番外編 お返しは海賊の食卓で

 男子チーム

 

「兄さま、ホワイトデーはね、お菓子とかプレゼントを2月14日に貰った人がね、3月14日にお返しする日なんだよ!」


 アリスはソファの上で仰向けになって転がりながら本を読むノアのお腹に圧し掛かって言った。


「アリス、昨日も聞いたよ」

「そうだっけ? でね、今日何日だと思う? 兄さま」


 アリスの問いにようやくノアは読んでいた本を閉じて体を起こした。


「13日かな?」

「そうだよ! 何でこんな所でゴロゴロしてるの?」


 本気で分からないとでも言いたげなアリスに、ノアは苦笑いを浮かべる。


「アリス、それは強制なの?」

「ううん、違うよ。でも、兄さまなら絶対に私がビックリするようなお返しくれると思うの! ね?」

「えぇ……う~ん……」


 そう言ってにっこり笑うアリスの圧が強い。何やらどんどんハードルが上がっている気がするが、ノアはチラリと涼しい顔をしてお茶を飲んでいるキリを見たが、いつもなら絶対に助け船に入ってくるキリが今回に限っては助け船を出航させてくれようともしない。


「キリ……」

「ノア様、すみません。俺は抜け駆けをして既に昨日の時点でミアさんへのお返しは完成させています」

「いつの間に⁉」

「ですから、昨日です。俺はお返しの準備は万端です」

「キリは仕事はや~い! で、兄さまは?」

「……今から考える」


 キリに裏切られた気分でノアはノロノロとスマホで男子チームを呼び出した。しばらくして呼び出された男子チームが全員ノアの部屋に集まってきた。それと同時にアリスを追い出す。


 訳が分からず呼び出された男子チームはノアの話を聞いてフム、と腕を組んだ。


「――なるほどな。しかしキャロはそんな事一言も言ってなかったぞ」


「そりゃキャロラインだって巻き込まれて作ったからじゃないの? お返しデーね。じゃ俺はドンにジャーキーのお返し作らなきゃな」

「フィルモ手伝ウ!」

「はいはい、邪魔しないでね」

「邪魔シナイ!」


 カインの肩で拳を振り上げたフィルマメントは頬を膨らませる。何だかすっかり仲間の一員だ。


「まぁ何でもいいよ。で、何作るの? 言っとくけど僕は料理の類はからっきしだよ」

「それは俺もだな! ノアとキリ、任せたぞ!」

「僕も、薬の調合は出来ても料理は……」


 自信なさげに視線を伏せたアランにノアは苦笑いを浮かべた。


「……この面子呼んだのは失敗だったかなぁ」


 役に立ちそうなのははっきり言ってキリだけである。しかもアリスが求めるお返しは何かビックリするような物だ。どうしろというのだ。


 ノアは腕を組んで考え込んだ。普通にチョコレートを買って来て渡したいが、そうはいかないだろう。かと言って今から特大ケーキなども作れない。これは困った。


 考え込んでいるノアを見てキリがふと口を開いた。


「ノア様、あれを再現してやれば喜ぶんじゃないですか?」

「あれ?」

「ええ。お嬢様がこの間描いていたあれです」


 ほんの二週間前の事である。アリスは部屋で何やら不気味な奇声をあげながら何かをしていた。しばらくして部屋から出て来たアリスは、どうやら絵画を始めたグリーンに絵を習っていたらしい。そしてその出来上がった絵を得意げに見せてくれたのだ。


