第二百五十四話 友好条約

 そしてクルリと振り返ったアリスは、ノア達を見てにっこりと笑う。


「はぁ~お腹減った! この骨、出汁出るかなぁ?」

「……」


 辺りはシンとした。誰も動かない。いや、動けない。ノアでさえ、そんなアリスを見て固まっていた。


 そんな中、キリが立ち上がりゆっくりアリスの元まで行くと、アリスにげんこつを一つ落とす。


「ぎゃん!」

「何の動物の骨かも分からないので止めてください。ほら戻りますよ」

「はぁい」


 すごすごと戻ってくるアリスを見て、リアンは隣のノアに耳打ちする。


「ねぇ、あいつやっぱどっかおかしいって」

「まぁ、それは否定しないけど……でも、あれがアリスの良い所だよね」

「……あんたも絶対どっかおかしいって……二人揃って病院行きなよ」


 リアンの言葉に笑顔で言い切ったノアは、立ち上がって両手を広げる。そこにアリスが駆け寄って来て抱き着いた。


「頑張ったね~アリス! 偉い偉い!」

「えへへ~。兄さまも偉い偉い!」


 お互いの頭を撫で合う兄妹を、皆がどんな目で見ていたかなんて、この二人にはどうでもいい事である。


 この後、アリス達はやってきたルイス達にもみくちゃにされつつ、そのまま風呂へ直行する事になった。着替えも既にしっかり用意してあり、フォルスの城の使用人達から物凄く感謝されてしまった。


「皆さん、この度は本当にありがとうございました。我々だけでは、きっとこうはいかなかったでしょう。この恩は絶対に忘れません。ルーデリアで何か起こった時は、必ず駆けつけるとお約束します」


 そう言って着替えを終えた皆がホールに戻るなり、シャルルが深々と頭を下げた。その隣で、シエラも涙を零しながら頭を下げる。


 そんな二人を見て、ルカは大いに頷き、そっとシャルルに向かって手を差し出した。


「こちらこそ、君がルイスを救ってくれたのだと聞いている。その節は、本当に世話になった。今回の件は、その時の恩返しだと思っていてくれ。そして、ルーデリアもまた、これからのフォルスと友好関係を築いていきたいと願っている」

「そ、それは!」

「ああ。友好条約をここに結ぼう。書面はすぐに作れるか?」

「は、はい! すぐに用意します!」


 シャルルはそう言って振り返り、宰相にすぐに書面を用意するように言いつける。


「まだ未熟な若輩者ではありますが、今後の両国の為に誠心誠意尽くす事をお約束します。今後とも、どうぞよろしくお願い致します」


 頭を下げるシャルルに、ルカは声を出して笑う。


「ははは! 君とルイスは友人なのだろう? どうせすぐにこちらの王位も変わる。そんな畏まらないでくれ。今後もルイスと仲良くしてやってくれると嬉しい」

「! はい、それはもちろん!」

「ああ、頼んだぞ」


 死ぬまで王位は譲らないつもりだった。


 けれど、最近になってステラの言い分が正しいのだとルカは思うようになった。


 と言うのも、ロビンがあれほど言っていた国の識字率がジワジワ上がってきている。そして不思議なスマホという通信機も貴族の間で普及し始めた。鉛筆と消しゴムの開発に、ルイスから送られてきた麺という食べ物。これらの全てはルカの知らない所で密かに進められていたのだ。気がつけばルカだけが何も知らずに居た。それほどまでに、自分は信用がなかったのだ。


 落ち込むルカにステラは笑いながら言った。


『違うわよ。あなたが信用できなかった訳じゃないの。ただ、国の仕事にしてしまいたくなかったのよ。だって、あなたは絶対に黙っていられないでしょう? そこら中でまだ発売もされていないのに言い回ってしまうに決まってるもの。あなたが純粋にルイスの事を自慢したくて言い回るのは私達には分かっていたの』

