第二百五十五話 トカゲの王様
「リー君、何だったんだ? 何て書いてあるんだ⁉ 妖精王からの手紙など、一大事だぞ!」
妖精王と言えば、その功績は数え知れない。その妖精王から手紙を貰う人間など、世界広しと言えど、おそらくほとんど居ない。
「いや、ていうか、読めないんだけど」
そう言ってリアンは妖精王からの手紙をシャルルに突き返す。妖精王からの手紙を受け取っても全く舞い上がらないリアンに感心したようにシャルルは頷くと、手紙を読みだした。
『この手紙をリー君が受け取ったという事は、シャルルは戴冠式を無事に済ませたという事なのだろう。改めて、挨拶させていただこう。私は、妖精王の名を継ぐもの。そして今回筆を取ったのは、君の故郷、ネージュでの妖精たちの雇用についてだ。妖精たちから君の領地の話を聞いた。最初は契約通り夜にのみ手伝いをしていたようだが、最近では昼間でも出掛けているものが居るそうだね。そして、そんな妖精たちを正式に雇いたいと言う申し出なのだが、彼らにその話をしたところ、とても喜んでいたよ。私達妖精族は、もうとうの昔に人間界には出向かなくなっていたが、ネージュで一部の妖精たちが活躍しているという話を聞いて、少しだけ認識を変えた。君のお父上からの手紙も読んだ上で、この申し出を受け入れようと思う。どうか、妖精たちに仕事を与えてやってくれ。彼らはまだ若い。拙い所もあると思うが、末永くよろしく頼む 妖精王』
「だ、そうです」
「へぇ、ありがと。父さんいつの間にか妖精王に直談判してたんだ。ビックリだよ。ていうか! 何で妖精王までリー君呼びなの⁉ もちろん、オリバーはモブって紹介してるよね⁉」
「だから! 何で俺を引き合いに出すんすか!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてください。私は先ほど妖精王と契約をしてきました。その時にこの手紙を預かったのですが、妖精王はとても喜んでいましたよ。実は、彼もずっとネージュに居る妖精たちからせっつかれていたそうなんです。最近ではいよいよ移住しようとする者まで居ると嘆いていました」
「あー……何かね、うちにも既に住み着いてるらしいよ。冷蔵庫の中を凍らせてくれるんだって」
「そ、それは……リトさん的にはど、どうなんだ?」
ルイスの質問にリアンは笑った。
「ありがたがってた。ほら、冷凍って今まで出来なかったじゃん? だから物が腐らない! って喜んでたよ。その妖精用に最近大きな冷蔵庫を買って、そこに小さな家具を置いてやったら住み着いたんだってさ。最近はちゃんと妖精用の食事も用意してるらしいよ」
「……それはまた……何と言うか……心の広いお父さまで……」
「……今回のループは面白い人たちばっかり……なのね」
驚いたシャルルと苦笑いを浮かべるシエラに、アリスは頷いた。
「そうだよ! だからシエラ、安心していいよ! ちゃんと今回で終わらせてあげる! シャルルと結婚させてあげるからね!」
アリスの言葉に、シャルルもシエラも一瞬驚いたように目を見張り、次の瞬間笑い出した。
「ははは、そうですね。是非お願いします。いい加減、私も待つのはそろそろ限界です」
「ありがとう、アリス。とても嬉しい! ほんとに……あなた達は頼もしいわ」
そう言ってシエラは浮かんだ涙を指で拭った。そこにどれほどの感情が込められているのか、きっと誰にも分からない。
けれど、それこそ全てのアリスの願いであり、望みだったのだ。
「とりあえずネージュの雇用は決定したけどさ、他はどうするの?」
「他にも今、人材を送ってるようですよ。やはりすぐに受け入れてくれる所とそうでない所はあるでしょうから、様子見しつつという感じですね」
妖精はその土地や土地に住んでいる人を選ぶ。好き嫌いが激しく、我が強い。それが妖精だ。
「そうなんだね。じゃあ、そういう事で、今日はお開きにしようか。明日はまた朝から馬車だし」
「え! もう帰るんですか? 明日のパーティーには⁉」
