第二百四十九話 綺麗めアリス
今アリスはまだ幼く、この世界の事を正しく理解していない。だからきっと何故シエラがここまでするのか、きっと分かってはいないだろう。
けれど、十七歳になってループが終わりに近づくにつれて、どの過去アリスも皆、最後にはキャロラインへの後悔を抱えていた。
途中からはどのアリスもルートなどどうでも良くなっていた。今アリスと同じようにとにかくループを終わらせる事だけを考えていた。シャルルに会いたいとあれほど願っていたのは、彼が設定の上では世界を終わらせてしまうほどの魔力を持っていたからだ。
シャルルに会えさえすれば、もしかしたら助けてくれるかもしれない。そう思ったのだが、シャルルには会えず、処刑アリスだけが彼に会えた。死の間際に声を聞く事が出来たのだ。
泣き崩れたシエラとキャロラインを見て、シャルルがゆっくりと話し出した。
「説明しますね。シエラはループに気付いた日からずっと、私だけを探してくれてました。仲間が居ないとこのループから逃れられないかもしれないという事に最初に気付いたのは、彼女です。私はずっとそんなシエラを見ていました。立てなければならないフラグを回収できず、私はシエラに直接会う事が叶わなかった。けれど、皆も知っているように、私には物語が終わるその時にだけ使える力がある。それを、シエラに使ったんです。アリスも聞いたでしょう? 処刑エンドで私の声を」
「……うん」
夢の中で見ただけだが、確かにシャルルの声がした。アリスが思い出すように頷くと、シャルルも満足げに頷いた。
「どうせシエラが処刑される寸前でゲームはまたループに戻る。私はその瞬間を狙い、シエラに声を掛けました。そして、中身はアリスのままで違う設定をつけたキャラクター、それが、シエラです。姿形を変える事は出来ませんでしたが、私の婚約者としての設定を付け、名前を変えた。こうする事でシエラを救う事が出来ました。これが、シエラの正体ですよ」
シャルルはそう言って愛おしそうに、まだキャロラインと抱き合ったまま泣きじゃくるシエラを見下ろす。その目はアリスが好きだったシャルルそのものだ。
「聞いて良いかな? どうしてシエラさんだけを救ったの? 他にもアリスは居たんでしょう?」
「ええ。ですが、処刑されたエンドはシエラだけ。それと、一番私を純粋に愛して探してくれたのも、シエラだけでしたから。他の誰のルートに入りそうになっても、彼女だけが強制力に負けず、キャロラインのように強い意志でそれを乗り切ったんです。ですが、それが仇となって魔法が暴走してしまった。魔女に仕立て上げられ、ああなってしまいました。最後の時までシエラは私を想ってくれていました。そんなシエラを、私が救わない理由などありません。だって、私の設定はアリスを好きすぎて闇落ちしてしまうのですから。ね?」
そう言ってにっこり笑ったシャルルに、アリスは苦笑いを浮かべて頷いた。
「そっか……じゃあ、処刑アリスは、処刑されてなかったんだね……良かった。それに、ちゃんと推しと居たんだ……何か、凄く嬉しい」
どれだけやりこんでもシャルルとはくっつくエンドが無かった。
でも、実際にはちゃんとシャルルとくっつく未来もあったのだ。そう思うだけで、何だかもう嬉しくて仕方ない。だって、琴子の時はゲームだったけれど、今はアリスはこの世界に生きているのだから。
アリスの言葉にようやくシエラが顔を上げてアリスに笑いかけて来た。さっきは自分と同じ顔で気味が悪いと思ったのに、今はもうそんな風には思わない。ちゃんと、別人だと思える。
「シエラは今、ちゃんと幸せ? シャルルの隣でちゃんと幸せになれる?」
アリスの問いにシエラは柔らかく微笑んだ。
「もちろん。念願の最推しだもの。羨ましい?」
少しだけ意地悪に微笑むシエラにアリスは首を振った。そして、隣でずっと何かを考え込んでいるノアの腕を掴む。
「全然! だって、私の最推しは、誰が何と言おうと兄さまだもの!」
「!」
驚いたようなノアを見上げてアリスが微笑むと、ノアもいつもよりもずっと優しく笑いかけてくれる。
それは、今まで見た事のないノアの笑顔だった。
「それにしても、随分と手の込んだ事したね。で、二人で協力して今までずっとお膳立てしてたの?」
真顔に戻ったノアが言うと、シャルルは首を振った。
「いえ、それが出来なかったんですよ。前にも言ったように、私が出来るのはキャラクターの性能を弄る事。それだけです。ゲームが始まってしまえばもう手は出せない。いくら記憶の無いアリスの周りでお膳立てをしても、何も改善しませんでした。だから私達はずっと見守るだけでしたが、今回のアリスは今までのどのアリスよりも素直に純粋に育ち、ゲームが始まる前に全てを思い出した事で、私達の動きに気付くことが出来た。なによりも、今回は仲間がこんなにも沢山いる。皆で助け合いながらメインストーリーを進んで行くあなた達を、素晴らしいチームだと私は思っています」
チーム、と表現したシャルルはキャロラインを見て口の端を上げる。それはきっと、チーム聖女の事を言っているのだろうと気付いたキャロラインは苦笑いを浮かべ、抱きしめていたシエラの手を取った。
「今からでも、仲良くしてもらえるかしら?」
「も、もちろんです! こちらこそ、よろしくお願いします!」
花が綻んだように笑うシエラと、口をパカっと開けて満面の笑みを浮かべるアリスをしばらく見ていたキャロラインがポツリと言う。
「……おかしいわね。同じアリスなのに、どうしてこうも違うのかしら……」
真顔でそんな事を言うキャロラインに、シエラは上品に口に手を当てて笑い、アリスは拳を握りしめて憤慨している。もうこんな所作からして違う。
そんな対照的な二人のアリスに、全員が笑った。その後、全員で食事をとり今までのループの話を色々聞いた。
けれど、ループが終わるのと同時にまたループが始まる。どうやらそれにはシャルルもシエラも巻き込まれるようだ。
「だから私は毎度思い出す度にシャルを探すところから始まるの。酷いのよ、シャルったらそれを知ってるくせに、一度も自分から迎えにきてくれた事はないの」
笑いながらそんな事を言うシエラにシャルルも肩を揺らして笑う。
「それは何て言うか、私を探すあなたが堪らなく好きと言いますか、すみません」
「もう! 本当に酷い人! そう思わない?」
「……」
何だか自他共に認めるカップリング厨のアリスにも分かる。このカップルはウザい。何だろうな。醸し出す雰囲気に初々しさがないからか?
「あのさぁ、アリスの顔と声で僕の前でイチャつくの止めてくれる? 虫唾が走るんだけど」
テーブルに頬杖をついていたノアが言うと、他の皆も頷く。
「あれ? 他の皆さんもですか?」
キョトンと悪びれる様子もないシャルルにキリが言った。
「すみません、顔と声がお嬢様なので、私には猿とシャルル様がイチャついてるようにしか見えません」
「俺達も……何と言うか、綺麗めアリスに違和感があってだな……いや、待て! そういう意味じゃない! 俺達にとってはお前の印象が強すぎて、変な感じだと言いたいだけなんだ! 別にお前が綺麗じゃないと言いたい訳じゃない!」
ルイスの一言にアリスがユラリと椅子から立ち上がったのを見てルイスは慌てて訂正している。そんなルイスを見て、今度はシエラが声を上げて笑う。
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