『それが俺に黙っていた理由か?』

『そうよ。だってね、あなたがいくらルイスを自慢したいだけでも、そこに飛びつく貴族は沢山いるでしょう? それこそ、キャスパー伯爵のような、悪い大人達が。そういう人達に隠し通したかったの。ルイスは、私に言ったわ。スマホを父さんには黙っていてくれって。どうして? って聞いたら、恥ずかしそうに、だって、知ったらあの人はすぐに俺を自慢しようとするだろう? って。それは本意じゃないんだと言っていたわ。これは、自分だけで成し遂げた事ではないから、と』

『……そうか』


 それを聞いた時、ルカは頷くしか出来なかった。一人息子だ。少々怖がりで自信が無かったルイス。そんなルイスだからずっと不安だった。あまりにも自分とは違いすぎて、繊細すぎて国を任せても大丈夫だろうか? と。


 けれど、今のルイスを見ているとそんな風にはいつの間にか思わなくなった。案の定、スマホを初めて手にした時、ルカは皆に自慢したおしたのだ。まぁ、周りはほとんど皆既に知っていたのだが。何よりもオーグ家のヘンリーには、自分の娘の功績だと言わんばかりにスマホについて語られてしまった。


 その顔はとても誇らしげで、その顔を見て思ったのだ。ああ、きっと自分もこんな顔をしてるのだろう、と。


 それに気づいた途端、素直に思えた。この国をルイスに譲ろう、と。いや、ルイスだけじゃない。彼らに譲ろう、と。ステラの言う通り、未来を紡ぐのはいつだって子供達なのだ。


 ルカは目の前に置かれたフォルスとの友好条約の書類にサインをして、シャルルに手渡した。


「これで、ルーデリアとフォルスは友好関係になった。フォルスに何かがあれば、必ず手を貸そう」

「はい。ルーデリアに何かあった時も、必ず手を貸すと誓います」


 ルカとシャルルは、しっかりと手を握り合った。


 これは、歴史的瞬間とも言うべき瞬間だったのだが、その歴史的瞬間は、あまりにもひっそりと行われたのだった。その後、現場を見ていた使用人達の口伝で伝えられ、後にどちらの国の歴史書にも載るのだが、それはまだしばらく先の話だ。


 この後、仕切り直しでフォルス始まって以来の初めての夜の戴冠式がしめやかに行われた。


 夜は妖精の時間だ。フィルマメントは仲間たちを呼び寄せて会場中に花の雨を降らせ、戻って来ていた国民達を沸かせた。


「綺麗! 凄いね、フィルちゃん!」


 落ちて来た小さな花を拾ったアリスは手の平一杯の花を見て喜んだ。


「ソウ? コレグライ、チョチョイノチョイ!」

「……片言なのに変な単語知ってんなぁ」


 呆れたカインの言葉にフィルはハッとしてポケットから単語帳を取り出して捲っている。


「合ッテル!」


 フィルマメントはそう言って単語帳をカインに見せる。カインもそれを見て頷いた。読めないが、『チョチョイノチョイ』についての説明が書いてあるのだろうと思うと笑える。


「使い方間違えたかと思ったの? はは!」


 声を出して笑ったカインにフィルマメントは首を傾げるが、その様子もまたおかしくて、カインはフィルマメントの頭を撫でる。気分はすっかり世話の焼ける妹が出来た気分だ。


 無事に戴冠式が終わり、宿に戻るとシャルルとシエラが尋ねてきた。


「いつもルイスの部屋に集合するのですか?」

「ここが一番広いからね。それで? 今頃お城はパーティーじゃないの?」

「いえ、それは明日のお昼からです。今日はもう、皆も疲れ果てているので休ませました」

「そうなんだ。で、どうしたの?」


 ノアの問いにシャルルは一枚の紙をリアンに差し出した。


「これをリー君に。妖精王からの手紙です。妖精たちの雇用について」

「ありがと。ていうか、あんたまで僕の事をあだ名で……いいや、じゃあもちろんオリバーの事はモブって呼ぶんだよね?」

「何で俺を巻き込むんすか!」

「だって、僕だけあだ名とか嫌じゃん! とりあえず手紙読むよ」


 そう言ってリアンは手紙を開けて中を開き、じっと見つめている。いつまでも口を開かないリアンに業を煮やしたのか、ルイスが口を挟んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る