第二百五十二話 アリス、ゴー!

 会場内の群衆は、皆外に出た。それを待っていたかのように、どこからともなく覆面達が現れる。


「元は?」


 ノアの問いにオリバーが答えた。


「リー君とユーゴが行ってるっす」

「そ。じゃアリス、ゴーしようか」


 コクリ。


 アリスはノアの言葉を合図に駆けだした。容赦なく刀を振り回し、一太刀で覆面の首を切り落としていく。片手で刀を操り、もう片方の手で覆面の頭を握りつぶす様はまさに鬼神そのものだ。


「女の子としては完全にアウトだね」

「人間としてもアウトですよ」

「はは! じゃ、僕達も行こうか」

「はい」


 走り出したアリスを追いかけるようにノア達も走り出した。ノアは華奢な体には見合わない大剣を軽々振り回し、やはり一太刀で何体もの覆面を壊していく。


 空からは戻ってきたアランの火矢が降り注ぎ、キリが電光石火のごとくその合間を縫うように走り抜ける。すると、覆面達は急にバランスを崩して動きが鈍くなった。


 それに留めを刺していくオリバーとルーイ。一刺しで息の根を止めるのはうっかり暗殺者に仕立て上げられそうになっていたオリバーだ。


 ルーイもそれに負けじと剣を振る。慣れ親しんだ親友のような剣だ。それなのに、今まであまり活躍の場は無かった。だからきっと今、剣も喜んでいるに違いない。


 その時、丘の上からリアンの声がした。


「へんたーい! 一個じゃないみたい! 続きを探すよー!」


 その声に振り向いたノアは、リアンの後ろに立つ覆面を見つけるなり叫んだ。


「リー君! 避けて!」


 そう言ってノアは大剣をリアンの後方めがけて構えると、容赦なく引き金を引いた。慌ててすり鉢状の会場の中に逃げ込んだリアンの真上を、ドン! という物凄い音と共に物凄い勢いで何かが通り抜け、後ろに立っていた覆面がぐしゃりと砕け散る。


「な、なんなんすか、それ!」


 慌てるオリバーと固まるルーイとアランにノアはニコっと笑う。


「ソードピストル! アリスの秘密メモにあったから作ってもらったの。クロスボウよりは使えるかなって」

「兄さま、格好いい!」


 返り血だらけのアリスに褒められ、ノアは嬉しそうに弾を充填する。丘の上ではリアンがブルブル震え、隣ではユーゴも唖然とした顔をしている。


「へ、変なもん作んな! このばか兄妹! でもありがと!」


 それだけ叫んで駆け出したリアンは何だかんだ言いつつ癒しで頼もしい。


「さて、これで終わりじゃないでしょ? アリス?」

「もちろん、仲間に手を出すのは許せないっつってんでしょ!」


 目の前の覆面の頭に思い切り回し蹴りをしたアリス。そんなアリスに蹴られた覆面の頭がボロリと落ちる。それをグシャリと踏みつけたアリスは、また刀を構えて走り出す。


 

「これが、地獄絵図と言うんだろうな」


 ポツリとルイスが言った。それを聞いてキャロラインも隣で深く頷く。キャロライン達も最初は手伝うと言ったが、ノアは笑顔で言ったのだ。


『いい、邪魔だから』


 と。


 その時は何故! と思ったが、確かにこれは邪魔になる可能性大である。勿論ノアはキャロラインやルイスが重要人物だからという意味も込めて言ったのだが、サポートが得意なシャルルまでもがここに居るという事は、戦いにおいてはあのメンバーが主力と言う事なのだろうという事が、ここから見ているとよく分かった。


 まず筆頭にアリスだ。自らにも魔法をかけているアリスは、尋常じゃない。岩を持ち上げて覆面の頭に打ち付けるわ、アランの矢を素手で受け止め相手に突き刺すわ、飛び蹴りしてそのまま回転して首を切り落とすわ、もう滅茶苦茶である。


