第二百五十三話 妖精、嘘言ワナイ

「いや、それよりも、この子どこの子なの?」

「フィルハ妖精王ノ最後ノ娘! フィルマメント! 今日、パパノ代ワリ。ソシタラカインニ会ッタ」

「……嘘でしょ?」

「嘘イワナイ」

「……」


 どうしたらいいのだ。困り果てたカインの肩を、オスカーがポンと叩いた。


「カイン、恋、したいんでしょ?」

「いや、違くない⁉ 誰とでもいい訳じゃないんだけど⁉」

「誰デモイクナイ。フィルトスル」

「フィル、恋って言うのは、するって言って出来るものじゃないんだ。まずはお互いの事をよく知る所から始めよう? な?」

「分カッタ。シバラクカイント居ル。ソレデフィル、知ル」

「カイン、私が言うのもなんですが、妖精は諦めませんよ、絶対に。何せ私の母がそうなので。そして、私も」

「あ、なんか納得したわ」


 何せシエルを訳の分からん魔法を使って無理やり違うループから引っ張ってくるような男である。妖精の成分が薄いくせに、だ。妖精の原液のみで出来たフィルマメントがどれほどにしつこいか、何となく想像がついてしまう。


「話はまとまったか?」

「ルイス……」

「まぁ、カインにはそういう子の方が合ってるんじゃないかしら? あなたもたまには振り回されたらいいのよ」


 にっこりと笑顔で言い切るキャロラインに、カインは何も言えなくなってしまう。何故なら、その後ろでシエラまで頷いているのだから。


「とりあえず、学園の寮住まいだから連れては行けないよ」

「大丈夫。妖精、小サクナレル」


 そう言って、フィルマメントはパチンと指を鳴らした。その途端、手の平サイズの小さな妖精に変身したではないか! そんなフィルマメントを見てカインは咄嗟に口元を抑える。


「か、かわい……違う! そ、そんなんで俺は惑わされないからな!」

「完全に惑わされそうになってたけどね、今。うわぁ~やっばい、めちゃくちゃ可愛いんだけど!」


 オスカーの言葉にフィルマメントはにんまり微笑んで、カインの手の平の上でクルリと回って見せる。それを見てカインは口を押えて小さく呻いた。


「後デメイドモ呼ブ」

「メ、メイドまで呼ぶの⁉」

「そりゃ、こう見えて姫ですから。フィル、また叱られますよ」

「イイ。運命ハ掴ミトルモノ。ママガイツモ言ウ」

「……カイン、諦めてください。私にはもうどうにも出来ません」


 何せ一国の姫が決めた事である。シャルルにも止める事は出来ない。唯一止める事が出来るのは妖精王か王妃だろうが、いきさつを聞けば、間違いなく喜んでフィルマメントを送り出すだろう。何せ妖精は忠義に熱い。仲間意識もかなり強い種族だ。その命を、自分の命を投げうってまで助けようとしたとなると、これはもう普通に嫁に出しかねない。