『見て! 憧れの食卓!』

『……』

『……』


 二人がこんな反応をしたのには訳がある。どう見ても食卓の絵には見えなかったし、かろうじてテーブルの上に並んでいる物がどう考えても貴族の食卓では無かったからだ。


「あれね……今から出来るかな?」


 首を捻ったノアにキリは頷いた。


「大丈夫です。時間がかかるのはメインだけでしょうから手分けして買い物しましょう」

「そう? じゃあそうするか……面倒な事になったなぁ。仕方ない。じゃあ皆、まずはアリスの絵を解読する所から始めようか!」


 何せ画伯のアリスの絵である。メイン以外ははっきり言って何が描いてあるのかさっぱりだったのである。


 ノアはアリスと一緒に絵を描いていたグリーンに聞きながらアリスの絵を少しずつ清書していく。それを隣から見ていたルイスとカインが感心したように頷いた。


「ほう、これは面白そうだな。こういうのは何て言うんだ?」

「俺達には想像も出来ない食べ方だけど、楽しそうだね」

「何か夢の海賊の食卓描いたって喜んでたけど」

「海賊、ですか?」

「海賊の食卓? いや、海賊はこんな物食べてないだろう」

「だね。一体何見てこんなイメージ持ってるんだろう?」


 カインはアリスの描いた絵をしげしげと眺めながら言った。海賊料理など酷いので有名だが、アリスは一体何をもってしてこれを海賊料理と言い張るのか、謎である。


「あいつの考える事は僕達には分からないって。で、僕は何買ってくればいい?」

「リー君は小道具お願いできる? 書き出すから」

「分かった。モブ、行こう」

「っす。てか、こんなん売ってんすかね」


 オリバーが指さした先には金色のゴブレットと書かれてある。


「最悪塗ろう。じゃ、小道具は二人に任せたよ。で、ルイスは果物類ね。で、カインは魚介類お願い。アランは香草お願いしていい? 僕達はメインの肉塊買ってくるよ」

「ええ、任せてください」

「分かった。じゃ、買い終わったら厨房に集合な」


 そう言ってアランとカインはオスカーとフィルマメントと共に退出していく。それに続いてルイスもトーマスとユーゴとルーイを引き連れて部屋を出て行った。


「じゃ、僕達も行こうか」

「はい」

「だね」

「っす」


 こうして街に散り散りに出て行った男子たちは、それぞれの買い物を済ませて学園に戻ってきてお互いの戦利品を見せあった。


「リー君、よくこんなの見つけて来たね!」

「何か、あいつの絵には無かったけど多分、こういうの想像してんだろうなって思って。ライラも好きそうな雰囲気だしちょうどいいなって」


 そう言ってリアンが袋から取り出したのは、メモには書かれていなかった布や燭台、ドクロの置物などだ。


「ライラちゃんって、こんなドクロとか好きなんすか? それにビックリなんすけど」

「好きだよ。ライラってこういう黒魔術っぽいの意外と好きなんだよね。ライラの部屋とか妖しさ満点だからね」


 そう言ってライラの実家の部屋を思い出したリアンが苦笑いを浮かべる。


 でも、ライラがそういうのを好きなのは、多分まだチャップマン商会がそこまで落ちぶれていない時にお土産として渡していた妖しい魔術めいた物が由来していると思うリアンである。幼いライラにリトは喜んでどこかの部族の仮面やら水晶玉などを渡していたからだ。


「へ、へぇ……そんなイメージ全然ないっすね」


 コウモリの置物を見つめながらオリバーが言うと、リアンが真顔で頷く。


「でも何か雰囲気出て来たんじゃない? よし! ノア、何から始める?」

「カイン、ノリノリだね」

「え? 楽しいじゃん。こんな肉塊にナイフぶっ刺してさ、こんな機会がなきゃ絶対に出来ないだろ?」

「それはそうだな。もし家でやろうものなら、母さんは間違いなく倒れるな」


 そう言ったものの、心配なのはキャロラインである。


 ノアにホワイトデーというものを聞いて、ルイスはキャロラインにはアクセサリーを買ってきた。でないと、キャロラインがこの食卓で喜ぶとは思えなかったからだ。最近はよく一人で麺打ちに励んでいるが、ああ見えて公爵令嬢である。


「それじゃあ皆、開始しようか。明日の夕ご飯に向けて下準備しよう」


 ノアの掛け声に皆がいそいそとフリルのエプロンをつけ始めた。


 ちなみに、このエプロンも乾麺の時にキリが用意したものだ。あれから皆、このフリルエプロンは大事に仕舞っていたのだが、まさかまた日の目を見るとは思っていなかった。


「てか、何で俺らのにまでフリルついてんすか? ノアとキリとリー君は似合うけど、後はヤバイと思うんすけど……」


 自分も含め、長身の男達が揃ってフリルのエプロンというのはいかがなものだろうか。純粋な疑問にキリが真顔で言った。


「それが萌えだとお嬢様が言ったので。俺にもよく分かりませんが、夜なべして全員分のエプロンにフリルをつけたので、取るのは許しません」

「あんた何でそんな時だけあいつの言う事聞くの⁉ こんなの似合っても全然嬉しくないんだけど⁉」


 何なら一番似合うリアンが言うと、キリはそんなリアンを見て頷いた。


「面白そうだったので。あと、萌えというものを理解したかったのですが、よく分かりませんね。ですが、さっきも言ったようにこれは俺が夜なべをしてつけたフリルです。一生取る事は許しませんし、今後もどこの厨房に入る時も必ず着用してください。でないと俺の労力が報われません」