 そしてノア。あの武器は何だ。今までノアがクロスボウを愛用していたのは知っているが、あんな飛び道具は見た事ない。大剣で相手を切りつけ、さらに追い打ちをかけるように何かをして敵の頭を一瞬で砕く。


 キリもさっきから見ていると的確に正確に覆面の足の腱を切り、バランスを崩して倒れた所を容赦なく踏み抜いていた。


 アランは覆面が群れている場所には火球を落とし、それ以外の覆面には火矢を放つ。さらに水球に覆面を閉じ込めたかと思うと、それを岩にぶつけている。一体どれほどの魔法を一度で使うのか。


 オリバーも暗殺者として仕立て上げられただけあって、やはり強い。派手さはないが、太刀筋が正確で、何よりも隠密というに相応しい動きだ。きっと、近くに居ても足音が聞こえないんじゃないだろうかと思う程度には、一人静かに戦っている。


 ルーイは長年騎士団長を務めているだけあって、やはり動きが丁寧だ。正に騎士道! という感じだ。


「あらあら、アリスさん本当に強いのねぇ」


 おっとりと言うステラにルカは黙って頷いた。


「最近、聖女と王家を守るガーディアンが居るという噂をちょくちょく耳にするんだが、それは……あれか?」


 そう言って指さした先にはアリス達が居る。それを受けてルイスとキャロラインは互いの顔を見合わせて同時に首を振る。


「いいえ、彼らはガーディアンなんかではありません。大切な大切な、俺達の仲間です」

「そうか。しかし強いな!」


 これは騎士団では到底敵わない。ルカは口元に手を当てて何かに納得したように頷く。


 長らく戦争が無かったのだから仕方ない、では済まされない。ルーデリアに戻ったら、騎士団の再教育に力を入れようとルカは心に誓った。


 その頃カインは、フィルマメントを剥がそうとずっと戦っていた。


「シャル、ちょ、この子離してくれない?」


 まるで接着剤でくっついてるのかと思う程、フィルマメントはカインの首にまだ抱き着いている。


「いや~どうやらフィルはあなたが気に入ったようで……生命力を分けてしまうぐらいだから相当かと……」

「ど、どういう事?」


 驚いたカインにオスカーがさっきあった事を丁寧に話してくれた。それを聞いてカインは居住まいを正す。


「えっと、フィル?」

「ハイ」


 カインから離れようとしないフィルマメントはカインの膝の上にちょこんと座ってカインを見上げる。


「まずは、助けてくれてありがとう。生命力を分けたって……大丈夫なの? そんな事して」

「ハイ! 寿命、チョット減ル。デモ大丈夫!」

「だ、大丈夫なの⁉ 本当に⁉」


 寿命がちょっと減るのは全然大丈夫じゃない気がするが⁉ そう思うが、フィルは首を振った。


「高位妖精、寿命トテモ長イ。カイント同ジグライニナッタダケ」

「そ、そうなんだ?」


 それはもしかして大分減ったのでは? 恐る恐るシャルルを見上げると、シャルルは肩を竦めて見せた。そんなシャルルを見てカインはゴクリと息を飲む。


「何やってんの! 駄目でしょ⁉ 命は粗末にしちゃ駄目!」

「粗末、シテナイ。運命ノ人ト、オ揃イ。何ガ悪イ?」


 たどたどしい言葉で真顔でそんな事を言うフィルに、カインはフィルの肩におでこを置いた。


「あー……マジかぁ」


 思いがけないフィルの言葉に、不覚にもキュンとしてしまった。運命の相手などと言われて悪い気はしない。何て殺し文句を言うのだ。涙目でシャルルを見上げると、シャルルは苦笑いをしながら言った。


「妖精はどんな者も魅了されます。魔法ではなく、それは摂理です。逆らってもいい事ありませんよ」

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