「ああ、ルイス達は置いて行くよ。でも、僕達はダムとか乾麺とか、色々やらなきゃいけない事が沢山あるから」
そう言ってノアが立ち上がると、それに続いて他の皆もゾロゾロと立ち上がった。
「えぇ……ついでにシエラとの婚約発表もするのに……」
「うん、それ聞いて今すぐに帰りたくなった。まぁ、何かあったらまた電話して。それじゃ、おめでとう、シャルル。あと、数カ月後だけど、アリス達の校外学習の時はよろしく」
「はい、もちろんです。それでは、道中お気をつけて」
「うん、ありがとう。そっちもね」
そう言ってそれぞれ部屋に戻り、帰りの支度を始める。
「ノア様、このお嬢様が大量に持ち帰った花どうします?」
「あー……アリス、どうするの? これ」
「持って帰る! 帰ったら栞にして皆に配るんだ! 記念だよ」
シャルルの戴冠式に降って来た花の栞など、とてもいい記念になる! アリスは胸を張ってそう言って、荷物をまとめる作業に戻る。普通はこういう事は従者やメイドがするのだろうが、バセット家は自分の事は自分で、が信条である。
「それにしても多くないですか?」
「大丈夫! 全部使う! 私の所もう入んないから、兄さまかキリの所に入れといて」
「……ノア様、入ります?」
「まぁ詰めれば大丈夫だけど、全部は無理かな」
「では、半分にしましょうか。ったく、ただでさえお嬢様の荷物で俺の鞄も一杯だというのに、ここに来て花まで……」
「まぁまぁ。頑張って詰めよ」
ノアの鞄にはアリスがどこからともなく拾ってきた石や草、土が入った袋などがぎっしり詰まっていて鞄の隅に、申し訳程度に着替えが入っている。それはアリスもキリの鞄もだ。
どこへ行くにもいつもこうして、行きにはぺちゃんこの鞄が帰りにはパンパンに膨れ上がるのだ。だから常に必要以上に大きな鞄を持っている三人である。
翌朝、ルイス達は約束通りパーティーに参加してから帰るというので、一応アランについて居てもらう事にした。とはいえ、妖精王との契約が済んだシャルルが居るのだから大丈夫だとは思うが、念のためである。
後のメンバーは皆、アリスが即席でタイヤをつけた幌馬車に乗り込み、学園に戻る事になった。
「ドンブリ良い子にしてるかな~」
カインの言葉に小さくなったフィルマメントが首を傾げる。
「ああ、ドンブリって言うのは、バセット家のドラゴンと犬なんだけど」
「ドラゴン! イヌ! ココニモマダドラゴン居ル?」
「いるんだよ、これが。アリスちゃんが卵拾ってきて、育ててるんだ」
「アリス凄イ! ドラゴン、気性激シイ。怒ルト手ガ付ケラレナイ!」
フィルマメントの言葉に皆は一斉に首を傾げた。ドンが気性が激しい? 基本的に食っちゃ寝しているが? そう思うのに、フィルマメントはドラゴンの生態について詳しく話し出した。
全て聞き終えたリアンがポツリと言う。
「ねぇ、学園に居るの、あれやっぱりドラゴンじゃなくて、育ちすぎたトカゲなんじゃないの?」
「俺も今同じ事思ってた……え? あれドラゴンだよね?」
カインに同意を求められたオスカーが困ったように首を捻る。
「ちょっと、自信なくなってきました」
「ドラゴンだよ! ドンちゃんは気の良いドラゴンなの!」
「気ノ良イドラゴンナンテ、聞イタ事ナイ」
ポツリと呟いたフィルマメントに馬車の中がシンとなる。そんな空気を察したのか、アリスがスックと立ち上がった。
「何だ何だ! ドンちゃんがドラゴンでもトカゲの王様でも、もううちの子だ! 私は生涯ドンブリと共に生きる! よし、歌おう!」
途中までうんうん、と頷いていたカインとオスカーが最後の一言を聞いてギョッとした顔をしている。
「歌⁉ 何で⁉」
「アリス、ここ狭いから止めとこう?」
「いいや、歌う! 私は歌いたい!」
覇気がない皆に喝を入れるべく拳を握ると、ライラとフィルマメントが手を叩いて喜んだ。
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