「まさかの一生もの⁉ おまけに結局あんたの為じゃん!」


 ブツブツ言いながらそれでもエプロンを外そうとしないリアンにノアとルイスとカインは苦笑いを浮かべながらそれぞれの作業に取り掛かった。


 

女子チーム


 翌日、ノアとキリは大の字になってグーグー寝ているアリスとドンを起こさないように、枕元に暗号が書かれたメモを置いてそっとブリッジとレッドを連れて部屋を抜け出した。


 アリスが目を覚ますと、日はもう既に高くにあって飛び起きたアリスは、枕元に置かれた謎のメモを見つけて目を輝かせた。


「ドンちゃん! ドンちゃん起きて!」


 部屋を飛び出したアリスは仰向けでいびきをかいているドンを叩き起こして早口で言った。


「冒険だよ、ドンちゃん! お宝探そ! ブリッジとレッド君が人質に取られてるよ!」


 目を輝かせながらそんな事を言うアリスを見て、ドンは部屋を見渡して慌てた。確かにアリスの言う通り、親友のブリッジとレッドの姿が無い!


「キュキュ!」

「よし! 準備しよ! キャロライン様とライラ呼びに行かなきゃ!」

「キュ!」


 アリスは急いで準備をした。とはいえ、着替えただけだ。


 一方ドンは、大きな手で小さなブラシを握りしめて一生懸命尻尾の毛を梳いている。本当は全身にブラシをかけたいが、生憎手が届かないのだ。アリスに頼もうにも、絶対にアリスがやると余計に絡まるし下手したら抜ける。


「ドンちゃん! 急いで! そんなの手櫛で直る!」

「キュウゥ……」


 これだから雑い奴は……ドンは寝起きのボサボサ頭のアリスを見て肩を落とし、ブラシを持ったまま渋々アリスの後に従った。


 アリスはキャロラインの部屋までやってくると、勢いよくドアを叩いた。すると、すぐに中から笑顔のミアが顔を出す。


「アリス様、どうされたんですか? ドンちゃんも!」

「ミアさん! ブリッジとレッド君が攫われちゃったの! キャロライン様いる?」


 アリスがそう言うと、ミアは青ざめて部屋に戻って行った。そしてキャロラインを連れて戻って来る。


「アリス、ブリッジとレッド君が攫われたですって⁉ 何してるの! 早く探しに行くわよ! ノア達はもう探しているの⁉」


 生き物が苦手なキャロラインだが、ブリッジもレッドも大事な仲間だ。ブリッジについては触れないだけで大好きなキャロラインである。


 血相を変えて飛び出そうとしたキャロラインに、アリスがそっとメモを差し出した。


「? 何なの? これ」

「暗号です! ライラも呼んで解きましょう!」

「はぁ……え? ブリッジとレッド君は?」

「大丈夫! 犯人は兄さまだから!」

「ちょっと待ってちょうだい。一体何が起こっているの?」


 おでこに手を当てたキャロラインが言うと、アリスはかいつまんで説明した。それを聞いて納得したように頷いたキャロラインは、スマホを取り出して呆れた声でライラを呼ぶ。


 しばらくすると、ライラが息を弾ませてやってきた。


 ライラが部屋に入ると、入り口でミアがドンの全身を丁寧にブラッシングしていた。ドンは気持ちよさそうにうっとりと目を細め、鼻からご機嫌な黒煙を噴いている。その奥ではアリスとキャロラインが机を囲んで顔を突き合わせて何かを覗き込んでいた。


「遅れてしまって申し訳ありません! 何してらっしゃるんですか?」


 そう言ってライラが机までやってくると、そこには一枚のメモが。


「ライラ、突然呼び出してごめんなさいね。これ、ノアからの挑戦状のようなんだけど、分かる?」


 そう言ってキャロラインが指さした先には訳の分からない数字が羅列されたメモがある。そしてタイトルには『秘密 キャンディハート』と書かれている。それを見てライラはハッとした。


