第二百七十二話 目立ちたがり屋の性

 アリスとキリはそう言って立ち上がると、駆け出した。使える物は何でも使え。アリスは師匠の教えを胸に、掴んだ砂を目つぶしに使い、怯んだ所を切り払っていき、キリは走り抜きざまに首にナイフを突き刺していく。


 徐々に覆面の数は減り、最後の覆面をアリスが正面から斜め上に切り上げると、縦に真っ二つになった覆面が、ドサリと崩れ落ちた。


 その様子に屋上から大歓声が上がる。そんな皆にアリスは手を振って答えた。目立ちたがり屋の性である。


「三人とも、お疲れ様でした。この後は今日はもう学園はお休みにします。皆さんもゆっくり休んでください。気分が悪くなった人はシエラの元へ行ってください」


 シャルルの声にアリスは嬉しそうに飛び跳ねた。合法的な休みほど嬉しいものはない。そんなアリスにキリとリアンは白い目を向けている。その目は語っていた。ただでさえ馬鹿なんだから勉強させてやってほしい、と。


 アリスはクルリと振り返ってリアンの元に駆け寄ると、興奮した様子で言った。


「リー君! あんな必殺技聞いてないよ⁉」

「別に必殺技じゃないよ。魔力がもっとあれば使えるんだろうけど、僕にはあれぐらいしか出来ないからね」

「十分凄いよ! いいないいな、使える魔法! 私のは魅了だもんなぁ……」

「いや、言っとくけどあんたの魔法の方が怖いからね? もうほら、行くよ。早くお風呂入りたい」

「だね。キリも行こ」

「はい」


 そう言って三人が寮に戻りお風呂に入って教室に戻ると、そこには興奮した様子のクラスメイト達が居た。不思議な事に、ルーデリア組だけじゃなくフォルス組も半分ぐらいは居る。


 アリス達が教室に入ると同時にあっという間に取り囲まれ、あちらこちらから質問が飛んできた。それに適当に返事をするのはリアンだ。


 そんな中、ライラとイザベラがアリスに駆け寄って来て飛びついて来た。


「アリス! どこも怪我はしてないの⁉」

「だいじょ~ぶだいじょ~ぶ! 皆も怪我してない?」

「私達のは舐めてれば治るような怪我ばかりですわ! それにしても……あなた、本当に強かったんですわね……私、少し驚いてしまいましたわ」


 噂には聞いていたし、実技でも何度かアリスの戦いっぷりは見た事がある。


 けれど、こんな風に実践で戦っているのは初めて見た。凄いを通り越して、少し怖かったほどだ。でも、それは全てこの学園を守る為だったのだと思うと、やはり怖いよりも凄いが勝る。


「どうして? どうして……助けてくれたの?」


 そんな中、あのスーザンが涙を浮かべながら言った。怖かったのか、指先は震えている。


「どうしてって……当然でしょ? クラスメイトだもん!」

「で、でも、私達あなた達に酷い事したのに……」


 俯いて震える声で言うスーザンの頬をアリスは両手でグッと掴んだ。しっかり目を合わせて言う。


「あのねぇ、当たり前でしょ? あんた達に腹立ったからって見捨てたりしない! あれとこれとでは次元が違うし、何より皆が笑えないと意味が無い! それはあんた達もだよ! ……へへ、ぶっさいくな顔」

「……」


 両頬を押さえつけられて無理やり上を向かされたスーザンは確かに不細工な顔をしているだろう。


 しかし、それは今言う事か? そう思うのに、本気でおかしそうな顔をして笑うアリスに、何だかスーザンの中の毒気が抜かれていく。そんなスーザンの肩をイザベラがポンと叩いた。


「諦める方が賢明ですわよ。この人、本気で忖度なんて考えない人だから」

「……そうなの?」

「ええ。見たでしょ? 誰かが困ってたらすぐに駆け付けて行く、単純明快な子なんですわ。でもきっと、それはとても重要な事。私達がいつの間にか忘れてしまった事なんですわ」

「……」


 イザベラの言葉にスーザンとフォルス組は黙り込んだ。そしてアリスに向き直って頭を下げる。


「ごめんなさい」


 フォルス組は元々仲が良いわけではない。今まで一度も一致団結して何かをした事もない。それどころか親の派閥に流されて、仲良くしてはけないとまで教え込まれていた子も居る。そんな中で、今日の出来事は彼らの中に何か大きなものを残した。


 頭を下げたフォルス組に、アリスは腰に手を当てて言う。


「違うでしょ! ここは、ありがとう、でしょ!」

「で、でもさっきの事……」

「あれはもう済んだ! キリがサーチ使ってスーザンが泣いた。それで終わり!」

「……」


 竹を割ったような性格、というのはこういう事を言うのだろうか? スーザンを始めフォルス組はそんなアリスの言葉に無言で頷き、口々に小さな声ではあったが、お礼を言ってくれたのだが――。


「お嬢様、いつも言いますが、何かをした見返りを自主的に求めるのはどうかと思いますよ」

「っきぃぃぃ! たまには! たまにはいいでしょ!」


 いい気分にさせて! なんてガキ大将みたいなアリスの言葉に、どこからともなく笑い声が上がる。

 


 いきなりやってきて全員には伝わらない。


 最終日まで、やっぱりフォルス組のいやがらせは無くなりはしなかった。


 けれど、その度に庇ってくれるスーザンという友人は出来た。それだけでも上出来である。


 別れ際、スーザンはアリスに抱き着いて言った。


「ありがとう、また来てね」

「もちだよ! スーザンも遊びにおいでよ! 一緒にラーメン食べよ!」


 その言葉にスーザンは、え? と首を傾げる。


「ラーメンって……あの、ルーデリアで開発された新しい小麦の食べ方ってやつ?」

「そだよ!」

「でもあれってまだ販売されてないわよね? 確かアリス工房って所が……え? ええぇ⁉」


 スーザンはアリスの後ろでリアンがアリスを指さしているのを見て、淑女にあるまじき叫び声を上げる。


「アリス工房を立ち上げたのは私の兄さまだよ! この間ここに留学生として来たでしょ? ノア・バセット」

「う、嘘……あ、あなたがあのアリスなの⁉ 天才アリス⁉ 天才⁉」


 授業を一週間共に受けて来たスーザンは、アリスを二度見した。その顔にははっきりと嘘でしょ? と書いてある。


「スーザン、違うわ。アリスは天才は天才でも、天災の方よ! 他にもスマホとか、鉛筆と消しゴムとか、色んな物のアイディアを出したのはこのアリスよ」

「うえぇぇ⁉」

「あはは! スーザン、顔がまたぶっさいくになってるよ! だから、ラーメン食べようね! 私が作ったげる! キャロライン様がきっと麺打ってくれるよ!」

「……」


 そこまで聞いて、スーザンは意識が遠のくのを感じていた。


 天才アリスの話はグランから入ってきていて、フォルスでもちょっとした有名人だ。それとセットで入ってくるのは、聖女キャロラインと、それを支える王子ルイスと仲間たちの話。


 まさかそれがコレだなんて!

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