第二百四十二話 フラグの正体
「カイン様はやはり器用ですね。ルイス様に比べると大分ナチュラルです」
「まぁ、立ってるだけだしね」
「……」
月明かりの中、カインは木にもたれて月を見上げていた。別に月を見上げる理由もないが、見上げてろとアリスに言われたのだ。そういうスチルだったのだ、と。
そこへアリスがやってきた。やはり手と足が同時に出ている。そちらを見たら絶対に噴き出しそうなので、カインは絶対にそちらを見ないように努めた。
やがて、アリスがパキリと木を踏み、音がした。その途端、カチリと頭の中で音がする。
「誰?」
いや、アリスだから。頭の中では分かっているのに、口が勝手に話し出す。
「あ、ごめんなさい!」
アリスもアリスで焦っていた。足元に木なんて落ちてなかったはずだ。それなのに、あのハンカチと同じように突然木の枝が現れたのだから! そしてやはり口が勝手に話し出す。
カインがこちらを向いた。その顔は、見慣れたはずのカインの顔ではない。多分、ヒロイン向けの美しいカインだ。
「お邪魔……してしまいましたか?」
「いいや。月よりも可愛いお嬢さんに出会えたから、良しとしようかな」
歯が浮く! あっちこっち痒くなる! そう思うのに体が勝手に動いた。誰か助けて! ノアに殴られる!
でも、どれだけ抵抗しようとも体は動かない。やはりキャロラインぐらい何度もルイスをとられていないと、この強制力は拒否出来ないのか⁉
気づけばカインはあっという間にアリスの前に居た。アリスもアリスで目の奥が焦っている。この後、確かカインはアリスに問うのだ。
「ねぇ、可愛い月の妖精さん、君に挨拶のキスをしてもいい?」
こんなセリフ、普通物語の佳境で言うものじゃないのか! どうして初見なのにキスを迫るのか! 乙女ゲーム怖い!
「え⁉ えっと、その……」
断らなければならない。そんな軽い女じゃない、と! 選択肢ではイエスとノーが出る。それなのに、口はイエスと言わせようとしている! 嫌だ、絶対に嫌だ! アリスは縦揺れしながらどうにか強制力に抗おうとしたその時、アリスの目の前に何か黒い物が飛び込んできた。
「キュ!」
それを見た途端、カインの目が大きく見開かれた。
そんなカインの反応にアリスが気づいた瞬間、アリスの口が自由になる。
「わ、私、そんな軽い女じゃありません!」
カチリ。ふぃ~……思わずその場に座り込んだアリスとカインに皆が駆け寄って来た。
「ルイス、笑ってごめん。これ洒落になんないわ」
「そうだろう⁉ しかし、お前はドンで戻るんだな」
「仕方ないでしょ! 俺だけまだ誰も居ないんだから!」
そう言ってカインはそっぽを向くと、次の瞬間項垂れる。恋しよう、そうしよう。
「いや~鳥肌凄かった! 流石軽い男、カインだったよ」
ノアの言葉にキャロラインが頷く。
「あれは恥ずかしいわね。ちょっと可哀相よ。カインのは全部こんな感じでしょ?」
「そうですね、大体は。ルートに入ってしまったらもっと恥ずかしいですよ。一番溺愛系なんです!」
胸を張って言ったアリスに、リアンが頷く。
「それは何となく想像できる。動物への愛がちょっと異常だもんね」
「でも、これで分かりました。アリスさんもルイスもカインも頭では分かってるんですよね?」
コクリと頷いた三人を見てアランも頷く。そしてアリスが踏んづけた小枝を拾うと、おもむろにその小枝に手を翳した。すると、小枝の中から魔法式が出て来たではないか!
「やはり魔法のようですよ。ただ、特殊な魔法です。アリスさんのと同じ、焼け焦げて見えなくなっている。けれど、さっき三人は言いましたよね? 頭では理解している、と。という事は、これは魅了じゃない。『傀儡』ですね。禁断の魔法です」
「それって……あの、覆面のと同じ……?」
アリスはゴクリと息を飲んだ。
「ええ、と言いたいところですが、分かりません。でも、これが魔法による仕業だと分かったのは大きな進歩かもしれません」
アランの声に皆は頷いた。
「早速シャルルに報告しよう」
そう言って電話を取り出したノアは、ふと電話をしようとして止めた。
「どうしました?」
「いや、先に聞いておこうと思って。皆は、どこまでシャルルの事を信用してる?」
「え⁉」
思わず声を上げたのはアリスだ。驚いてノアの顔を二度見してしまった。
「言っちゃなんだけど、急に湧いて来たじゃない、シャルルってさ。でもね、思うんだよ。彼だけ色んな事を知りすぎてるなって。それに、多分もっと僕達に隠してる事沢山あると思うんだ。でも、彼はそれを僕達には言わない。そんな彼に、僕達は全部報告しなきゃならないのかな? ってさ」
偽シャルルが居ると言われて一応信じたふりはしているが、ノアはほんとの所、シャルルをあまり信用していない。いや、偽シャルルは居るのかもしれないが、彼はまだ何かを隠している。この世界にまつわる、とても重要な事を。何となく、そんな気がするのだ。
けれど、気がするだけで一人で決める事は出来ない。それはノアも分かっている。だから、この機会に聞いておこうと思ったのだ、皆に。
ここに居る人達はもう皆、運命共同体なのだから。
ノアの言葉に皆は黙り込んだ。
「正直に言ってもいい?」
リアンの言葉にノアは頷く。
「僕は、シャルルを信用してるしてない以前に、彼の言ってる言葉の半分も理解出来てないんだ。シエラさんがアリスって言われても訳分かんないし、話の内容も僕にはさっぱり分からない。でも、たまに役に立つこと言うから、居たら便利だなとは思ってるよ」
「なるほど。他には?」
「私もいいかしら? 私はストーリーを進める上で彼の協力は絶対に必要不可欠だと思っているわ。でも、だからと言ってここに居るあなた達のような仲間だとは、どうしても思えないの。それは多分、距離感の問題かなとは思うのだけれど、やっぱり、自分で直接会ってどんな人か知らないと、信用までは出来ないというのが本音よ」
「俺はその点本人に会ってるが、キャロの言う通り、確かにここに居る仲間たちとは少し違うな。ただ、信用していないと言う訳じゃない。気持ち的には遠くに住んでいる親戚のような感覚だ」
ルイスの言葉にノアは頷いた。何となく、ルイスはそう言うと思っていた。実際、シャルルは一緒に戦ってくれたのだ。あの時の戦闘が自作自演だったとしたら、相当ドMだろう。そう思う程度にはシャルルは頑張ってくれたのだ。
「俺はね、基本的に全部話さなくてもいいんじゃないの? とは思ってる。話したところで何が解決すんの、って感じだし、それこそキャロラインじゃないけど、実際にちゃんとスマホじゃなくってここに居てこその仲間だとも思うからさ。それに、どっちみちあっちも大公になったらおいそれと会議なんて出来なくなるでしょ? 忙しくてさ。いちいち報告するんじゃなくて、ある程度決まった事を報告していけばいいんじゃないかな」
カインの言葉にノアは頷く。
「そうだよね。これが魔法かもしれないと分かったところで、多分シャルルにもどうしようもないと思うんだよね。だったら、あっちの手をわずらわせない為にも、もうちょっと僕達で頑張ろうか。どっちみち、シャルルには向こうでキャロラインを聖女にしてもらわなきゃいけないしね」
そう言ってノアはスマホを仕舞った。
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