「これ、本のタイトルです。キャンディハートさんって言う方が書いてるポエム集なんです」

「キャンディハート? ふざけた名前ね」

「でも、面白いんですよ。でもこの数字はよく分からないです……」


 そう言ってライラが首を傾げると、ドンのブラッシングをしていたミアがふと言った。


「もしかしたら、その本のページ数とか文字数とかじゃないでしょうか? 家に居た時、そうやってよく兄妹達と遊んでいたので」

「! それだ!」


 アリスは急いで図書室に行って一冊の本を持って戻ってきた。ミアの言う通り、文字と数字を照らし合わせて一文字ずつ拾っていく。


『ドンのベッド』

「ドンのベッド! ちょっと見てきます!」


 またアリスは走って今度は部屋に戻った。そしてドンのベッドをひっくり返して裏に張り付いていた新しいメモをゲットする。


「次はこれです!」

『たなたかたたにたたわたのたべたんたたち』

「……は?」


 キャロラインは首を捻った。何だかメモから良い香りがする。匂いを嗅いでみると、微かに柑橘類の匂いがしていて、キャロラインはポンと手を打った。


「ミア、蝋燭をもってきてちょうだい」

「蝋燭、ですか?」

「ええ。アリス、内容を何かに書き写して」

「はい!」


 急いでメモを書き写したアリスは、ワクワクして待った。キャロラインは蝋燭に火をつけてメモを軽くあぶる。すると、そこには薄っすらと狸のイラストが浮かび上がった。


「狸!」

「ほんとだわ! たぬき言葉ね!」


 ライラがはしゃいだように言うと、キャロラインもおかしそうにコクリと頷く。


「手が込んでるわね。中庭のベンチですって。行きましょう」


 段々楽しくなってきたキャロラインが言うと、皆頷いた。


 中庭のベンチまでやってくると、ベンチの裏側にまたメモがあった。


『海賊の宴へは、この招待状と鍵がなければ入れません。あしらからず。

 マーメイド達の歌を聞きながらケルピーを辿れ。バンシーの嘆きを振り切ってゴブリンの住処に辿り着いたら、ブラウニーの家でレプラコーンにもう片方をプレゼント』

「……さっぱりだわ」

「はい……とりあえず、妖精だという事は分かりますが……」


 キャロラインとミアは考え込んだ。しばらくベンチに腰を下ろしていた一同は、それぞれに首を捻っていたが、ふとライラが言った。


「要はこの妖精達の名前が示される場所に向かえ、という事ですよね?」

「そうでしょうね。何か思いついた?」

「あ、いえ。マーメイドの歌って、もしかして大聖堂の事かな、と思いまして。あそこはこの時間、聖歌隊が歌っていますよね?」

「それよ! 行くわよ!」


 キャロラインの一言に皆がきびきびと動き出した。一体何故こんな事をさせられているのかはさっぱり分からないが、楽しい!


 ライラの言う通り、大聖堂からはそれは美しい歌声が聞こえてきた。そこでまた全員立ち止まりメモに視線を落とす。


「次はケルピーかぁ~。ケルピーってどんな妖精でしたっけ?」

「ケルピーはとても獰猛な妖精で、家畜や人を水辺に引きずり込んで肝臓以外を食べる妖精だと言われてるはずです」

「水辺? もしかして、あれの事かしら?」


 そう言ってキャロラインが指さした先には大聖堂の裏手から流れる川があった。


「きっとそうです! 流石です、お嬢様!」

「ありがとう、ミア」


 キャロラインは嬉しそうに笑顔を浮かべて川に沿って歩き出した。しばらく行くと、途中で川は二本に分かれてしまう。


「どちらだと思う?」

「キュウ……」


 ドンは皆がするように首を捻った。とはいえ、真似をしているだけだ。ドンにはゴールが既に分かっている。何故なら、ブリッジの香ばしい足の匂いがさっきからプンプンしている。


