第二百六十六話 ノーマルエンドへの険しい道のり

 シエラは無言でドア付近にアリスの荷物を置くと、腰に手を当ててアリスの鼻に人差し指を押し付けて来る。


「ノアに何て言われてるか知らないけど、誰かに何かされたら暴れてもいいからね。男爵家の女の子にやられたなんて、あいつら恥ずかしくて絶対に言えないだろうし、何よりもあなたにはシャルと私がついてるから! キリも、腹が立ったら遠慮は無用よ」

「わ、分かった」

「畏まりました。その免罪符がもらえるなら、いくらでも応戦します」

「よろしい! あ、もうちょっとしたらシャルと来るわ。それまでにあとの二人も集めておいてくれると助かるわ」

「うん! 呼んどく。ありがとね、シエラ。また後でね~」


 そう言ってシエラはぷりぷりしながら部屋を去って行った。そんなシエラを見てキリが言う。


「やはり、どのループのお嬢様は根本的には変わらないんですね」

「どういう意味?」

「短気です。怒る場所が違えど、今それを確信しました」


 それぞれ地雷は異なるものの、アリスもシエラも短気である。それを聞いてアリスは何故か照れている。やはりアリスはよく分からない。


 しばらくして、リアンとライラ、シャルルとシエラがやってきた。


「道中お疲れ様でした。聞きましたよ、アリス。タイヤを作ったんですって?」

「早くない? 情報入るの」


 不審気なアリスの顔を見てシャルルは笑う。


「御者が驚いてましたよ。馬の疲れが全然違うと言って喜んでました」

「そっか! ならいいよ!」


 完全に自分の乗り心地の為に付けたタイヤだったが、思わぬところで喜ばれているようで、アリスも嬉しい。


「それで、さっそく本題に入ろうよ。一週間しか無いんだから」

「そうですね。リー君の言う通りです。アリス、ここに来るまでにフラグはきちんと折ってきましたか?」

「もち!」

「では、明日、早速実行しましょうか。ところで、何か邪魔されたりしました?」


 シャルルが首を傾げると、ルーデリア組は全員同時に頷いた。一回目から、最後のルイスルートの話をすると、シャルルとシエラは同じように腕組して考え込んでいる。


「要約すると、それまでのフラグは無理やりくっつけようとしていたのに、ノーマルエンドの直前のだけが邪魔されたという事?」

「そう。だから無理やりルイス様の手を握ってやったんだけど、やっぱりあれって、ノーマルエンドに行かせない為かなぁ?」

「そうですね。それしか考えられませんね。でも、魔法が掛かっている状態だという事が分かったのは進歩です。ただ、その魔法の内容が傀儡なのがちょっと心配ですが」


 そう言ってため息を落としたシャルルにキリが付け加えた。


「あと、カイン様が回を増すごとに戻りにくくなるって言ってました。フィルさんが来てからはそんな事はなかったんですが」

「ああ、それは妖精にそれ系の魔法は効かない……なるほど。キリ、教えてくれて良かった。シエラ、すぐに妖精王に連絡を取って、妖精の粉を寄越してもらえるように頼んでもらえますか?」

「分かったわ。何か思いついた?」

「ええ。もしかしたら、妖精の粉をかけていたら、魔法を退ける事が出来るかもしれません」

「おお! 妖精の粉! 伝説の!」

「あんた、妖精の粉が何か知ってんの?」

「ううん、知らない。でも何か凄そうじゃない?」


 あっけらかんというアリスにリアンは頭を抱え、キリは冷たい視線を向けてくる。


「お嬢様、お嬢様は少しハウスしていていただけますか?」

「酷い! 私も混じりたい!」

「では黙っていてください。それで、その妖精の粉とやらでどうにか出来るんですか?」

「分かりませんが、無いよりはマシかな、と。ノーマルエンドに行くには、絶対に間違えられないフラグです。他のフラグはまだ取り返しもつきますが、ここだけは絶対に失敗出来ないので」


 真顔で言うシャルルにキリは頷くと、大人しくハウスしているアリスにポケットから取り出したオートミールクッキーを、これでも齧ってろ、と手渡す。


「では、今日はこれで解散しましょう。明日はよろしくお願いします」



 そして翌日、アリス達は噴水の前でシャルルの到着を待っていた。フラグはここから始まるのだ。


「いい? 何か流されそうな時はどうにか合図して。そしたら僕達、すぐ行けるようにしとくから」

「うん」

「アリス、頑張ってね!」

「頑張る!」

「お待たせしました」


 そんなやりとりをしていると、シャルルがやってきた。今日はどうやらシエラを置いてきたようだ。 


「シャルル、よろしくね~」

「ええ、よろしくお願いします」


 そう言ってシャルルはポケットからあるものを取り出した。


「アリス、目を瞑っていてください。妖精の粉をかけますから」

「うん!」


 シャルルの言葉にアリスはギュっと目を瞑る。それを確認したシャルルは遠慮なくアリスの頭からドサっと虹色の粉を振りかけた。


「結構あの人、遠慮なくいくね」


 壁の角から盗み見していたリアンが言うと、キリとライラは頷く。妖精の粉なんて絶対に貴重なものなのに、それをそんな勢いでかけるのか。


「シャル、そういう所はとても雑いのよ」


 後ろから聞こえた声に振り返ると、一体どこを通って来たのか葉っぱを大量にあちこちつけたシエラがライラの後ろから顔を出した。


「あんたどこ通って来たの? すんごい葉っぱついてるけど」

「ん? ああ、けもの道をちょっと。それにしても、あれはかけすぎよね。アリスの頭に積もってるわ」

「いや、何でけもの道を通る必要があんのかって聞いてんだけど⁉ まぁいいや、うん、あんたもやっぱアリスだわ」


 呆れたような視線を受けたシエラは、アリスがやるようにテヘペロを見せる。

 

 どこのルートのアリスもやはり、アリスである。


「あ、始まるわ」


 シエラの掛け声に視線を戻した一同は、その時を今か今かと待っていた。



 噴水の前をアリスが相変わらず大根芝居で通り過ぎようとすると、向かいからシャルルが歩いてくるのに気づいた。上級生には一礼をして通り過ぎるのを待たなければならない。それがこのフォルス学園の決まりである。


 アリスはシャルルが近づいてきた事を確認して、深々と頭を下げた。その拍子にポケットからハンカチが滑り落ちる。それを見た途端、頭の中でカチリと音がした。その音がしたと同時に、シャルルがアリスの目の前で立ち止まり、こちらを見下ろした。


「あなた、不思議な魔法を使いますね。名前は?」


 その声にアリスが顔を上げると、そこにはゲームのスチルと全く同じ顔をしたシャルルが立っている。


「アリス・バセットです」

「そうですか。アリス、あなたは今後、その魔法でこの世界を救う事になるでしょう。その為の心の準備は出来ていますか?」

「は、はい!」


 アリスは大袈裟に頷いた。今までのフラグであれば、アリスの口に出す言葉と頭の中で考えていた事は全く別だった。ところが、今回のフラグは違う。何かが違う。


 でも、何が違うのか分からなくて、アリスはシャルルの次の言葉を待った。何故かシャルルが困ったような焦ったような顔をしているが、その理由がアリスには分からない。


「シャルル様の様子がおかしいですね」

「ええ……変ね。でもアリスは普通だわ……何かあったのかしら?」


 その時、シエラのスマホが震えた。確認すると、シャルルからのメッセージだ。スマホを操作していないのに、どうしてそんな事が出来るのか。シエラがメッセージを読んで息を飲んだ。

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