第二百五十話 カインの後悔と今アリス
「楽しそうでいいわね!」
「毎日ドキドキハラハラしますけどね」
そう言ってチラリとアリスを見るキリの目は冷たい。
「まぁ、僕のアリスはこのアリスただ一人だけだから別にいいんだけど、何だろうね? 全部終わってからにしてほしいよね?」
「それはそうだね。僕にしてもアリスはこのアリスだけだから」
はっきりと言うリアンにシエラは目を丸くした。それとは対照的にアリスは目を輝かせる。
「リー君! 心の友よ! ズッ友だよ!」
「分かった! 分かったから抱き着くな! こういうウザったさに慣れちゃった自分が悲しいけど……アリスって言ったらこっちなんだよなぁ」
抱き着いて来ようとするアリスを両手で押しとどめながらリアンが言うと、シエラはそれでも怒りはしなかった。それどころか、笑顔で頷いていて、その様子はまるでアリスの姉のようである。
「あのさ、ちょっとだけ……いいかな?」
ずっと黙って神妙な顔をしていたカインが口を開く。そんなカインにシエラはゆっくりと頷いた。
「俺は何も覚えてないんだ。でも、宝珠で見て、あの時の俺の一言が君を牢に入れ、そして処刑にまで繋がったんだよね?」
コクリ。シエラも真剣な顔で頷く。そんなシエラを見てカインは顔を泣きそうに歪めた。
「ゲームの設定とかキャラクター設定だとか言われても、俺にはよく分からない。俺は俺だよ。でも、あの時ばかりは設定のせいにしてしまいたいぐらい、俺は君に酷い事をした。キャロライン以上に。謝ってもどうにもならない事だって頭でも分かってる。でも、でもなんか……」
そこでカインは言葉を詰まらせた。シエラが処刑アリスだと聞いて、初めて分かった。
カインにとって、アリスという存在は今やとてつもなく大きい。愛情ではないけれど、友愛ではある。シエラは、そんなアリスと同一人物なのだと思うと、どうしても堪らなくなった。ゲームのせいだとか、ルイス命だからしょうがないとアリスとキャロラインは言ったが、それだけでは説明しきれない何かが、あの時のカインにはあったんだろう。でも、それは処刑までする程だったのか? どのループのアリスも本質はきっと変わらない。ループから抜け出したかっただけだ。皆を、助けたかっただけなのだ。今のアリスを見ていれば、それが痛いほどよく分かるから――。
俯いて拳を握るカインに、アリスだけれどアリスとは違う声が聞こえてきた。
「あの時、私の魔法で皆さんを巻き込んだ。ほんの少しの嫌だなっていう感情を、増幅させたのは私自身でした。あの時の私が抵抗しなかったのは、早く次のループに繋ぎたかったからなんです。皆がどんどんおかしくなっていくのを側で見ていて、このまま終わってしまったらルーデリアに未来はない。だからあの時、私はあなたをわざと怒らせたんですよ、カイン様」
シエラのとても静かな声にカインは顔を上げた。その頬には涙の痕がついている。
「だから、どうかもう悲しまないでくださいね。私はあなたを利用した、嫌な奴なんですから」
そう言って笑ったシエラは、キャロラインと同じ、聖女の顔をしていた。
「……はは、このアリスちゃんで来られたら、俺も危なかったかもな」
困ったように笑ったカインの言葉に、シャルルがギョッとした顔をする。
「だ、駄目ですよ! 私の婚約者ですから!」
「分かってるって。大丈夫だよ。でも……うん、ありがとう。今、君が幸せだって知って、ようやく安心出来たよ」
キャロラインではないが、あの宝珠を見た日からずっと心に刺さっていた小さな棘は、ようやく消えた。目の前のシエラは優し気に微笑んだまま、カインを見て小さく頷いてくれる。
それからまたシエラとシャルルがこれ見よがしにイチャつき始め、食事会をさっさと終わらせた一同はそれぞれの部屋に戻った。