 けれど、それは言わない。何をやっているのかはよく分からないが、紙きれを見て一喜一憂する仲間たちと一緒に過ごす時間は、ドンにとっても楽しいからだ。


「ねぇねぇ、バンシーの嘆きって書いてあるから、何かの音がする方なんじゃないかなぁ?」

「音? そんなものしている?」


 そう言って耳を澄ませた一同は、どこからともなく聞こえてくる叫び声のようなものを聞きつけてハッと顔を見合わせた。


「あっちね!」

「はい!」


 また一同は川に沿って歩き出す。すると、目の前に谷が見えてきた。そこに吹き下ろした風が舞い込んで時折叫び声のような音がしている。


「これを振り切ってゴブリンの住処……ゴブリンって、確か家や洞穴に住み着く妖精よね?」

「洞穴! ドンちゃん拾った所が、この先ですよ!」

「きっとそこね!」


 アリスの案内で洞穴までやってきた一同は、ドンを拾ったという小さな泉に辿り着いた。その真ん中の石の上に、小さな箱が置かれている。


「ドンちゃん、あれ取って来てくれる?」


 アリスが言うと、ドンは嬉しそうに頷いて泉にザブザブ入って小箱を持って戻ってきた。中を開けると、そこには何故か小さな薄めの革と針と糸が入っている。


「こ、これは一体……」


 キャロラインはドンから受け取った箱をくまなくヒントがないか探したが、生憎何もない。


 行き詰った……そう思っていたその時、徐にミアが針に糸を通し始めた。


「ミア? 分かったの?」

「はい! これは多分、キリさんからの挑戦状です。すぐ済みますのでお待ちください」


 ミアはそう言って石の上に腰を下ろして革を縫い始めた。縫物が得意なミアは、目にもとまらぬスピードで何かを縫いあげて行く。


 やがて出来上がったのは、一足の小さな革の靴だった。


「革の靴? こんなものをどうするの?」

「はい。レプラコーンは靴を作るのが得意な妖精なんです。ですが、何故か片方しか作らないと言われているんですよ。片方をプレゼント、と書いてあったので、もしかしたら靴かな、と」

「ミア! 素晴らしいわ! あなたはやっぱり私の誇りよ!」


 キャロラインは思わずミアに抱き着いてミアを褒め称えた。そんなキャロラインに感化されてアリスもライラもドンもミアに称賛の拍手を送る。


「ま、まだ正解かどうかは分からないですよ!」


 そう言ってミアは照れたが、キャロラインはそれが正解だと信じて疑ってはいないようだ。


「じゃあ最後ね! ブラウニー妖精の家は、あそこしか無いわね」

「はい!」


 ここらへんでいつも皆が集まる家と言えば、スミスの小屋しかない。ついつい足早になりつつ全員でスミスの小屋を目指すと、スミスの小屋の入り口に片方だけ靴をはいた革のエプロンをつけた人形が置いてある。


「これね。じゃあミア、履かせてあげて」

「はい、では」


 ミアはさっき作ったばかりの小さな靴をレプラコーンの人形に履かせた。すると、レプラコーンの人形が突然立ち上がり、お辞儀をしてポケットの中から鍵を取り出してミアにくれた。それを受け取った途端、レプラコーンはまた座って、そのまま動かなくなってしまう。


 それを見たキャロラインがクスリと笑う。


「これはきっとアランの魔法ね」

「手が込んでるなぁ、兄さま達……」


 昨日はあんな風にノアを急かしたが、まさかここまでやってくれるとは思って居なかったアリスは、手を叩いて喜んだ。


「ではアリス様、開けてください」

「うん!」


 受け取った鍵でスミスの小屋の鍵を開けると、中を見てアリスは目を輝かせた。


 

 ホワイトデーの舞台裏

 


 13日。買い物を終えたメンバーはそれぞれの場所で作業していた。

 料理に関してはからっきしだったリアンとアランは専らスミスの小屋を改造していたのだが、そこに料理を終えてやってきたルイスが、まぁ使えなかった。


「これはどうすればいい⁉ ここか!」


 ガシャーン!


