第二百六十五話 フォルススクールの実態

 とはいえ、元々飄々としているノアである。誰も構って来なくなったのを良い事に好き放題していたのだが、どちらかと言えばアリスもそのタイプだ。だからアリスがぼっちになって悲しむとか、そういう心配はしていない。ただ……。


「どうか、どうかアリスがフォルスで大暴れしないように、それだけ見張っててくれたらいいから! お願いね、リー君」

「それが一番難しいんでしょ!」


 暴れるアリスを止めるのがどれほど難しいか、誰よりも知っているはずのノアである。ノアの隣でキリまでリアンに頭を下げてくるので、そこから先はもう何も言えなくなってしまった。


「いやほんと、こうなってくると、アリスちゃんと同級生のリー君仲間にしといて本当に良かったよね」


 カインの言葉にノアは真顔で頷く。キリなど、


「全くです。私だけだったら大変な事になる所でした」


 何て言っている。最悪アリスに何かあればキリが率先して成敗していただろうし、リアンやオリバーのような人が居ないと収拾がつかなくなってしまう。そういう意味でも、リアンとオリバーの存在はメンバーに絶対に必須である。


 こうして、皆にお願いされたリアンは渋々アリスの面倒を見る事になった。その事をシャルルにも伝えて、アリスとライラとリアンは同じクラスにしてもらえるよう、予め頼んだ。



 一学年進級して待ちに待った校外学習の日の朝、アリスはノアに髪をやってもらって、ベソベソ言いながらフォルス行きの馬車に乗り込んだ。


 しかしそこはアリスだ。馬車に乗り込んだら、もうすっかり気分は旅行気分に切り替わる。


 一クラスずつ別になった幌馬車に乗った学生たちが、次々にフォルスに向かって出発していく中、アリスの隣にはライラとイザベラが座っていた。


「あれ? ベラが隣なんだね!」

「ちょっと、その愛称止めてくださらない⁉」

「えぇ~? じゃあ何て呼べばいいのよぅ」


 口を尖らせるアリスに、イザベラは頬を膨らませて早口で言った。


「か、家族にはベルって呼ばれてましてよ」

「じゃ、ベルね! 私はアリスだよ!」

「知ってるわよ! ちょっとライラ、あなたよくこの子と話してて疲れませんわね」


 まだ馬車が走り出して5分も経っていないのにこの様である。これからの道中を思うと、ゾッとする。


「そうねぇ、アリスは何て言うか、もうそういう次元じゃないのよねぇ……リー君もよくアリスの行動とか言動に疲れるって言うんだけど、私は大地の化身が喋ってると思うと何だか凄いなって思っちゃって!」


 そんな事を嬉々として言うライラに、イザベラだけでなくクラスの全員がギョッとしたような顔をしている。


「あ、あなた……やっぱりアリスと親友やってるだけありますわ。ある意味ではこの子よりも変わってますわ……」

「そうだよ! ライラはね、私の事拝んじゃう面白い人なんだから! ね? ライラ!」

「だって、大地には祈りを捧げるものだもの!」

「……」


 こいつら駄目だ。イザベラは二人の相手を止めて、スッと視線を馬車の外にやった。そこで後ろの馬車が見えて、ある事に気付く。


「ねぇ、何だか後ろの馬車やたらと揺れてません?」

「ああ、こっちの馬車にはゴムつけたからね! 快適でしょ?」

「何かしましたの?」

「うん! タイヤつけた!」

「ふぅん……ねぇ、タイヤって何ですの?」


 イザベラはライラにタイヤの説明を受けて驚いた。


「画期的! 何でそういうのをすぐに教えないの! ちょっと父に伝えますわ! あ、特許は取ってますわよね?」

「もち!」

「じゃ、話してもよろしいわね!」


 そう言って嬉々としてイザベラは最近入手したスマホを操作し始めた。特許制度をアリスから聞いて家族に話したら、とにかく父はその考えに賛同した。素晴らしい事だと。そして聞けば聞くほどイザベラ自身も凄い事なのだと気付いたようで、それからもうアリスよりも特許の鬼である。クリエイターや才能のある者を守るべきだと考えるのは、貴族の矜持にも適っていると思えたからだ。