「……」

「何よりも、妖精は自分の運命の相手を感じる事が出来る特殊な種族です。運命の人と言われ命を分け与えられたなら……まぁ、後は言わなくても……ねぇ?」

「一番大事なとこ濁すの止めて! はぁ……分かった。とりあえず、友達からって事でいい?」

「イイ!」

「言っとくけど、それで好きになるかどうかは別問題だからね?」

「ハイ!」

「返事はめちゃめちゃいいんだけど、ほんとに分かってんのかなぁ?」


 フィルマメントはまた大きくなってカインに抱き着き、カインの胸にグリグリとおでこを擦り付けてくる。何だかそんな仕草はドンブリと同じで可愛いと思ってしまう。


「でも、助けてくれた事は本当に、ありがとう」

「……ウン!」


 羽根を虹色に輝かせて喜ぶフィルマメントを見て、カインもにっこり笑う。内心では、両親や兄たちに何て説明しよう、なんてヒヤヒヤしながら。



「お待たせ! これで全部だよ!」


 アリス達の元に元凶を壊しに行っていたリアンとユーゴが戻って来た。彼らのクロウと剣も既に血まみれだ。


「ありがと。よし、じゃあ行こうか、皆!」


 ノアは掛け声と共に空に向かって空砲を打った。その音に仲間たちの士気が上がる。


「何度も何度も邪魔しやがってぇぇぇ!」

「お~荒ぶってるねぇ~~」


 刀の血をスカートで拭きながら敵をなぎ倒していく様をユーゴは楽しそうに見守りながら、自身も剣を振るう。


「ユーゴ! お前、後ろに回れ!」

「あいよぉ~」


 騎士団長のルーイを見て、ユーゴは騎士団に入った。


 ユーゴの生まれは伯爵家で、騎士系の家系でも何でもないし、何なら5人兄弟の4番目という微妙な位置な為、家督は継げないし、かと言って特になんの才能も無かったユーゴ。


 けれど、幼い時に家族で見た剣技の格闘を見た時、生まれて初めてユーゴはこれだ! と思い、それから剣を習いだし、あっという間にその才能は開花した。


 誰にも言った事はないが、ルーイが騎士団の団長だからユーゴは騎士団に入ったのだ。


「夢みたいっすねぇ~」

「何が⁉」


 こんな時でものんきなユーゴに背中を預けながら、ルーイは剣を振るう。思ったよりも、ユーゴに背中を預けているのは安心感があって自分でも驚いている。


「いやぁ~秘密っすねぇ~」


 騎士団に入った当初はあんなにも遠かったルーイの背中が、今はすぐ後ろにある。そう思うだけで、心が震える。騎士団を飛び出しルイスの元へ向かう時も、一番心に引っかかっていたのはルーイの事だ。もう一緒に戦えないのか、そう思うと寂しかった。だからまさか、ルーイまで騎士団を止めてこちらに来るなんて、夢にも思っていなかったのだ。


「ははは!」

「お前なぁ、この状況で笑うのは大概おかしいぞ⁉」

「いやぁ~この面子の中では、俺大分まともでしょぉ~」


 そう言って視線を移した先には、ノアが支える剣を駆け上がり、覆面の真上から刀を突きさすアリスの姿。


 それを見てルーイもゴクリと息を飲む。


「あ、あれは別格だろ」

「ですねぇ~あの子、怖いわぁ~」


 話しながらもしっかり敵を倒していくルーイに感心しながら、ユーゴもルーイの背中を守る為に動いた。


 やがて覆面が数えるほどしか居なくなってきた頃、仲間たちは自然と真ん中に集まってきていた。


「そろそろだね。アラン、大技出す?」

「いえ、それは譲りますよ」


 既に疲れ切っているアランにノアも渋い顔をする。皆、ずっと戦っていて疲れが見え始めているのだ。そんな中、一人だけまだまだ元気なアリスが叫んだ。


「アリス! 最後の最後まで手は抜くな! 敵は殲滅せよ! よし、行ってくる!」


 誰と会話しているのか、アリスは一人で喋って一人で勝手にゴーしてしまった。そんなアリスを見てノアは、ストンとその場に腰を下ろす。


「だ、大丈夫っすか?」


 てっきりどこかやられたのかと心配したオリバーに、ノアは首を振る。


「ああ、違う違う。終わったな、と思って。後はアリスに任せておけば大丈夫。あの訳の分からない独り言言い出したら、アリス、何にも聞こえなくなるし見境なくなるから。下手に動いたら僕達も敵だと認識されかねないんだよ。ほら、皆も座って」


 その言葉に皆は顔を見合わせて急いで座りつつ、ジリジリと戦闘真っただ中のアリスから距離を取り、遠巻きに見ていた。


「これはカイン様の仇ぃぃ!」

「いや、次期宰相死んでないよね⁉」


 思わず突っ込むリアンの肩をノアがポンと叩いて首を振る。


 一人一人の名前を叫びながら一体一体壊していくアリスには、もう何も聞こえてなどいない。アリスの頭の中には、敵は殲滅しなければならない、という単語しかないのだ。


 ようやく、最後の敵の前に来た時、アリスは刀を構えて言った。


「私達の、邪魔をするなぁぁぁぁ!」


 アリスはそう言って、剣を振りかざしてきた敵の剣をはじき、顔のど真ん中に刀を突きさし、刀が刺さったままの覆面の頭を握ると、ぐしゃりと片手で握りつぶした。

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