 こんな感じで初っ端から何枚も皿を割ったルイスは、とうとう最終的にカインに小屋の外に放り出されて、ブリッジと一緒になってスミスが即席で作る人形を見ていた。


 一方小屋では、


「ノア、これじゃあ暗号簡単すぎない?」

「あんまり難しいのはアリスが解けないでしょ!」

「や、キャロラインもライラちゃんもミアちゃんも居るし大丈夫だろ」

「そうじゃなくて! アリスに解かせてあげたいんだよ!」

「そんな理由かよ! 知るか! 簡単すぎるけどこれでいくか……」


 ノアのワガママを振り切ってメモにカインが暗号を書き付けると、ノアは渋々その紙にレモンを絞って狸を描いていた。とても簡単なたぬき言葉だが、これでもアリスは解けるか心配である。


「最後のはどうする?」

「あ、最後のはもう考えてるよ。とにかくアリスを歩かせてお腹減らさないと。これなんだけど」


 そう言って取り出したメモを見てカインは思わず突っ込んだ。


「お前、さっき言ってた台詞なんだったの? こっちのが全然難しいと思うんだけど?」

「まぁまぁ。何か他に希望ある? 無かったらこれでいくよ」


 ノアのメモを見てキリがポツリと言った。


「ノア様、ミアさんが活躍する場がありません。作ってください。ちなみに、ミアさんは裁縫が得意です」

「裁縫? それをここに組み込むの? 難しい事言うね、キリは。リー君は?」

「いや、僕は特に何も。ていうか、そもそも一つ目の暗号はライラが解くだろうから」


 ノアが作った暗号のヒントになるキャンディハートさんの詩集はライラが全巻揃えているからだ。あの独特な名前でライラはすぐに気付くだろう。


 しかし何故あの詩集をノアがチョイスしたのかは謎である。


 リアンの言葉に頷いたカインはちらりとオリバーを見て無言で首を振った。


「何なんすか、その顔」

「いや、別に。ドロシーはここに居ないからオリバーは我慢してな」

「別になんも考えてないっすよ! 言っとくけど寂しくもないから!」


 フィルマメントという相手が出来た途端にこれである。腹立たしい事この上ないが、どうやらカインにもそんな風に見られているようだと気づいたオリバーは、アリスの様に拳を握って抗議したのだった。そしてこの時点でスミスが作る人形は急遽、レプラコーンになった。後はアランが魔法をかけて終わりだ。


 ルイスが嬉々としてスミスと小屋に戻ってくると、そこにはあらかたの準備が揃っていた。あとは暗号をアリス達にバレないように置きに行くだけである。


「それじゃあブリッジとレインボー隊、指定の場所にメモ置いて来てね」


 ノアの言葉にレインボー隊はメモを持って全員でブリッジに乗り込み小屋を出て行く。


 こうして、アリスの夢を叶える為のホワイトデーが幕を開けたのだった。


 当日は連絡役は全てあちこちに配備されたレインボー隊がしてくれていた。万が一間違えた方に向かってしまった時用にヒントを用意して至る所で待っていたのだが、そんな心配は杞憂に終わった。


 逐一レインボー隊から入ってくる連絡を受けて、ルイスはワクワクした様子で買ってきた果物を一つずつ拭いて机の上に置いていく。


「キャロも楽しんでいるみたいだ!」

「何ならアリスちゃんの次ぐらいに楽しんでるんじゃないの?」

「しかしあれだな。こういうのはワクワクするな!」


 何故か自分の事のように嬉しそうなルイスを見て、カインとノアが顔を見合わせて言った。


「じゃあルイスの誕生日にやってあげるよ」

「良いのか⁉」

「構わないよ。ただ、僕達が考えるんだからルイス一人で解くんだよ?」

「え……」

「止めときなよ、王子。絶対とんでもなく難解な暗号作って来るよ、この二人」


 呆れたリアンの言葉にルイスはしょんぼりと頷く。参加したいが、一人で解いても面白くない。そんなルイスを見兼ねたトーマスが後ろから苦笑いを浮かべて言った。


「ルイス様、では私達が考えましょう。皆さんで探してください」


 その言葉にルイスはハッと顔を上げて輝かせる。そして全員を笑顔のまま見渡した。そんなルイスの顔を見てしまうと、もう断れない。


「はぁぁ、いいよ。ルイスの誕生日にね」

「仕方ないな、やっぱりルイスはアリス属性なんだから」


 ため息を落として項垂れたノアとカインを見て、リアンとアランとオリバーは小さく笑った。何だかんだ言いながら、二人ともルイスには敵わないのだ。


 

 

アリスの海賊風? ホワイトデー

 



 小屋のドアを開けた途端、中からフワリと良い香りがしてきた。その途端、アリスのお腹が大きな音を立てた。何せ半日ノア達からの挑戦状と戦っていたのである。お腹も減ると言うものだ。