翌日、空は雲一つない快晴で、戴冠式にはもってこいの天気になった。フォルスでのシャルルの人気は絶大で、戴冠式の様子を一目見ようと公国中から国民が押しかけて来ていた。もちろん、会場はあっという間に満席になってしまい、後ろの方は立見席になっている。
よく見るようにとの配慮からか、なだらかなすり鉢状になっているので、後ろの方からもとても見やすい。
「それじゃあ、僕達は準備してくる。アリス、何も無いのが一番だけど、何かあったらよろしくね。ちゃんと刀持ってきてる?」
「うん、椅子の下に置いておく!」
会場に入るなりノアはアリスの頭をヨシヨシと撫でて、それだけ言ってキリと城の方へ向かってしまった。
「何だか緊張しますね」
隣のアランが言うと、肩の上でパープルがコクコクと頷いた。
「ですね。こんな人が一杯いる所、初めて見たかも!」
「……」
そこじゃない。でも、これがアリスの良い所である。アランは何かに納得したように頷くと、小さなため息を落として会場を見渡した。どこにも怪しい所はないし、それらしい人物も居ない。何なら真っ黒のローブを着ている自分が一番怪しい。
「アラン様も、やっぱりシエラさんみたいなアリスのが良かったですか?」
不意にアリスがアランにそんな質問を投げかけてきた。アランは少しだけ首を傾げて、続いて首を振る。
「僕にとってのアリスさんは、どのループに居てもその時のアリスさんなので。つまり、今の僕にとって魅力的に映るのは、あなたしか居ませんよ」
「! アラン様! ありがとう! 何か元気でた!」
「そうですか? でも、それは僕だけじゃないと思いますよ。リアン君やノアは別として、メインキャラクターだった人達にとっても、アリスはあなた、ただ一人のはずです。唯一無二の、異次元に強いあなたしか、アリスは居ません。誰が何と言おうとも」
過去を覚えているからこそ言える。今回のアリスは色んな意味でスケールが違う。全てのメーターを振り切ったこのアリスこそ、物語の主人公に相応しいのだ、と。ライラではないが、こんなアリスだから皆が協力を惜しまないのだ。
そんなアランの言葉にアリスはニコっと笑って頷いた。
「ありがと! アラン様! きっと、過去のどのアラン様よりも、今回のアラン様が一番素敵だったと思うな! あ! でも、それは皆もそうかもね!」
集まるべくして集まった仲間だ。誰が欠けても、きっと成り立たなかったに違いない。キャロラインが見たらまた怒りそうな笑顔を見て、アランも微笑んだ。
「頑張りましょう。絶対に、このループから抜けましょうね」
「はい!」
気合いを入れ直した二人は、会場にくまなく目を光らせていた。
いよいよ戴冠式が始まる。物々しい警備が会場をグルリと取り囲んだ。
シンと静まり返った会場の中央に、正装したルカとステラが姿を現した。馬車は違ったが、当然この二人も呼ばれている。だからこそ、余計に警備は厳重なのだ。会場はルーデリアの王と王妃に沸いた。
二人に次いで、ルイスとキャロラインが姿を現した。その後ろにはしっかりとルイスの警護の服を着たノアとキリが付き従う。キャロラインはフォルスでも聖女が現れたと最近話題になっている。そのせいか、ルカとステラの時よりも拍手が大きい。
最後に、シャルルが姿を現した。それと同時に会場が揺れた。比喩ではなく、本当に大地が揺れたのだ。それほどまでにシャルルの人気が凄いという事だ。
正装したシャルルはそれはそれは美しかった。最早神々しいと言ってもいい。つい先ほどまで一緒だったのか、シャルルの周りには妖精の鱗粉がキラキラと舞っていて、さらに美しさに磨きをかけている。
そんなシャルルの後ろから、一人の女の子が姿を現した。歳はアリスと同じぐらいだろうか?
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