも! もう特許は取っているんだろう? それにもちろんアリス工房を通すよ! 正直言うと他の所はあまりあてにならないしな。それなら娘の親友の会社の方が色々安心じゃないか! 恥ずかしい話だが、この歳になると馬車での長旅が辛くなってきてね。ありがたい事に今も色んな夜会に誘われるが、そろそろ選ばなければならないんじゃないかと妻と話していた矢先にタイヤの話ときた! これはもう、神からの啓示だと思ったんだ! 神はきっと、このタイヤを私に作れと言っている、と!』


 何だかクラーク家と同じ匂いを感じたノアは、その申し出を二言返事で受け入れた。実際迷っていたのだ。今は乾麺やスマホ、新しい教科書やダムの事で手一杯である。


 しかしアリス厨のノアからすれば、アリスの考えついた事は出来るだけ叶えてやりたい。そこにこのスペンサー伯爵からの話である。スペンサー伯爵ではないが、これは神からの啓示かもしれない。よし、丸投げしよう。


 そこからのノアの行動はとても早かった。引き出しの中から必要な書類をすぐにスペンサー家に送りつけたのだ。


「と、言う訳なんだ。それで、すぐにイザベラさんのお父さんはサインを返してくれたから、契約は成立。今頃多分、フルッタに視察に行ってるんじゃないかな?」


 そう言っておかしそうに笑ったノアに、リアンは呆れてアリスは目を輝かせた。


「流石兄さま! ベルも、ありがとう! 流石うちの宣伝隊長!」

「ま、まぁ? 誰かの役に立つと言うのは素晴らしい事ですもの。私は当然の事をしたまでですわ。あ、あなたの為ではありませんわよ!」


 そう言って耳まで真っ赤にして照れたイザベラを、誰もがツンデレ……と心の中で呟いたのは言うまでもない。


 その後、クラスメイト達はそれぞれの寮に戻って行き、アリス達はいつものようにルイスの部屋に集まった。




おまけ『スーザンの恋』


 余談だが、スーザンはアリス達が帰ったあと、これではいけないと一念発起して後に生徒会長にまで上り詰めた。


 家の派閥に巻き込まれるな! とにかくクラスの全員と一度でいいから会話をしてみてほしい。その信念は卒業するまでずっと変わらず、ゆっくりとではあったが、フォルス学園も変わって行く事になる。


 そんなスーザンが恋していたマーチだが、この件でスーザンは上辺で他人を判断するのを止めた。そうするとどうだろう? 不思議な事に、今まで好きだった部分以外はあまり好きではないという事に気付いてしまい、今はクラスの中でも飛びぬけて地味なチャーリーが好きなのだとか。


 イザベラが理由を聞くと、スーザンは恥ずかしそうに言った。


『だってね、チャーリーって凄く大人しいの。いつも本読んでて、でもね、ちゃんと周りを見てるのよ。じっと観察するみたいに。どこの派閥にも入らないし、絶対に他人の陰口も言わないし、そんな所がね、いいなって。それに何でも知ってるの。それを褒めたら、本ばかり読んでるから知識しかないよ、って照れるのよ! もう、この人しか居ないって思ったの』


 そして数年後、二人は婚約を経て結婚する事になる。


 妻のスーザンはとても社交的で、親友はイザベラだったから否応なしにメキメキと頭角を現しだすのだが、対して夫のチャーリーは静かで穏やかな知識人で、話題が尽きる事のないその博識っぷりに周りからも一目置かれるようになる。


『君の良い所は、困っている人達を放っておけない所だと思うな。色んな厄介事を持ち込む君の側に居たら、僕の知識も無駄じゃないんだって思わせてくれる。つまりね、君の存在が僕の自信になるんだよ』


 スーザンはこのチャーリーからのプロポーズを、プレートにしてネックレスにして片時も離した事が無かったそうだ。 


 二人は一生を通して喧嘩という喧嘩をした事がなく、歳をいくつ重ねても一方的に喋り倒すスーザンの話を、チャーリーが嫌な顔一つせず何時間でも聴いている、そんな夫婦だった。


 そして時折話すチャーリーの言葉に、スーザンはいつも喜んだり感動したりしていたという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る