「ようこそ、海賊達の宴へ! 美しく聡明なお嬢さん方」


 薄暗い部屋の中から、カインの声が聞こえた。その途端、部屋のあちこちに置いてあった燭台に火が灯された。


「ふわぁぁぁ!」


 アリスは目の前の光景に感嘆の声を漏らした。後ろでキャロライン達も、まぁ! と驚いている。スミスの小屋の中はアリスが以前描いた絵のようだった。アリスのイメージする海賊の夢の食卓だ。ナイフが刺さった大きな肉塊に茹でたエビや貝類やパイ、果物がズラリと並んでいて、金色のゴブレットにはなみなみにワインが注がれている。


「凄いわね。美味しそうな香り」


 キャロラインが口を開くと、ミアもライラもドンも頷く。


「気に入った? アリス」


 まだポカンと口を開けているアリスにノアが言うと、アリスは顔を輝かせてノアに飛びついた。


「兄さま、凄い! これがホワイトデー⁉」

「そうだよ。もう、大変だったんだからね!」


 そう言いながらも準備している間は男子チームもとても楽しかったので、良しとする。


「ほんとだよ、あんたが余計な事するからさぁ」

「余計な事じゃないよ! でもありがとう! すっごく楽しかったよ!」

「そうね。何だか童心に返ってしまったわ」

「リー君ありがとう! 私も凄く楽しかった」

「キリさん、絶対にキリさんですよね? 私に靴を作らせたの!」


 口々にそんな事を言う女子チームに、今回入れなかったフィルマメントがフワフワと飛んで来た。


「……フィルモコッチガ良カッタ……」

「フィルちゃん! 来年は一緒に謎解きしようね!」

「スル! フィル、実ハ賢イ!」


 自分で言ってりゃ世話無いが、フィルマメントは腐っても妖精王の最後の娘である。それなりに教養はちゃんとあるのだ。


「さて、それじゃあそろそろ食べようか。アリスのお腹の音が怪獣みたいだ」

「そろそろ限界ですね。食べましょう」


 ノアの言葉に全員が席についた。もちろん、今日はスミスも一緒だ。


「楽しいのぅ。にしても、これはどうやって食べるんじゃ?」


 一応ナイフやフォークはあるものの、アリスは早速肉塊に豪快にナイフを入れ始めた。


「ふぅ~! いっただっきま~す!」


 ガブっとフォークに突き刺した最早ステーキと言ってもいい程の大きさの肉にかぶりついたアリスを見て、一同は目を点にしていたが、ノアは流石に取り分けてナイフとフォークを使って食べ始める。


「まぁ、見ての通り、好きなように食べたらいいと思うよ」

「うん、そうみたいだ。フィル、取り分けるから大きくなりな」

「ウン! フィルモオ肉齧リタイ!」


 何だか派手に肉にかぶりつくアリスを見てフィルは手を叩いて喜んだ。そんなフィルにカインは呆れたように頷いて大きめに切り分けてやった。


「……キャロ、今日だけは無礼講で許してくれるか?」


 アリスを見ていたルイスがポツリと言うと、キャロラインは口に手を当てて笑って頷く。それを見てルイスも目の前にあった骨付きの鳥肉の骨の部分を持って豪快に齧りだした。噛んだ瞬間に肉汁が溢れるが、そんな事は今日は気にしない。


 ルイスがそんな食べ方をしたものだから、後はもう本当に無礼講だった。手づかみで果物を食べ、パイは切り分けて行儀悪くフォークだけで食べる。貝やエビだって手だ。ナイフやフォークなど使わない。パンを千切ってシチューに突っ込み、そのまま口に放り込む。


「ふ、ふふふ。楽しいわ!」


 従者達も主も関係なく皆が好きに食べるのを見ながらキャロラインは目を細めた。目の前ではアリスとルイスが最後のから揚げの取り合いをしている。


「まだあるから喧嘩しないの! アリス、オーブンにお肉もう一個入ってるから取って来て」

「うん!」


 アリスは意気揚々と立ち上がり、オーブンから鳥の丸焼きを持って部屋の中を見渡した。


 あちこちから笑い声が聞こえて、皆行儀なんて気にしないで楽しく食事をしている光景を見てアリスは思わず微笑んだ。


「へへ! いい眺め!」


 アリスが思い描いた海賊の食卓は、こうしてとても楽しい食事会になったのだった。

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