 すぐさまスマホで電話をし始めたイザベラを見て、アリスは嬉しそうそうに笑う。


「宣伝隊長は頼もしいなぁ!」

「本当ね!」


 鉛筆と消しゴムが爆発的に流行りだしたのは、スペンサー家が水面下でしっかり動いてくれたからだとカインに聞いた。それほどまでにスペンサー家の繋がりは広い。今ではスマホの普及にも乗り出してくれているスペンサー家だが、どうやら次はタイヤを流行らせてくれるらしい。


 それから、アリスが自作して来たお菓子をクラスの全員に配り、始終和やかなままフォルスに到着したのだが、到着するなり後ろの馬車に居たリアンがツカツカとアリスに近寄って来た。


「あんたね! 何でそうやって自分の乗る馬車にだけああいうのつけるの! もう、腰とお尻が割れそうだよ!」

「やだなぁ、リー君! お尻は元々割れてるゾ!」

「そういう事言ってんじゃない! ああもう! 僕も帰りはそっちに乗りたい!」


 リアンはシャルルの戴冠式に行く馬車であのタイヤの素晴らしさを知っている。だからこそ、乗り心地の差をよく知っている一人である。


「やっぱり全然違いますの?」

「ぜんっぜん違う! 見て、うちのクラスの皆の悲壮な顔!」

「あら、まぁ」


 イザベラはリアンに言われた通り隣のクラスの子達を見て口元を手で覆った。確かに、皆腰を叩いている。それに比べてこちらのクラスはピンピンしている。


「アリス、早くタイヤを量産してあげた方がよろしいんじゃなくて?」

「う~ん……そうしたいのは山々なんだけど、何せフルッタのゴム工場が消しゴムで手一杯なんだよね」

「なら、うちにお任せくださいな! 父にタイヤの話はしたので、きっと手を貸してくださいますわ!」

「おお! ベル神よ! 頼もしい!」


 アリスがイザベラを拝むと、イザベラは満更でも無さそうに頷いた。


 その後、皆でフォルス学園の寮の管理人に案内されてゾロゾロとそれぞれの部屋に入って行く。


 フォルス学園は、敷地面積はフォスタースクールに比べると小さいが、寮の設備は細やかだった。多分、それは上位貴族しか居ないからなのだろうが、部屋数が生徒に比べて断然多い。


 アリスが案内された部屋に入りくつろいでいると、同室のキリがやってきた。


「凄いですね。これだけの人数が居るにも関わらず、一人一部屋ですか」

「ビックリだよね! まぁ、広くはないけど」


 そう言って部屋を見渡したアリスにキリも頷く。フォスタースクールの寮の部屋の方が断然広いが、まぁどうせ部屋でする事なんて寝るぐらいだから何も問題ない。


「では早速ですがお嬢様、作戦会議をしましょうか」

「うん! リー君とライラ呼ぶね!」


 そう言ってアリスが電話をしようとしたその時、ドアがバーンと音を立てて開いた。驚いてドアの方を見ると、そこにはブルブル震えるシエラが居る。


「シエラ! こないだぶり! 何で震えてんの?」

「アリス! あなた気づきなさい! ここ、使用人の部屋よ!」

「へぁ?」


 アリスは部屋の中をグルリと見渡してポンと手を打った。隣ではキリまで納得したように頷いている。


「えっとー……これはイジメ?」

「そうよ! 信じらんない! あれだけシャルから言われてるって言うのに!」


 そう言ってシエラはアリスの荷物をいくつか持ち上げ、ついてこいと言わんばかりに部屋を後にする。何が何だか分からないが、アリスとキリは大人しくそれに従う事にする。何故なら、シエラからただならぬ冷気を感じたからだ。


 そして次に案内されたのはさっきの部屋とは打って変わって、とても綺麗な広い部屋だ。

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